第53話 深夜の密会

(1人きりで来いなんて何かしら)


時々お父様が悪ふざけをしながらの作戦会議だったので思ったよりも時間がかかってしまい、夜もとっぷりと更けてしまった。


部屋に戻り、念のため30分ほど時間をつぶし、一人資料庫に向かっていた。


屋敷は静まり返っていた。

もしかしたら夜の間に魔法の攻撃が来るのではないかと警戒していたが、そんな気配は微塵もなく静かなものだった。

反乱や戦闘なんて起きていないのではないかと思うほどだが、外からはエレクトロフィールドが発動し続けていることを告げるバチバチと言う音が時折聞こえてくる。


外は真っ暗だ。

この暗闇の中、お父様の結界を攻略するにも連携が取れないからなのかもしれないし、向こうも休息をとっているだけなのかもしれない。

それともあちらはお父様の防御魔法の連続発動期間が2週間とも知れず持久戦を挑み始めているのかもしれない。


どれかが正解かもしれないし、全く見当違いかもしれない。


私はこういった戦闘経験なんてないただの魔法学校の学生だ。

成績は優秀かもしれないけれどこういった戦略、知略といったことは完全に門外漢だった。


「お待たせしてしまったかしら?」


待ち合わせの場所に到着するとすでに私を呼び出した人物はすでに部屋の中にいた。

光が漏れないように窓に衝立をして薄明りの中資料を開いている。


「いや、俺も今来たところだよ」


食事後の作戦会議の後、私だけガレンに呼び出されていた。


***


「それで…?なんの話ですの?わたくし、こういった作戦事は全く分かりませんわよ」


やっぱりガレンの表情は暗い。

お父様同様この屋敷に来てから、いや、馬車に乗り込んだ時からずっとこの不思議な雰囲気を纏っている。


「作戦……というか、思いつきなんだけどさ」

「だったら、イグニスも……!わたくしだけよりももっと多くの人がいたほうが……」

「いや、多分、きっと話さないほうがいい。犠牲が増えるだけ……かもしれないから」

「どういう……ことですの?」


全く要点を得ない。でもガレンには何か確信があるようだった。


「――――ま、それは置いといて。あいつらの作戦が読めたかもしれない。あくまで可能性の可能性の可能性……くらいの話だけど」


そういってガレンは推論を話し始めた。


「アルドリックさんのエレクトロフィールドは完璧だ。きっと、というか普通は絶対にこんなの破れるわけがない。イグニスが至近距離で全力の魔法をぶつけても破れないだろう。それくらいの密度の魔力がこの防御魔法には込められている」


ガレンの言葉にうなずく。昼間外で一瞥しただけだが、ディスペアリアム・オベリスクを破壊した時の様に、私とイグニスで一緒に攻撃をしたとしても破れるイメージは湧いてこない。


「それに、アルドリックさんが言っていた2週間は謙遜だと思う。信じられないけどアルドリックさんは魔法を使う意識も無くこの防御魔法を展開し続けてる。もしかしたら2週間どころか1か月以上持つかもしれない」


ガレンは険しい表情を崩していないが、話している内容からは私たちの安全を保証している様にしか思えないものだ。


「……!!もしかしてもう屋敷の中に!?」


最悪の想定が頭をよぎる。それならお父様の防御魔法を破る必要もない。しかし、ガレンは首を横に振った。


「それも多分ないな。この屋敷は広いし、何も知らない人間が入り込んでも迷子になるだけだ。それに隠れられるくらいの少人数が紛れ込んだところでアルドリックさんを倒せる訳も無いし、魔法を発動した瞬間感知されてしまうだろう」

「じゃあ一体何だって言うんですの?」


いい加減焦れてきた。ガレンの推論が正しいのであればみんなを叩き起こしてでも対策を練るべきだ。


「ところで防御魔法って破られるとどうなるか知ってるか?」

「もちろんですわ。授業でセオドア先生が実演してくれましたもの。……ってまさか!?」

「防御魔法はそこにマナをとどめておく魔法。相手からの高威力の魔法が炸裂して制御を失ったら?」

「……屋敷はもちろんこの一帯を巻き込んで爆発……。そんなこと起こり得ますの?」


お父様がそんな私たちが学校で習うようなことを知らないという事はありえない。でも、全方位からの攻撃はこの屋敷を包み込むほどの防御魔法を展開させるため、この闇夜の空白期間は一晩中魔法の詠唱をし続けるためだったとしたら。

しかし、そこまで考えてバカらしさに思考を停止する。


「確かにこれだけの防御魔法ですし暴走したときの爆発は計り知れないでしょう。でも、まず前提からありえませんわ。一体誰がこのエレクトロフィールドを破壊できると言うんですの?」

「わかってるって。ましてや相手は平民だ。だから思い付きっていたろ?まず起こりえない。でも起こりえないという意味ではこの反乱こそ起こりえないはずなんだ」

「……?」

「アルドリックさんは人気者だ。領土の平民はもちろん貴族間での評判もとても高い。そんなアルドリックさんが反乱で襲われているなんてことになったらほかの貴族も黙っちゃいない。さっきの馬車の運転手も広場に戻って行ったし、どんなに遅くとも明日には噂で持ち切りだ」

「そうしたらほかの貴族からも助けが!」


ガレンは頷いた。


「さっきアルドリックさんは俺たちの家の名を挙げた。だからアルドリックさんもこのことには気づいているはずなんだ」

「そう言われてみたら……」


そうだったかもしれない。ガレンが挙げる違和感は私が気づいてもよさそうなものばかりだった。思った以上に私もこの状況に動転しているのかもしれない。


「それに、そもそもレヴィアナたちが知ったのもセオドア先生から聞いたんだろ?だったらナディア先生も知ってる」

「そうね。アリシアがほかの先生にも伝えているかもしれませんわ」

「だからアルドリックさんは2週間も耐えるまでもなく、明日、それも夕方くらいまで耐えればどう考えても援軍が来る」


ナディア先生は強力な回復魔法と他の属性魔法を使いこなす三賢者の一人だ。お父様とナディア先生がどの程度仲がいいかは知らないが、同じ三賢者同士、他人という事も無いだろう。


「それでさっきの案に行きついたというわけですのね……?」

「この反乱を成功させるためには速さが何よりも大切だ。この反乱を成功させるためにはこの防御魔法を破壊して爆発させるくらいしか思いつかなかった」


それなら私たちが寝静まっているはずの深夜に突撃するのが最も都合がいいはずなのに敵が攻撃してこないのにも納得がいく。


「それで……もしそうならどうすればいいんですの?」

「もしそうなら、アルドリックさんの防御魔法にあたる前に、全力で俺のストーンバリアを展開する。完全に防げないまでも、さすがにある程度の威力は削げるはずだ。そうすればきっとアルドリックさんの防御魔法は破れない」


ガレンのストーンバリアならお父様がこの屋敷に展開した結界魔法ほどじゃないにしても高密度の防壁が張れる。

それにもしそんな魔法が本当にあるとしても、そんな理外の魔法じゃ連発は出来ないないだろう。


「……でも、もしガレンのストーンバリアが破られてしまったら今度はガレンが危ないのではなくて……?」


ガレンはそれには答えず、黙ってこちらを見ているだけだった。


「そうですわよね!?だったら……だったらわたくしやイグニスも……!」


エレクトロフィールドを守るためにはエレクトロフィールドの外に出て魔法を唱える必要がある。そして、このエレクトロフィールドを破壊するほどの魔法をガレンが防ぎきれるとも思わない。


「今度はガレンが自分の防御魔法の暴走に巻き込まれて、し……」


そこから先は言えなかった。もし言ったらなんだか本当になってしまう気がして。

にらみつける私と視線が交わり、そしてふぅと息を吐いた。


「――――いいんだ。きっと俺はそのために今ここにいるんだと思うから」


ガレンは今まで見たこともないような優しい顔で笑っていた。


「ガレン……何を言っていますの……?」

「俺はここに来た時からずっと覚悟していた。なんとなく、そうなんじゃないかなって。いまこんな状態にあって、防御が得意な俺がいるってことはさ。憧れのアルドリックさんを守って死ねるなら……」


ガレンの言葉は宙に浮かんだまま消えていった。


一体この感覚はなんだろう。何かを知っているような……いや、知っている気がする。

そしてガレンが言葉を言い終えた途端、それまで雲に隠されていた月が顔を出した。

窓の外から差し込む月光に照らされたガレンの表情は儚げで、それでいてどこか強い意志を秘めていた。


(……私、これを知っている)


全然表情は違う。


『……分かりましたです。絶対に、絶対に皆さん無事に戻って来るです!!約束です!!』


今のガレンの雰囲気があの時のミーナの姿と重なった。

私の知らない何かにおびえて、何かに諦めて、それでも何か決意した人の目をしていた。


――――そして、私が浮かれて戻った時には彼女はこの世界からいなくなっていた。


「……わたくし……わたくしガレンが言っていることが全く分かりませんわ」


でもそんなの、納得するわけにはいかなかった。みんなでこの世界を生き残ると決めたばかりだ。


「お父様もそう!なんで自分たちで勝手に決めて、勝手に諦めているんですの!?」


ガレンの胸倉をつかんで睨みつける。大声を出さずにできる精いっぱいの抗議だ。


「そこまで敵の作戦を予想できているのでしたらみんなで戦えばよいでしょう!!」


また月が雲に隠れて部屋が暗闇に包まれる。

雲が月に掛かるたび私の掴む手もそれに同調して頼りなく闇に飲まれる。

闇と光が交互に訪れる部屋。その中で私はガレンの顔を見据えて言葉をぶつけていた。


「死を前提とした作戦なんて立てるべきじゃない!もしかしたら、本当にもしかしたら死んじゃっても良いって思ってるかもしれないけど、絶対にそんなことないんだからね!」


部屋が静かなせいで私の声が反響してやけにうるさく聞こえる。

ガレンの表情はますます影が差して読み取れない。


『アリシアの話を聞く限りミーナはナタリーを守って死んだんだろ?だったら良い死に方じゃねーか?きっと良い転生もできるだろ』


あの時イグニスはそう言っていた。きっとガレンも、マリウスも、セシルも、みんなみんなそう思っていたのかもしれない。

……でも、そう思っているナタリーはあんなに声を上げて泣いたんだ。


『なんでみんな守ってくれなかったの!?なんでもっと早くあの塔を壊してくれなかったの!?なんでほかの生徒を探せなんて言ったの!?みんな強いのに!!ミーナを、ミーナを返してよ!!!!』


耳を塞ぎたくなるような、目を覆いたくなるような、世界に対しての呪いの言葉だった。


「残された人が、世界に1人だけ残された私がどんな思いをするか考えたことがないの!?」


言った途端、悲しみで目の前が曇る。

ミーナの事を忘れているガレンにとっては何のことか分からないだろう。


あの時のナタリーは怖かった。

だから、次の日、ミーナの事を忘れているナタリーを見て少しだけホッとした。あのままだったら壊れてしまっていたかもしれないから。

でも、あの悲しみが取り上げられてしまっていることも同じくらい悲しいことだと今は切実に思う。


理解してもらえないかもしれない。変なヤツ思われてもいい、それでもいいから納得のできる結論になってほしい。


何度も何度もガレンの胸元と叩き感情をぶつける。ガレンは目をつぶったままずっと私の声に耳を傾けていた。


どれだけそうしていただろう。きっと、時間にしてみれば数分だ。でも私にとってはその何倍にも長い時間だったような気がする。


気が付けば自分の袖はすっかり涙で滲み、顔も鼻水でまみれてきっとぐしゃぐしゃになってしまっていることだろう。

自分が何を言いたいのかもわからないまま感情の赴くままに言葉をぶつけて、それでもこの思いを分かち合えない悲しみで頭がいっぱいだった。


「残された人……。残された人……か」


ガレンは絞り出すようにそう呟いた。私は泣きはらした目でガレンを見る。


月光で明るくなった室内、さっきまで見えなかった表情はハッキリと分かった。

さっきまでの一人で覚悟を決めたような精悍な表情ではなく、まるで親とはぐれた子供が困っているような表情だった。


「確かに、レヴィアナともう話せなくなるのは俺もいやだな」

「もしガレンが明日死んでしまったら私は一生、もうずっとガレンとは話すことができないのよ!?」


私は精いっぱいの笑顔を浮かべながらガレンの胸板を叩く。

ガレンは私が一人で絶望していた時に新しいことを知ることの楽しさを思い出させてくれた大切な人だ。傷だらけになって挑戦して新しいことを知って、それでもまだ知らないことがあると知った時の笑顔がたまらなく好きだった。

そんな彼がこんな顔をして散っていくのは絶対に嫌だった。


「あー……それは、そうだな、全く考えたことなかったわ」

「それに!俺はまだ知らないことがある!だからもっともっと見たい、知りたい!!そういったのはガレンでしょ!?そんなガレンがこんなバカげた作戦立てるんじゃないわよ!!」

「……そんな事言ったっけか?」


ガレンがいつもの調子でおどけた表情をする。さっきまでの張り詰めた雰囲気も表情も解けていた。


「やっぱりレヴィアナは違うんだな。わかった……。うん、わかったよ。死なないように、なるべくみんな生きることができる戦略を練ろう」


ガレンの精悍な表情は明るい笑顔に変わった。いつものガレンだ。

その顔を見て私も自然と笑みがこぼれた。きっと今はとてもひどい顔をしているだろうけれど、それも含めて今できる最高の笑顔だった。


良かった。このセレスティアル・ラブ・クロニクルではこうしてみんな笑ってくれてたほうがいい。


(――――ちょっと待って……?なにか見落としているんじゃ……)


私の中にある何かが頭の片隅でなにかをささやく。

引っかかるのは、さっきのガレンの雰囲気。そして大広間でのお父様の表情。

思い違いかもしれない、本当に勘違いなのかもしれない。それでもその疑問は解消しておいたほうが良い。

そう私の直感が告げる。

多分……きっと間違いは無いと思う。


「ねぇ……ガレン。もしかして……」


今度は私が思い付きをガレンに告げる番だった。

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