第113話 やさしいベッド
「うー……食べ過ぎました……」
「ナタリーって、おいしい食べ物見るといつもそれ言っておりませんか?」
「うぅ……だって……」
「またいつでもいらしてくださいね。ナタリーさんみたいにおいしそうに食べていただけると作る側もとてもうれしいです」
私はナタリーとフローラと一緒にお風呂に入っていた。ナタリーはつい先ほどまで、おいしそうに食べ物をほおばっていたのに今は恨めしそうにお腹をさすっている。
「ふへへー。ありがとうございます!」
仰向けになりながらお湯にぷかぷか浮かぶナタリー。なんかただただ幸せそうだった。
「あら、その傷、やっぱり全部治らなかったのですね」
「この手首の傷の事かしら?」
右手首に着いた傷跡を見る。普段は服やブレスレットで隠しているけど、確かにこうしてみるとやけに目立って見える。
「まぁ名誉の傷跡よね」
「名誉、なんですか?」
ナタリーが首を傾げる。
「ええ。名誉の傷よ」
私はナタリーに微笑みながら答えた。
「傷が残ってる人初めて見ました。痛そうですね」
「それはそれは深い傷でしたから」
フローラがナタリーに答える。
「フローラの治療が良かったのか少しも痛くないんですわよ」
腕をぶんぶんと振ってみる。
「それよりナタリーってば、きれいな肌ねー。ちょっとこっち来なさい!」
「わ!やめてください!ちょっと、お腹いっぱいで、う"っ!でちゃいます!!」
「はぁ……幸せ……」
ナタリーを抱きかかえながら、湯船に浸かり目を閉じる。
「はぁ……このまま寝ちゃいたい……」
「ふふっ、ダメですよお嬢様。ちゃんとお部屋で休んでください」
「はぁい」
ぶくぶくと泡を吹きながら答える。
「あ、私レヴィアナさんの部屋で寝てもいいですか?」
ナタリーが私に抱きかかえられたまま、顔だけこちらを向けて言った。
「え、わたくしの部屋ですか?いいですけど、ベッド一つしかありませんわよ?」
「大丈夫です!私ちっちゃいんで!こうしてくっついてれば大丈夫です!」
「あはは、そんな小さなベッドじゃないわよ。でもいいの?ちゃんとナタリーの部屋も用意してありますわよ?」
フローラに視線を向けると首を縦に振って答える。
「私はこうして一緒にレヴィアナさんと寝たいです」
ナタリーが今度は私に抱き着く。その反動でバシャバシャと浴槽からお湯が溢れてしまう。
「もちろんレヴィアナさんが嫌でなければ、ですけど」
ナタリーの目はまっすぐに私を捉えていた。
「そうねぇ……」
私はちょっと考えて風を装ってから答える。
「ぜひご一緒してもらおうかしら」
ナタリーがパッと顔を輝かせる。
「わーい!ありがとうございます!!」
ナタリーのその笑顔がまぶしすぎて、少しあの緑色の髪の少女を思い出して私は少し目を細めた。
***
「ごめんなさい。もしかしてお一人の時間欲しかったしょうか?」
一緒のベッドにもぞもぞ潜ってから、ナタリーはそんな酋長なことを言った。
「そんなことありませんわよ。ナタリーが来なければきっと一人で凍えながら眠ることになっていましたわ」
ナタリーの左手をつかむと、そのままナタリーが身を寄せてきた。
屋敷の外は静かで、時折何かの生物の鳴き声と、風が窓を揺らす音しか聞こえない。そんな中にナタリーの穏やかな呼吸音が聞こえてくるのはなんだか安心できた。
「私、たぶんですけど、こうしてミーナさんと一緒に寝てた気がするんです」
ナタリーがぽつりぽつりと話し始める。
「私、甘えたがりなんです。でも、小さな頃はずっとできませんでしたから」
「そうですわね。お互いの部屋でよく2人で寝ていましたわね」
「やっぱりそうですよね。あの時私の部屋に置いてあった椅子はミーナさん専用席だったんですよね」
「あら、時々わたくしも座っていましたわよ?」
「ふふっ、それはちゃんと覚えてます」
ナタリーが笑う。私もつられて笑った。
「本当にこうして誰かの手をつないでいるのって、私にとっては奇跡見たいなことなんです」
ナタリーは私に顔をもそもそとあずけながらまた話し始める。
「ここから先は独り言です。私、昔自分の住んでいた町を消してしまったんです」
「……」
「昔は魔力の制御ができなくって、こんな風に誰かの手をつかんだら傷つけてしまって」
「……」
「だから、こうして誰かの手をつかんで寝られるのが、本当に幸せなんです」
ナタリーが私の胸に顔を埋める。
「だから、ありがとうございますレヴィアナさん」
「……どういたしまして」
私はナタリーの頭をそっとなでる。
ナタリーはすぐに静かに寝息を立て始めた。
(『レヴィアナ』と言い、この子と言い、みんなすごいわね)
ナタリーもさっき【解体新書】の中身を知って、それで自分自身が世界のキャラクターということを知ったのに、こんな風に笑えるんだ。
ガレンも改めて【解体新書】の中身と向き合うと言っていた。
きっと私もちゃんと向き合わないといけないのだろう。圧倒されたあのノート達とちゃんと向き合って、『レヴィアナ』が抱えていたものも全部。
ナタリーから伝わってくる熱が温かい。
こんな状態でも、今日はゆっくりと眠れそうだった。
そっとナタリーを抱きしめてから、私も目を閉じて眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます