第60話 不思議な学校

「あれ……もう朝……?」


目が覚めると外は既に明るかった。時計を見ると朝どころかもう12時になろうとしている。今日は授業が午後からで助かった。

いつもよりずいぶんと長く睡眠時間は取ったはずなのに、まだ体の疲れは全然とれていなかった。正直あと3時間くらい寝たい。


「あー……眠い……」


ぼーっとした頭を何とか覚醒させて、ベッドから降りる。


「んーっ……あは、我ながらひっどいわね……」


姿見で自分の格好を確認し苦笑してしまう。

髪の毛はぐしゃぐしゃ、制服もしわだらけ、表情も気が抜けっぱなし。こんな状態だと流石に美人のレヴィアナでもだらしなく見えるのか、なんて新しい発見もあったりした。


シャワーを浴び、制服もそれらしく着なおし、髪も軽くセットしなおして鏡で最終確認。

うん、大丈夫そう。


「よしっ!今日も一日頑張りますか」


日付としては3日ぶりだけど、私としては一週間も二週間も学校に行っていなかった気がする。気合を入れて教室に向かった。


***


(ん……あれ……?)


教室に近づくにつれ違和感が大きくなっていく。

自分で言うのも恥ずかしいけどレヴィアナは才色兼備のお嬢様だ。

今までも遠くからちらちらと視線を感じることもあったし、噂話を立てられることももちろん沢山あった。


噂の中で私はイグニスともマリウスともセシルともガレンとも付き合っていたし、なんならライリーとも付き合っている話も聞いたことがあるくらいだ。


(でも……これは……)


そういった噂や好奇の視線とは毛色が違う。


始めは何日か休んでしまったからその心配だろうか、とも思っていた。


でもこれはそんな視線とは一線を画しているように感じる。もっとこう……ねっとりというか陰湿というか……昨日まであんな戦場にいて気が立っているのか、とにかくあまり良い気分にはならない種類のものだった。


教室に入ってからもそれは変わらない。

普段なら教室に入るといろいろな人から挨拶されていたのに、今日は誰も声すらかけてこなかった。


(気にしすぎ……?じゃないわよね……?)


流石にこれはおかしい。視線が合っても逸らされてしまう。

ただ、原因は思い当たらないしどうしていいかも分からない。

しかし無視されているわけでも無い様で、遠巻きにこちらをうかがうような視線を感じたままだった。


(ま、まぁ、そう言うこともあるの……かな?)


ここで何か行動を起こすのも違う気がする。だからいったんその事は無視して普段通りに席に向かおうとした。


「……えっ……!?」


席が少ない。

あそこも、あそこも、あそこにも……パッと見た限り5個くらい机がなくなっている。


(これは……ミーナの時と同じ……?)


そうだ。まるっきり一緒だ。机がなくなっているのに、だれもそのことに疑問を抱いているようにも見えず、この教室で異質なのは私だけの様だった。


そして机がなくなってる場所は―――


(昨日まで……一緒にいた……。うちを襲撃した反乱軍のメンバーが居なくなってる……)


思考が追いつかない。

だって昨日一緒に学校に帰ってきて深々と改めて謝罪をされて、そして「卒業したらまたアルドリック公に会わせてください」みたいな挨拶もして、「また明日教室で」と言って分かれた。


席だけじゃない。その彼らが誰もいない。


(イグニスとガレンは!?)


慌てて二人の席を確認すると、席に座ってはいなかったがきちんと彼らの席自体は存在した。ほっと胸をなでおろす。


「―――アナさん、レヴィアナさん。ちょっといいですか?」

「ひゃい!?あぁ、ナタリーですの?おはようございます。お久しぶりですわね」


突然名前を呼ばれ素っ頓狂な返事をしてしまった。

声のした方を向くと、そこにはナタリーが立っていた。

姿はいつもの可愛らしいナタリーだが、今日は心なしかその表情は厳しい様にも見える。


「おはようございます。ちょっと話したいことがあるんです。ちょっと来てください」

「でも、そろそろ先生も来てしまいますわよ?」

「いいから来てください」


小声で声をかけられ、そのままナタリーは私の腕を強引に引き教室を連れ出される。私の腕を摑むナタリーの手は、カタカタと小刻みに震えていた。

廊下でナタリーに問いかけても「静かに」としか言われず、何が起きているかわからない私は切羽詰まった表情のナタリーにおとなしくついていくしかなかった。


「生徒会室?」

「早く入ってください」


ナタリーは生徒会室に入ると急いでカギをかける。何かから隠れているようだった。

部屋に入るとそこにはすでにイグニスとガレンがいた。ちゃんと二人が存在することにほっと胸をなでおろす。でも、そんなイグニスとガレンも不思議な表情をしていた。


「突然すみません。でも……」


ナタリーはそこで言葉を区切り、下を向いてしまった。

私が何かしたのだろうか?でも昨日までナタリーはおろかこの学校にいなかったわけだし、先ほどまでのクラスメイト同様全く思い当たる節がなかった。


「あなたたち三人……昨日まで何してたんですか……?」


ナタリーの視線には怯えの様な、それでいて怒りの様な、そんな感情が入り混じっていた。


「何してたって言われましても……」

「単刀直入に聞きます。レヴィアナさん、3人で学園を抜け出してアルドリック公の家を襲撃しに行ったって……本当ですか……?」

「へっ……?」


あまりに突拍子もないことがナタリーの口から飛び出してきて困惑してしまう。何かの冗談かと思ったが表情を見る限りそういったことでもなさそうだ。


「あなたたち三人は学校から突然そろって居なくなりました。そして、ヴォルトハイム邸に向かった。そこでヴォルトハイム邸が破壊されて、アルドリック公が攻撃されて、お手伝いの方も負傷したと聞いています。あなたたち三人以外は誰もヴォルトハイム邸に近寄っていない。シルフィード広場の他の馬車の運転手たちもあなたたち以外はヴォルトハイム邸に行っていないと言っています」


早口にナタリーはそう捲し立てた。ナタリーの声はだんだんと声が大きくなり、そして声は手と同じように震えていた。


「ちょ……ちょっと待ってください。いったい何の話ですの……?」

「本当に……本当にあなたたちじゃないんですよね……?そんなことしてないですよね……?」

「わたくしたちは……!!」


そこまで口を開いて止まってしまう。一つだけ、本当に一つだけ思い当たる節があったからだ。


―――――あなたたち三人以外は誰もヴォルトハイム邸に近寄っていない……?


ナタリーはそう言った。

教室に反乱軍は誰もいなかった。反乱軍のリーダーを名乗っていたカムランを含めて、反乱軍全員がこの世界からいなくなってしまっていたとしたら……?


(この世界から昨日の反乱軍が消えて、だから私たち三人がお父様を襲ったってことになっている……?そんな馬鹿なこと……)


「事件性はないってアルドリック公は言っているみたいですけど、でもそれは娘のあなたをかばってってみんな言ってます……。……ねぇ、ねぇ!本当はどうなんですか…!?」


切羽詰まった表情で、ナタリーは私の肩を掴んで揺さぶった。

ナタリーのこのおびえてる表情の理由が少しだけ分かった。

きっとナタリーには私たち三人はテロリストのように見えているんだろう。それでも友達だと信じてくれてこうして直接問いただしてくれている。

他のみんながよそよそしかったのも納得だ。つい昨日まで自分の家を襲撃した犯人がとぼけた顔をして学校にやってきていたら、そりゃあんな態度にもなるだろう。

叫び声をあげられなくてよかったくらいだ。最悪集団で取り押さえられていてもおかしくなかった。


とはいえどうしていいかわからない。

少しだけ、もう少しだけでいいから考える時間が欲しい。


「ナタリー……あのね……?」


両肩のナタリーの手をとってゆっくりと離させる。勿体ぶった間を取り、少しずつ項垂れながら椅子に座っているイグニスとガレンに近づいていく。


「……イグニス……ガレン……。いったん逃げるわよ!!!」


私は二人の手を取って生徒会室のドアを蹴破り飛び出した。

すぐにナタリーが追ってくるかもしれないと思ったけど、生徒会室から逃げ出すことに成功したようだった。

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