第52話 状況確認

「その傷!大丈夫ですの!?」


大広間に入ってきたフローラは、左肩から腕にかけて包帯が巻かれていてとても痛々しい姿だった。


「お嬢様、お元気そうで何よりです」

「わたくしの事より、貴女のほうが!」

「このくらい大丈夫ですよ。それよりせっかくイグニス様もガレン様もいらしてるのですから学校のお話を聞かせてください」


大丈夫なはずがあるものか。時折痛むのか顔をゆがめているし、傷の影響なのか足取りもおぼつかない。

しかし、私たちに気を遣わせないようにする様に優しくフローラは笑った。


「フローラも一緒に食事をとれるかい?」

「ええ。この怪我でお仕事できずに邪魔者扱いされてしまいましたから」

「ならちょうどいい。一緒に食事にしよう」


そう言うとお父様はベルを鳴らし、それを合図に使用人が食事を並べ始めた。

大広間のテーブルには様々な種類の料理が並んだ。

色とりどりに盛り付けられたサラダや、おいしそうなスープ。そして、湯気が香る出来立ての料理たち。

こんな非日常な空間なのに、いつも通りに振る舞っているお父様の姿は異常以外の何物でもない。


「ほら、君達も席に着きなさい」


そう言われて私たちは戸惑いながらも席に着く。外に漏れないように小さい灯りの薄暗い空間であったが、今も反乱軍に責められているとは思えないほどの空間だった。

食事中はお父様もフローラもいつもの調子で他愛のない話をした。そう。あまりにもいつも通りだった。


「お父様……こんなことが起きてどうしてそんなにのんびりと……」



そしてついにこらえきれなくなった私は口を開く。


「まぁいいじゃないか。久しぶりにレヴィとの食事なんだから。夏休みに来てくれた生徒会のみんなはどうだい?みんなで学校は楽しんでいるかい?」

「……ええ、楽しくやっていますが」

「そうか。それはよかった」


その後もお父様はのらりくらりと質問をはぐらかし、いつものようにニコニコと笑いながら学校であったことを聞いてきた。

始めは話の間を縫って質問しようとしていたが、あまりに緊張感のないその態度にだんだんと私の方も気が緩んできて、結局は普通に世間話を楽しんでしまった。


「それでは私は失礼しますね」


そう言ってフローラが席を立つ頃には、自然と笑顔になれるほどに楽しい食卓だった。


「さて、どこから話そうか」


食事が終わり、お茶菓子と薫り高い紅茶が用意され、お父様の表情が少だけ真剣なものになり語り始めた。

私たちも少しだけ姿勢を正し、お父様の言葉に聞き入る。


「と言っても、私も突然のことで全部はわかってないんだけどね。今日の昼に私に用があると突然の来客があり、客間でフローラがお茶を出していたときに急に襲われた、とのことだ」


その時を思い出すように目を瞑るお父様。襲われた、という言葉を聞いて私たちは息をのむ。


「でも来客はフローラのことをあまり知らなかったみたいだね。フローラが防御魔法を展開したら慌てて逃げて行ったそうだ。屋敷があれだけ壊れてしまうくらいの魔法を至近距離で受けてあの怪我で済んだのはさすがレヴィの魔法の先生だね」


お父様は笑いながらそう言った。


「襲われた理由とかはわからないのですか?」


イグニスが質問するとお父様は首を横に振った。


「平民だったようだが、フローラも見たことが無い人物だったそうだ。きっと私も知らない人物だろう。それから仲間と合流して四方から屋敷に対して総攻撃を仕掛けてきた」

「それに対してこの屋敷全体の防御魔法ですか……。さすがアルドリックおじさんですね」

「で、でもお父様?この防御魔法……どのくらい持つんですの?」


この大きさと防御力のエレクトロフィールドは維持するだけで相当のマナを消費しているはずだ。いくらお父様が凄腕の魔法使いだったとしても、これだけの規模の魔法をずっと維持するのは並大抵の事ではないだろう。


「まったく心配性だね、大丈夫だよレヴィ。まぁずっとは持たないけど……」

「わ、わたくしも代わりに、少しの間なら代われますので」


流石にこの規模をずっと展開するのは難しいけど、それでも全力を出せば1時間は持たせることができる……と思う。焼け石に水かもしれないけど、その間に反撃に出たり色々対抗は出来るはずだ。

しかし、そんな私の焦りとは対照的にお父様は紅茶に口を付けながら笑った。


「ありがとう。でも、そうだな。きっとこのままの密度なら最低でも2週間は持つかな。それに食料の備蓄も2週間以上あるからきっと大丈夫だよ」

「……は?へ?2週間?」

「はっはっはっ!少しは私のことを尊敬してくれたかい?」


お父様がまた笑う。


「えっと、アルドリックさん、冗談……ですよね?」


ガレンの言葉にお父様は笑顔で返す。


「はは……。さすが【魔王・雷光の覇者・雷の極光】の3つの称号を持つ魔法使い、相変わらず規格外ですね」

「なんだかその称号も久しぶりに聞いたね。全部覚えていてくれるのなんてガレン君くらいなんじゃないかい?」

「そんなことないですよ。きっとイグニスも、レヴィアナも、学園中のみんながアルドリックさんの事を尊敬しています」

「そうかい?ありがとう。でも【魔王】はやめてくれよ。私もおっかなくて仕方がない。この屋敷の中ではただのおじさんで良い」


お父様はニコニコと笑っているが、現実味の無い話の連続に私の頭はこんがらがっていた。


「でもそれだけあれば、周りのやつらが先にまいっちゃうんじゃ」

「それが私の狙いだよイグニス君。戦わないで済むならそれに越したことは無い。だれも死んでほしくないからね」


イグニスの言葉にお父様は優しげな笑みでそう答える。急襲を受け、一部とは言え屋敷を壊され、フローラも傷を負った。それでもお父様はみんなの身を案じていた。


「……でも、それにしてはおかしくないですか?」


ガレンが神妙な顔のままぽそりと呟いた。


「うん。私も実は少し引っかかってる」

「……?」


何がだろう。見当もつかずに横のイグニスを見ると、イグニスも同じように首を傾げていた。


「ふふ、そうだね、私の考えと答え合わせをしよう。ガレン君の考えを教えてくれ」


ガレンが言葉を選びながら、「違和感は3つあります」と言った。


「1つ目はアルドリックさんが標的になるということ。先ほど平民が反乱を起こしたと言いましたよね。俺たちもそう聞いて飛んできました。ただ、平民の反乱の矛先にアルドリックさんが標的になるのが考えられない」


言われてみれば私がここで目覚めてからも平民の使用人とも、地域の平民とのいざこざは一切見ず、学校に行ってから【貴族と平民の平等】も実感を持てずにいたくらいだ。


「2つ目は平民が反乱をしているのに魔法が前提になっている」

「どういうことですの?」

「俺たちは魔法学校セレスティアル・アカデミーに行ってるから麻痺してるけど魔法が使える人間なんてそもそも少ないだろ?それが平民ならなおさらだ。そもそも普通の平民がフローラさんに対して魔法の攻撃でダメージを与えるなんて絶対にできない」

「確かに……。俺様でも相当うまく不意打ちをしない限りフローラさんにあんな怪我を負わせるなんて出来ないな」


誰だって魔法の詠唱やマナの流れを感じたら防御魔法を展開する。それにあのフローラならなおさらだ。


「そして3つ目。アルドリックさんを攻めるには準備不足。さっき入ってくるときも包囲の抜け道がたくさんあった。本当に三賢者のアルドリックさんを攻めるんだったら人数が10倍あっても足りない」


お父様程の有名人であれば少し下調べすればわかりそうなものだ。

でもそうなると……。


――――お父様はなぜ襲われたのだろうか?


「さすがガレン君。私の考えも同じなんだ」


ガレンが一息ついたところでお父様は話を続けた。


「自分の力を誇示するつもりはないけれど、正直包囲されているとはいえこの程度の攻撃なら防御しきれるし、こちらから攻撃すれば突破できるだろう。でもだからこそ何か裏があるんじゃないかなって思ってるんだ」


その言葉に皆頷く。でも、その先が浮かばない。

防御魔法の持続時間だけが魔法の強さではないが、単純計算で少なく見積もってもお父様は私の100倍以上強いことになる。

仮にお父様が私の100倍強いとして、そんなお父様を突破する方法……?そんなものあるのだろうか?


お父様の実力は十全どころか万全だ。でもここで絶対にミスは許されない。ミーナの二の舞は絶対に避けたかった。


(考えろ……思い出せ……っ)


でも、ここにはアリシアはいない。アリシアの関与していない、ゲームで出てこないイベントなんて思い出しようが無かった。

考えようにもこんな反乱などとは無縁だった私が考えられることなんてたかが知れている。


少しの間大広間が沈黙が包まれ、各々思考を巡らせていた。


「……もしかしたら君たちを変な戦いに巻き込んでしまったのかもしれない。だから、今夜のうちにここから逃げて―――」

「何言ってるんですか!」


反射的にお父様の言葉を遮って私は叫んだ。


「そんなお父様が危ないかもしれないと思うような戦いなら少しでも味方が多い方が良いでしょう!?」


でももう自分の知っている人が死ぬのは絶対に嫌だった。

もしフローラや使用人のみんながミーナみたいに忘れちゃったら?

みんなに慕われている人がいなくなって、そこだけ世界にぽっかり穴が開くのは耐えられなかった。


「お父様程強くはないけど、私たちも学園では優秀な魔法使いです!何か役に立てるはずです!」


声を荒げてアルドリックを攻め立てる。


私とは設定上の父と娘の関係だ。それもレヴィアナと違い私自身はそんなに大した思い出なんてない。でも、もうとっくにアルドリックは私の父だった。さっき頭を撫でられたときのあれだけの安心感を他人が与えられるものか。


「……すまないね、確かにそうだったみたいだ。私が間違っていたよ」


アルドリックは少しうつむきながら謝る。その様子を見て心が痛んだ。

別に攻めたかったわけじゃない。ただ、みんなで一緒に過ごしていたかった。


「……わかってくれたならそれでいいんですわ。それにお父様もわたくしたちのことを心配してての提案だったのに、申し訳ございません」

「いや、いいんだ。――――うん、あなたが、本当にそこまで思ってくれて嬉しいよ」


一瞬だけ私に今まで見せたことがない表情を浮かべる。でもすぐにいつもの穏やかな顔に戻っていた。


「でも、本当に危なくなったらこの屋敷や私の事は気にしないで逃げてくれ。私よりも、この屋敷よりも、君たちの未来の方が大切だからね」


お父様は優しく私たちに笑いかけた。


「イグニス君やガレン君はどうするかい?彼らたちも君たちのご実家、アルバスター家やアイアンクレスト家も一緒に敵に回したいとは思えないし、よっぽどの事はないとは思うけど……」

「何を言ってるんですか。一緒に戦いますよ。アルドリックおじさんほどではないですがそれなりに戦力になります」

「俺の土魔法はこういった持久戦には向いてますし、俺は……そのために来たんですから」


イグニスがはっきりとそう言い、ガレンもそれに続く。


「本当にありがとう。じゃあ、明日に向けて作戦会議をしようか。と言っても君たちの出番は無いように頑張るからね」


私たち3人の決意にお父様はまた微笑む。


大丈夫。

私の100倍強いお父様、そしてセレスティアル・アカデミーでもトップクラスの実力を持つ私たち3人。もしここにモンスターシーズンの時の様に突然ディスペアリアム・オベリスクが現れても十分対応できる。


(でも……だったらなんでずっとお父様はそんな顔をしているの……?)


この屋敷で再開してからずっと、私が初めて見た時の様なあの弾けるような笑顔はまだ1度も見ていない。

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