第114話 【高校生の頃の私_4】

夢。夢を見ていた。高校生になった頃の夢、そして私の夢の終わり。


2人きりの電車は吹き飛んでいた。

安心と安全が保証されたはずの世界で爆発が起きた。

ソフィアがいないからなにが起きたかそれ以上の事は何もわからない。


多分痛すぎて体もびっくりしたんだと思う。痛くはなかった。ただ、なんか少しずつ冷たくなっていくのが分かった。


少しずつ私の体が終わっていく。


(――――あれ……?)


右手に冷たい何かを感じる。

友人だろうか?それでも私より早くだんだんと冷たくなっていくのがわかる。

首を動かして確認しようとしたがうまく体が動かない。それに私の視界もすでにほとんどないようなものだからどうなっていたのか、本当のところは何もわからない。


もしかしたら友人じゃなかったのかもしれないし、もし助かってるなら良いなと思った。


でもいまさら生にしがみつきたいとも思わなかった。

私の人生は、もうとっくに終わっていた。


ソフィアの作ってくれた世界では何回も幸せを味わった。


宇宙旅行をして、無重力の中で自由に浮遊したことも。

世界で一番おいしいと呼ばれる料理人になって、自分の絶品料理を堪能したことも。

豪華なヨットで世界一周の旅を楽しみ、美しい景色に感動したことも。

プロのスポーツ選手としてオリンピックで金メダルを獲得したことも。

世界の名だたる美術館で、名画に囲まれながら瞑想したことも。

著名な作家として、ベストセラー小説を書いたことも。

ノーベル賞を受賞し、科学や文化への貢献を讃えられたことも。

恋人と結婚し、幸せな家庭を築いたことも。

アカデミアで優れた研究を行い、新しい知識を創造したことも。

劇団員として、感動的な舞台で観客を魅了したことも。

ファッションデザイナーとして、斬新なコレクションを発表したことも。

素晴らしい旅行先で家族や友人たちと楽しいひとときを過ごしたことも。

プロのミュージシャンとして、感動的なコンサートを開いたことも。

空飛ぶ絨毯に乗って、夜空を駆け抜けたことも。

魔法の国の王様になり、妖精たちと共に国を守ったことも。

伝説の騎士団に加わり、光の剣で闇を討ち払ったことも。

魔法の森で、美しい妖精の王と恋に落ちたことも。

タイムマシンを使って、過去や未来を自由に旅したことも。

知恵と勇気を試される試練を乗り越え、秘宝を手に入れたことも。

人魚の国を訪れ、海中の美しい世界を見たことも。

謎めいた迷宮に挑み、巧妙な罠を回避して脱出したことも。

魔法のランプの精霊と願いをかなえあったことも。

雲の上に住む巨人と共に、天空の王国を守ったことも。


私はソフィアの世界の中で23回幸せを味わった。


最初はとても楽しかったが、その快楽にもすぐに飽きた。

人間の脳はそんなに大量の幸せを処理できるようにはできていないみたいだった。


途中から幸せが当たり前になり、幸せを幸せと認識できなくなっていた。


いつしかソフィアの私が望んだ満ち足りた世界の幸せよりも、現実に戻った瞬間の全部空っぽになってしまった元々の自分と向き合うことのほうがとても大変だった。


それでもソフィアの世界に潜り続けた。ひと時の幸せの欠片を得るためだけに潜り続けていた。


お母さんと呼んでいた人もとっくに死んでしまっていたし、平均寿命にはあと10歳くらい足りなかったけどこれ以上したいことも特になかったし、体が終わっていくのに身を任せていた。

この世界に病気は存在しない。でも、私みたいにソニックオプティカの世界で満足して、これ以上やることがなくなったと思った人が勝手に死んでいくから平均寿命は年々低下傾向にあるみたいだった。


それに現実世界の事は全部ソフィアに聞けば教えてくれる。

こんな現実や実態に縛られている世界はもうとっくに全部シミュレーションし切られてしまっている。


「ふふっ…あははっ…」


でも今この瞬間だけはどうしても笑い声が漏れてしまう。


この状況が心から楽しかった。うまく体が動かなくって、掠れた声だったけど、こんなにお腹の底から笑ったのは久しぶりだった。


いまさらこんな予想外の事、知らないことが起きるなんて欠片も思わなかった。


この世界では犯罪や事件を起こすことができない。

犯罪を起こそうと家を出ても、出た瞬間すでに犯罪をシミュレート済みの警察に取り押さえられてしまうような世界だ。

そんな安全な世界で、こんな事故なんて誰が想定できるだろうか。


多分今朝ソフィアが言っていたのはこのことだったんだと思う。

もしソフィアのアラートを聞いていたら予想通りにこの結果は回避できていたかもしれない。


でも、この私にとっての予想外は大切にしたかった。


12歳の時に私の世界の未知が全部なくなった。

どんどん世界が閉じられていく感覚が苦しかった。

私が介在する余地はどこにも残っていなかった。


こうして私の16年の人生は突然終わった。

こんなあっけなく。


でも、心の底から笑って死ねたんだから、結構いい人生だったのかな、なんとなくそう思った。


(あ……そうだ……)


ずっとしてこなかったことが一つだけあった。

私が最後の最後、意地のようなもので、ずっとしてみたかったけど、してこなかったこと。


(もし、もしソフィアに届くなら。最後に、セレスティアル・ラブ・クロニクルの世界で遊んでみたいな……)

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