第32話 2人だけの真実

緊張しながら、昼間みんなで寝そべった草むらで一人待っていた。

待っている間心の中で何度もセリフを反復する。


――トクン……トクン……


心臓の鼓動は高まる一方だ。街は誰もいないかのように静かで、私の心臓の音が街全体に鳴り響いているんじゃないかと錯覚してしまう程だった。


ふぅ……と大きく息を吐いて心を落ち着ける。


ある程度確信はあった。ここに来る間にソフィアさんにも確認したから間違いない、と思う。

それでも実際に確認するまではやはり緊張するし、もしも違っていれば恥ずかしいどころの話ではない。

少し遠くから草を踏みしめながら近づいてくる足音が聞こえる。


「結構夜は冷えるんだな」


そう呟く声が聞こえる。足音は私の目の前で止まった。

何度も心の中で練習した言葉を、少しためらって、それでもはっきりと聞こえるように声に出した。


「ノーラン、あなた、この世界の人間ではありませんわね?」


星明かりに照らされたノーランは困ったような、呆れたような、それでも笑っているような不思議な顔をしていた。


「この世界……?何言ってるんだ?」


ノーランは否定するが、それが形式だけの否定だという事は声のトーンから察することができてほっと胸をなでおろす。ノーランの回答を受け、一応理屈付けの様な事を告げる。


「あなたは【貴族主義】に染まってなさすぎですわ」

「ん?もっと敬ってほしいのか?」


ふざけ半分にそんなことを返してくる。なら、付き合ってあげよう。


「この世界は良い、悪いを抜きにして間違いなく【貴族主義】がありますわ。時間が経った今ならまだしも、平民のあなたが初日からあのようにイグニスたちと対等な関係を築けるなんて普通はありえません。あのアリシアですらはじめの頃はわたくしの姿を見るとビクビクとしていたものですわ」

「ま、俺が能天気って事もあるだろ。それに―――」

「次に、今日あなたが言った『生きる』という言葉ですわ」


ノーランの反論をあえて無視する形で話を続ける。


「この世界の方々は『死んでも安心』ということはしきりに教典で言いますが、『生きる』という事はまず言いませんの。ましてや『将来の夢』と言う単語をわたくしは初めて聞きましたわ」

「それくらい、たまたま言わなかったってだけじゃないのか?」

「最後に、この世界に、あのクッキーをラング・ド・シャという名称で作っている方はいません」


ソフィアさんに料理名を確認しても、バターを使った焼き菓子としか教えてくれなかった。この世界の美味しいものを散々食べているであろうイグニスたちもその名前を知らなくて当然だ。

だってこの世界にはラング・ド・シャという名前のお菓子なんて存在しないのだから。


「ははっ」


どんな言葉を言われるか分からなかったけど、ノーランは笑った。


「つーか気付くのおせぇよ。俺はお前もそうだってとっくの昔に気付いてたぜ?」

「え……?」


予想外の言葉に頭が一瞬混乱する。そんな私を見ながらノーランは自分の右腕の袖を捲った。


「あなた……その傷……?」


そこには手首を包むような傷がはっきりと刻まれていた。


「お前もあるだろ?」


右手首のブレスレットの下には確かに同じような傷がある。


「この世界に急に来た人間にはこういった傷が刻まれるんだってよ」

「……!あなたここに来た時の記憶があるの!?」


私の質問にノーランは首を縦に振った。


「ん?そう言うレヴィアナ……はどうなんだ?違うのか?」

「私……は……気付いたらこの世界にいたわ。どちらも断片的にしか思い出せないの」

「ふーん、そっか。そう言うのもあるのか」


ノーランは独り言の様に呟いた。


「あなたはこの世界がセレスティアル・ラブ・クロニクルという事を知ってるの?」

「まぁな。ねーちゃんがやってたのを横で見ててこのゲームの事は知ってた。「運命の星の下でー」ってヒロインの女の子が歌ってるのは今でも鮮明に覚えてるぜ」


2人で草むらに腰を下ろし、お互い空の星を見つめながら話をする。


「で、まぁ見ず知らずのこの世界の親の勧めで学校に行ったら見覚えのある学校でよ。その上そのヒロインが目の前で生きて動いてるじゃねーか。もうこれは運命だと思ったね」


ノーランは体を反らしながら嬉しそうに語る。


「あなた、もしかしてそれで生徒会に……?単純ねー……」

「そりゃそうだろ。ガキの頃大好きだったヒロインが目の前にいるんだぜ?頑張って

お近づきになりたくもなるだろ」


ノーランは鼻の頭をポリポリと掻きながら少し恥ずかしそうにしていた。そんなシンプルな言葉に、色々考えてた自分が少しだけ馬鹿らしくなる。


「ま、頑張りなさいよ。ライバルは強力よ?」

「知ってるっての。ゲームでも完璧超人だったし、この世界でも言うに及ばずだわ。アイツらカッコよすぎだろ」


ノーランはケッと言って少し悔しそうに空を見た。


「お前は良いのかよ?」

「良いって何が?」

「あの4人の中に好きなヤツいるんじゃねーの?」


ノーランはこちらの目を真っすぐに見つめて問いかけた。

思わず顔を逸らして空を見上げる。一瞬頭に浮かんだ気がしたが、慌てて自分の中にしまい込んだ。


「無理よ。私は悪役令嬢のレヴィアナよ?このゲームのヒロインはアリシア。私にはそんな権利はないわ」


そう、私はレヴィアナ。このセレスティアル・ラブ・クロニクルの悪役令嬢だ。ヒロインが幸せになる為には障害でしかない存在だ。この世界に来てから何度も言い聞かせた言葉をもう一度胸に刻み込む。


「そんなもんわかんねーだろ?現にゲームと違って、アリシアをいじめてたお前がこうして生徒会に居るんだし」


ノーランはへらへら笑いながら空に吐いた。


「元々ゲームで名前すら登場しないモブキャラの俺がこうしてアリシアの家にお呼ばれして遊んでるんだからさ」


ノーランは悪戯っぽい、そして少し小馬鹿にしたような笑い顔で私の目を見る。


「せっかくなんだし楽しく生きようぜ!あ、それに俺がアリシアの心を射止めたら、お前は4人から選び放題じゃねーか」


なんともノーランらしい、単純明快な考え方だった。そんな風に考えたことは無かった。


(生きる……か)


昼間私の意見が言えなくて当然だった。私はこのレヴィアナの事をどこか他人事としてしか見ていなかった。それにこれまでずっと、どうアリシアの邪魔をしないかという事ばかり考えていて、私自身がこの世界を楽しむという事が完全に抜け落ちていたようにも思う。

ふふっと笑みがこぼれる。そんな私の様子を見てノーランもニッっと笑い返してきた。


「まぁ、あまり期待しないで待っておくわ。でも!アリシアの事泣かせたら許さないわよ!」


私にできる精いっぱいの照れ隠しとともにノーランに拳を向けると、ノーランも笑いながら私の拳に拳をぶつけた。


「あー、こんな所にいたです!」

「ほんとだね」

「ん?おー、ミーナにセシル」


声のする方を見ると、すっかり復活したミーナが手を振りながらこちらに近づいてくる。セシルも一緒だった。ノーランは2人の姿を見ると、よっと言って勢いよく立ち上がり同じように手を振って2人を迎え入れる。


「これからナタリーさんとアリシアさんが美味しい氷のお菓子を振舞ってくれるです。早く来ないと無くなってしまうですよ!」


ミーナがニッと笑って2人に呼びかける。


「かき氷とかかな?」


ノーランは小さく耳打ちをして「レヴィアナも行こうぜ!」と2人の方へ駆けて行った。


「ふふっ……まだ食べますの?太ってしまいますわよ?」


私も笑いながら立ち上がると、2人の後を追って星空の下を駆けだした。


***


2人のシルフィードダンスに包まれアリシアの家に到着すると、すでに準備は整っていた。

全員で桟橋に腰掛けて、アリシアとナタリーが作ってくれた氷菓をみんなで楽しむ。イグニスが器用に灯してくれている炎魔法が水面に反射して、辺り一面を幻想的な雰囲気で包んでいる。


涼しいとは言え夏の夜には変わりない。口の中で溶けていく氷菓と、川のせせらぎの音を楽しみながら、それぞれが思い思いに夏の夜を楽しんでいた。


「なんだか……全部あるって感じだね」


誰かがぽそっとそんな呟きを漏らした。それくらいにこの空間は満たされていた。


「今度はガレンも一緒に来れると良いですわね」


私の言葉にみんながうんうんと頷く。


「あいつも勿体ねーよなぁ」

「用事があるなら仕方ありませんわ。――――でも、次回はこちら優先してもらえるように思いっきり楽しい思い出話をつくっていきませんこと?」

「あ、それでは明日はあの山に登りませんか?山頂からの景色がとても綺麗なんですよ!」


アリシアが指についた氷をペロッと舐めながら嬉しそうに提案する。私を含め、みんなから賛成の声があがった。


イグニスの灯す炎に揺らぐみんなの笑顔を見ながら、このかけがえのない空間を経験する贅沢を噛み締める。


ノーランがさっき言ってたことは机上の空論だとは思う。やっぱりこの場所での主役はアリシアとイグニスたちなんだと思う。

でも、私の大好きなこのおとぎ話みたいな世界で、みんなと一緒に笑ったり騒いだりできる時間はやっぱり私の宝物だ。


だから私は、その宝物を無くさないためにも全力でこの人達を応援して、そして最後は少しだけ自分も宝物を分けてもらえるように頑張ろう。


(この先も、こんな幸せな時間が続くといいな)


満点の星空に向かって、私はそんな事を祈った。

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