盾と槍の事件簿

流木

第1話 冬はつとめて軽口をたたく

 今年もまた、冬がやってきた。

 只今12月、連日続くの曇り空の下。お呼びではないというのに、そしてこれまた困ったことに。ここ最近毎日のように寒風が吹きすさぶ。今年はまだ雪は降ってはいないが流石にこの寒さは身体に響く。私は外れていた学ランのホックを閉め直した。


 現在朝七時三十分。学校に到着し自転車置き場に我が愛車を止める。時間が早いだけあってか自転車の数は少ない。しかし人の気配があまりないというわけではなく、グラウンドでは野球部が、武道場では剣道部が声を響かせている。毎朝早くにご苦労様なことで。私は下駄箱で上履きに履き替え、眠気を吹き飛ばすように一つ大きな伸びをしてから体育館へと向かった。


 グラウンドから離れた場所にある体育館。重く錆が目立つ鉄製の扉を開けて中に入ると電気はついておらず静まり返っていた。私は入口近くにある階段を上がり、今はもう使われておらず物置と化した管理室を目指す。あまり掃除されていないようで埃っぽい通路を抜けて管理室のドアの前まで来るとドアノブを回してドアを開ける。部屋の中は壁沿いに物が山積みになっており体力測定で使うのであろう道具の数々、どう使用するのが正しいのかがわからない形をしたトレーニング器具等々、管理室という名前を疑うようなインテリアが並んでいる。唯一名前に似合った家具といえば部屋の中央にある長方形の木製テーブル、そしてそれを挟み込むように向かい合わせて置かれた色褪せた赤い色の大きなソファーだけだ。


 ソファーには一人の男子生徒が脚を組んで座っていた。スポーツ刈りの短い髪、目つきは鋭く口元には邪悪な笑みを浮かべている。寒さなどは知りませんとでもいうように学ランの前を開け、中には体操服の半袖を着ているのが見て取れる。彼がここに来る前に買った物だろう。手には缶コーヒーを持ち、それを一口グビリとやってからこちらに声をかけてくる。

  

 「よぉ、立川。今朝は遅かったな」

 

 私は呆れて言い返す。


 「バカヤロー。お前が早すぎるだけだよ、木倉」


 朝一番の言葉のキャッチボールがこれか。あまり爽やかな挨拶じゃないな。木倉は特に気にする様子もなく「クックックッ」と笑った。こいつがバトル漫画のキャラクターだとすれば間違いなく敵サイドだろう。そういった感想を心で呟きながら私は木倉に向かい合ってソファーに腰掛ける。


 「木倉よ、だらしない格好だな。学ランの前は閉めたほうがいいと思うぞ」


 「立川。お前は学ランの前を開けるファッションがダサいと思ってるのか?」


 私は肩をすくめて本音を言ってやる。


 「いやいや、私もファッショナブルな男子生徒の端くれさ。正直かっこいいと思うし真似したいとも思うね」


 そして付け加える。


 「でも、中に着るものが体操服なのはそういうファッションにしてはかっこよくはないな。そうだな…白いパーカーとかはどうだろう」


 木倉は「ククッ」と笑うとやれやれといったジェスチャーで応える。


 「俺のような模範生徒が校則に全力で反抗するほどの不良少年に見えるというのかね?」


 私は何も言わずに呆れたというふうに鼻で笑い返してやる。するとやつは口元をニヤリとさせておどけた口調で言った。


 「立川、そういうお前は随分とキメた装いじゃあないか。黒のトレンチコートとは…懐からM19リボルバーでも取り出すんじゃないかと思っちまうぜ」


 木倉は私が学ランの上に羽織っている黒いトレンチコートを見て言った。私もそのジョークに応え、応戦する。


 「私はグロック17、もしくは…デザートイーグルがいいな」


 木倉は「ロマンがないねぇ~全くこれだから最近の若いもんは…そんなんじゃ次元大介になれないぞ?」と処置無しという顔をしていたが、やがて笑みを取り戻して言った。


 「懐に忍ばせたい武器については今度熱く語り合おうじゃないか。それはそれとして、イマドキのファッショナブル男子…だっけか?そんなご立派な人物の一人称が『私』というのは少々おかしくないか。」


 「結構気に入っているんだよ、『私』は。紳士みたいでかっこいいだろ」


 「俺は一人称が『私』の男子高校生なんてそうそういないと思うがな」


 「私も中学までは『俺』だった。いいかい、木倉くん。我々学生はいずれ大人になり社会に出て働くことになる。そうなったときに『俺』だなんて言っていたら恥ずかしいだろう。そして現在我々は高校二年生だ。だったら今のうちに大人の風格を養うことは大切だとは思わないかね?」


 木倉は「なるほど。一理あるな」と言って缶コーヒーを口に運ぶ。部屋の外でボールが床を跳ねる音が聞こえる。どうやらバスケ部が朝練を始めたらしい。その後もくだらない議論を続け、気がつくとちょうど八時十五分になるところだった。私は立ち上がりバッグを肩にかけて言う。


 「そろそろ教室に行くとしますか」


 木倉も立ち上がりバッグを肩に担ぐ。


 「そうだな。お前の担任は優しいかもしれんが俺の担任は遅刻に対して寛容じゃないからなぁ」


 体育館の外に出ると冷たい風が身体を刺してくる。はぁ、やだやだ。


 「こんなに寒いってのにこれから雪が降ったらもっと寒くなるとか冗談じゃないな」


 「ん?そーか。俺は雪合戦が楽しみだぞ」


まったく、元気がよろしいことで。そのような情景を清少納言は何と言ったのだったかな。




 教室に向かう途中、ジャージをきた(おそらくは部活動の)女子がバッグを抱えて駆け足で横を通り過ぎて行った。確かあちらは女子更衣室がある方向だ。廊下を走るとはけしからん…と言えるような立場でもないし人生において時には走ることも必要だろう。それにしても今から着替えるつもりなのか?チャイムがなるまであと二分ほどしかないが………まぁ、間に合うといいね。などと思いながら窓の外を見ると男子が一人、のろのろと校門をくぐるのが見えた。ありゃ間に合わないな、完全に悟りを開いておられる。亀の全力疾走のほうがまだ速いんじゃないかというスピードで歩く彼を見て一周回って尊敬にも似たような感想を持っていると、後ろから遅刻を恐れたであろう二人の女子と三人の男子が走って来た。男子の一人が「おい!急ぐぞ!!」と叫びながら私と木倉を追い越して行く。おっと、他人事じゃなかった、明日は我が身だ一大事だ。私達は足早に教室に向かった。



 

 

 


 

 

 



 


 

 

 


 

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