第61話 仲間からの逃走
「はあっ……はあっ……。ここならだれにも見つからないでしょう……」
「ここは……?学校にこんな場所あったんだな」
旧魔法訓練場の踊り場に2人を連れて逃げ込んだ。ミーナが大好きで、よく誘われていつもの三人で来ていた場所。
「で?お二方もナタリーに連れられてあそこへ?」
「あぁ……。昼になる前にナタリーが部屋に来てな。いきなり来てくださいと言われて……」
「それで、二人はナタリーにはなんて回答したんですの?」
イグニスもガレンも言い淀んでいる。当然と言えば当然だ。
2人には私の家に行った記憶も、屋敷が壊れていた記憶も、フローラが怪我を誰かにさせられたという記憶ある。そしてもしかしたら本当に自分が尊敬してやまないアルドリックを襲撃したのかもしれない……そういうことになっている。
「俺様が…俺様がそんなことをするわけがないんだが……でも……?」
「俺もそうだ。自分がしたとは思えない。こうならないように、こうならないようにしていたはずなのに……どうして……?」
特にガレンの狼狽ぶりは半端なかった。自分の両手をまるでこの世のものではないかのように見ている。
「じゃあ、信じましょう。わたくしも自分が自分のお父様を襲撃したとは思えませんわ!もちろんあなたたち二人もそんなことするわけがないですわ!」
私はそんなことをしていないという確信を元に努めて明るく2人にそういった。その一言で2人は少しだけ落ち着きを取り戻したように見えた。
「そう……だよな?俺様は絶対にアルドリックおじさんにそんな事」
「そうだよな……。レヴィアナもしてないよな?」
ガレンの問いに自信をもって首肯する。
それでもまだ2人の表情は未だに半信半疑と言ったところだろうか。
「つっても…どうするんだ…?ナタリーが先生から聞いた話だと星辰警団も出てくる大事になるかもしれないって言ってたぜ?」
(まぁ……本当に私たちがお父様を攻撃していたら……当然よね)
単純に高い戦闘力を持ったものの侵略行為、これは結構まずそうだ。
親に対しての反逆行為、きっとどの世界でもよいこととはされないだろう。
貴族同士での領土争い、これが問題としては一番ありそうだ。
傍から見たらイグニスのアルバスター家とガレンのアイアンクレスト家がヴォルトハイム家の領土の侵略戦争を仕掛けたともなりかねない。
もし本当に私たちがお父様を襲っていたのなら星辰警団が出てくる可能性なんて山ほどある。
今私が星辰警団につかまるとどうなるかはわからないけど、間違いなく良いことは起きないだろう。
なんとしても避けないといけない。
「もう一度確認しますわ。イグニス……あなた本当にお父様を襲撃したと思いますの?周りがどう言っているかではなくあなた自身がですわ」
「思わねぇ」
「ガレンはどうですの?」
「するわけないだろ」
「じゃあ決まりですわね。逃げましょう」
うつむいていた2人の視線が集まる。今日、初めてちゃんと目を合わせた気がする。
「星辰警団につかまってしまったら弁解の機会も得られないかもしれませんわ。だから一旦逃げましょう」
「逃げ……って、逃げてどうするんだ……?そもそもどこに逃げるんだよ……?」
「そうですわね。まずはお父様のところに行きましょう」
「はぁ?」
私の提案にガレンが驚く。それもそうだ。いきなり襲撃した渦中の相手のところに行きますだなんて普通なら言わないだろう。
「さっきのナタリーの話からするとお父様は味方の様ですし、お父様と話してそれからどうするかを考えましょう」
「もし、もしアルドリックおじさんに糾弾されたらどうするんだよ」
「ま、その時はおとなしく捕まればいいじゃないですか」
イグニスの不安げな言葉に私は平然とそう返した。
お父様に問い詰められたら、なんて今考えてもしょうがない。
だって今回のこの一連の出来事はきっと私一人ではどうしようもないのだから。
私の力には限界がある。昨日の戦闘も途中まで予想通りだったのに結局防御魔法1つ使っただけでダウンしてしまった。
変に玄人ぶって、知識人ぶって、経験者ぶった結果がアレだ。
もう一人であがくのは辞めた。素直に一番頼りになる人を頼ろう。
そしてあわよくば、私たちの無実を証明してもらいたい。三賢者のお父様にナタリーもほかのみんなも納得してくれるようなそんなストーリーを用意してもらおうじゃないか。
「あぁ……そうだな……。とりあえず……ここでじっとしてても何も好転しそうにないしな!」
イグニスはそういって立ち上がった。
「ガレン……あなたはどうしますの?ここでおとなしくしていたほうが刑は優しく済むかもしれませんわ」
「俺は……」
ガレンは自分の手に目線をやった。そしてゆっくりと手を顔の前に持ち上げて自分の拳を凝視する。
「俺は……この状況を改善できるなら……なんだってするさ……。そのために強くなったんだから」
ガレンも立ち上がる。その表情からは動揺とか、先ほどまでの怯えは感じられなかった。まるで憑き物が落ちたかのような表情だった。
ひとまずこれで私たち三人の当面の目標が決まった。お父様にこの騒動について話して、もしそれが冤罪だったなら私たちは無罪を証明してもらって堂々と学校に戻ってこよう。
「そうと決まれば急ぎましょう!」
「―――ちょっと待ってください!」
誰も来ないはずの旧魔法訓練場に声が響いた。
慌てて振り向くと、そこにはナタリーの姿があった。
ナタリーは全力で走ってきたのか、肩で息をして苦しそうだった。それでもしっかりした足取りで私たちに近づいてくる。
「やっぱりこでしたか……。レヴィアナさんが隠れるとしたら絶対にここだと思いました」
「ナタリー……」
「ねぇ……レヴィアナさん……?なんで逃げたんですか?本当にアルドリック公を……?夏休みあんなにやさしくしてくれたお父さんを?それにイグニスさんやガレンさんも……」
ナタリーは息をつきながら私を見、そしてイグニスとガレンを見た。
「悪いことしたなら……ちゃんと償わないと……ダメです。このままだとどんどん立場が悪くなってしまいます……。私……私友達が星辰警団につかまるなんて絶対に嫌です!!」
ナタリーの目には涙が浮かんでいた。その涙は恐怖や悲しみではなく、私たちを心配しているものだとわかった。
「で、マリウス。お前も俺様たちのことを捕まえに来たってわけか?」
「気配は消してたはずなんだけどな。よく気付いたな」
「まぁなんとなくな」
イグニスが声をかけると入り口からマリウスが姿を現した。
「レヴィアナさん……まだ間に合います。だから、だから早く先生のところに行きましょう?先生たちもレヴィアナさんたちの事探してます。きっと謝ったら許してくれます!逃げたなんて知られたら、きっともっと罪が重くなっちゃいます……だから……」
ナタリーが必死に引き留めようとする。友達としてはこの切実な訴えを受け入れたかった。
「ごめんなさい……ナタリー。少しの間、わたくしたちを放っておいてくださらないかしら?」
だが私は止まるつもりはなかった。
このまま先生のところに行けば、問答無用できっと私たちが犯人になってしまうだろう。
それにもしそんな疑いをかけられて一度でも捕まってしまったら、イグニスのアルバスター家や、ガレンのアイアンクレスト家にも影響が出てしまう。
最悪の事態としては、この見かけ上貴族同士の争いをきっかけに本当に平民が反乱を始めてしまうかもしれない。
だからせめて捕まるにしてもお父様に相談してから……。
「わかんない…!わかんない、わかんない!!全部わからないです!!」
そう説明しようと口を動かす前に、ナタリーが叫んだ。
「最近ずっと、ずっとわからないことばっかり!!!!3人で行く前に、どうして、どうして私にも相談してくれなかったんですか!?」
ナタリーは悲痛な声で叫ぶ。普段の大人しい彼女からは想像もできないような悲しい叫び声だった。
「このリボンもそうです!!!なんで私がこんなリボンを持ってるのかも分かんないんです!!でも捨てられもしないんです!!」
ナタリーが握りしめたリボンをこちらに突き出す。強く握りしめすぎた手は小刻みに震えていた。
「この場所も!!絶対ここだと思いました!!レヴィアナさんが隠れるならここだって!!でも!!なんで私がこの場所を知ってるかもわからないんです!!」
地団太を踏みつけながらナタリーは感情を爆発させた。
「このままレヴィアナさんたちを見送ったらもっと変なことが起きるんじゃないかって!!もう二度と会えないんじゃないかって!!不安で……不安で仕方がないんです!!」
ナタリーは自分の肩を抱いて震えだした。
「だからお願い……ここにいて……ください」
少しつついただけでも壊れてしまいそうなナタリーがそこにいた。いつものあの冷静なナタリーはどこにもいなかった。
気丈にふるまっていただけで、生徒会室でアイテムの仕分けをしていたときからずっと不安だったのかもしれない。
でも、それならなおさらここでじっとしているわけにはいかなかった。
「ごめんなさい……ナタリー……」
「――――っ!!!だったら、だったら力ずくで!!私のの氷魔法で拘束して先生のところに連れていきます!!!」
その顔が痛々しくて見ていられなかった。目の下のクマもひどい。私たちが出かけてからのこの3日間、心配でずっと眠れなかったのだろう。
ナタリーの腕が光る。アイシクルランスだ。
少し前までできなかった無詠唱魔法だった。
あれほどこの場所でミーナと三人で練習してた時はできなかったのに、ミーナがいなくなった今、この場所で無詠唱魔法を使ってくるナタリー。
私はそのままナタリーのもとへと歩いていく。
ナタリーのアイシクルランスは私の左腕をかすめて後方へと飛んでいった。
「―――これ以上、これ以上来たら次は直撃させます!!だから…!!だからもう止まってください!!!!」
私が愛したセレスティアル・ラブ・クロニクルにナタリーというキャラクターは出てこない。ゲームの中でもこんな一幕は無い。もしかしたらアリシアの知らないところでこんなイベントがあったのかもしれない。
でもこのゲームはこうじゃないはずだ。こんなただ悲しいだけのナタリーは見ていられない。
何が原因なんだろう……。もしかしたら私のせいなのかもしれない。でもミーナの事なんてとてもじゃないけど言えないし、なんて言ったらいいかも分からない。
誰の仕業なんだろう……。この状況を生み出した人がいるんだろうか。だとしたら誰がナタリーをこんなに追い詰めたんだろう。
次々に飛んでくるアイシクルランスは、制服を、髪を、肌をかすめるだけで、一発も私に当たらずに後方の壁を破壊していく。
ナタリーの目の前まで歩いていき、そのままナタリーを強く抱きしめた。
「ひっく……怖い……私怖いんです……。なんだかよくわからないけど……私……わたし……っ」
「えぇ……わかってますわ。ナタリーが次目を覚ました時には問題は解決してますわ。だから……だから……今は少しおやすみなさい」
バチィとナタリーに抱き着いたまま優しい雷魔法を放った。
そのままナタリーは気を失う。
涙でぐしゃぐしゃに崩れた表情だったけど、それでもいまは少しだけ、本当に少しだけ安らかな表情を浮かべているように見えた。
きつくリボンを握りしめた手からは血がにじんでいた。
「で……?お前はどうするんだ?俺様達と勝負するか?」
イグニスがマリウスに問いかける。その口調には恐怖心も脅すような感じもなく、友人に世間話でもするようにいつも通りだった。
「ふっ……馬鹿を言え。イグニスがアルドリックさんを襲った?そんなことあるはずがないだろうが」
マリウスも当然のように笑った。
「お、なんだ、お前との久しぶりの本気の勝負も楽しみだったんだけどな。じゃあやっぱりただの付き添いかよ」
「まぁあんな必死な表情で頼まれたら仕方ないだろう」
こちらに歩み寄ってきたマリウスに、ナタリーをそのまま預ける。
「マリウス。わたくしたちはこれからアルドリックさんのところに行きますわ。もし何かナタリーが不利になりそうなことがあったらわたくしがナタリーを攻撃して逃げた……とでも伝えておいてくださいし」
先ほどの雷魔法で多少は痕跡も残っているはずだ。言い訳としては十分通じる。
「そんなことをしたら俺がナタリーに怒鳴られてしまう。言い訳はこちらで考えておくから早く行け。本当に星辰警団が来るみたいだしな」
マリウスはナタリーを抱きかかえたまま旧魔法訓練場の入り口を指さす。
「ありがとうございます。恩に着ますわ!」
私たち三人は旧魔法練習場を飛び出しシルフィード広場へと向かった。
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