第30話 街の散歩

馬車の旅は順調だった。

予定通り宿場町に到着し、天候にも恵まれ大きな問題もなく、3日目の昼頃にはアリシアの故郷の街に到着した。


ゲームの中でも夏休みにこうしてアリシアの帰郷するイベントはあるが、当然ゲームの中では【移動中……】のテキストだけで済まされてしまう。


でも実際に山を越え、川を越え、何度も馬車のメンバーを入れ替えながらワイワイと移動をして目的地に辿り着いた時の達成感は想像以上だった。


アリシアの故郷はスチルの背景のイメージ通りに緑が豊かで、綺麗な水が流れている大きな川のほとりにあった。

街の中にも水路が張り巡らされており、所々で水車の回る音が心地よく響き、遠くから動物の鳴き声が聞こえてくる。アリシアに尋ねると乳牛はこの地域の特産品らしく、乳製品や肉類は近隣一帯でもかなり人気らしい。


「おばさん!こんにちはー!お久しぶりですー!」

「おや!アリシアちゃん。おかえりなさい!ずいぶんと早かったんだねー」


アリシアが馬車から顔を出し街の人と親しそうに話をする。こんないかにもな貴族の馬車で乗り入れて嫌悪感を抱かれないか心配だったが、街の人達は嫌な顔一つせず歓迎してくれているようだった。


「おかーさーん!ただいまー!」


赤い屋根の木造の家の前に馬車を停めると、アリシアが元気よく飛び出しそのまま家の中へと駆けていく。

私たちも荷物を馬車から降ろしながら待っていると、アリシアをそのまま大きくしたような女性が出てきた。


「そちらが手紙で連絡をくれていた学校の方々ね」

「うん!お母さん!紹介するね!!」

「まぁまぁ、皆さん長旅でお疲れになったでしょう。こんな外で立ち話もなんですから、中へお入りになって」


アリシアのお母さんはにっこりと笑い私たちを歓迎してくれた。


「大したおもてなしもできないですが、どうぞゆっくりしていってくださいな」


そう言って家の中に通された私達は居間に案内された。アリシアのお母さんが台所でお茶を淹れてくれるようだった。


「あ、お手伝いしますわ!」

「そんな、お客様にそんなことをさせられませんよ」

「そうですよ。皆さんは座っていてください」


そう言ってアリシアも台所に消えていった。手持ち無沙汰になってしまい、ついつい部屋の中をキョロキョロと見てしまう。

ゲームの中の話ではあるけど、この家も私にとっては思い出が詰まった家なので、なんとなく感慨深くなってしまう。


全員着席したところで改めて私たちの自己紹介が始まった。

アリシアのお母さんも時に相槌を打ちながら、時に笑いながら、本当にゆったりとした時間が流れていく。


「アリシア、本当にお友達に恵まれたのね。皆さん改めて、私がソフィア・イグニットエフォートです。あまりおもてなしはできないけれど、どうぞ自分の家だと思ってゆっくりとくつろいでいってください」

「こちらこそ、快く迎えてくださって大変感謝しておりますわ。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」

「そんなご迷惑だなんて。いろいろと学校の話も聞かせてくださいね」


ゲームの中でもいつもニコニコとした笑顔でアリシアを溺愛していたのが印象的だったが、実際に会ってみると更にそのイメージが強まった。


そこからひとしきり話が盛り上がり、アリシアが「まだ夕食まで時間があるからおやつを作ります!」という運びになった。


ナタリーとミーナはお菓子作りに駆り出され、戦力外通告を受けた私、イグニス、マリウス、セシル、ノーランの5人は目的の一つであった街の見物をしていた。


「つってもお前魔法も勉強もできるのに料理とか全くできねーのな」


ノーランに呆れた目で見られる。


はじめは私も手伝おうとしたのだけれど、「バターを湯煎しておいてください」と言われ、沸騰したお湯の中にそのままバターを入れた瞬間台所からつまみ出されてしまった。


そもそも湯煎どころかバターを見るのも初めてだ。誰だってこうなると思う。


「……ま、まぁほら、人には得意不得意がございましょう?それにノーランは知っていましたの?」

「知ってるぜ?つーかほかのみんなも知ってるよな?な、マリウス?」

「ん?んー?それはどうだろう………?な、なぁ?セシルは……って耳をふさぐな!!イグニスは知っているか?」

「当然だろ?湯煎って言ってるのに鍋と一緒に煮たのがまずかったんだろ。沸騰したお湯をかけるんだよ」

「イグニス……お前……自信満々に適当なこと言うのやめたほうがいいぞ……?しかも全然ちげーし……」


―――んも―――――っ


遠くから乳牛の鳴き声が聞こえてくる。その間抜けな声についみんな吹き出してしまう。


「……っっくっ!はっはっはっ!!所詮貴族だなんだって言ってもここにいる4人の貴族全員が「湯煎」の1つも知らねーんだ!!やっぱり貴族なんて大したもんでもねーよ!!」

「はっはっはっ!確かにな。名家の文武両道なんて言われたところで世界が一つ変わればこんなものだよな」

「それにさ。僕はあんなふうに親と一緒に料理をした記憶なんてないよ。なんか、なんかとってもいいよね」


街の中は賑わい、活気に満ちている。川には魚が気持ちよさそうに泳いでいて、その少し先では子供達が水遊びをしている。


外部からの来客が珍しいのか、アリシアの母親の人徳なのか、すでに私たちの事は街中の人に知られており、街を歩いているといろんな人から声をかけられた。


果物屋のおばちゃんは気さくに話しかけてきてくれる。

パン屋のおじさんもお茶目な笑顔で手を振ってくれる。

たぶんイグニス、マリウス、セシル目当てであろう女の子達からは、キャッキャと黄色い声が聞こえる。


街の中の暖かさに包まれながら街を散策していると、少し開けた草原に辿り着いた。


あまりに見事な草原だったので誰からともなく皆で寝そべり空を見上げる。

青くどこまでも澄み渡る空には鳥たちが優雅に飛び交っている。


そよ風が頬を撫で、草花が心地よい香りを運んでくる。

遠くで聞こえる家畜の鳴き声と木々の葉がこすれる音、時折聞こえる鳥のさえずりが、とても気持ちよく感じる。


しばらくの間無言で空を見つめていた。


「なんかとっても自由だね」


セシルがポツリとつぶやいた。


「ちょっとだけ独り言いうね。正直に言うと僕は【貴族主義】っていうのがわからないでもないんだ。やっぱり強さは自由だと思うし、強い貴族は誰よりも自由であるべきだと思ってる

「戦争やモンスターの襲撃に備えるときも、その戦場で誰よりも自由でありたいと思っている。誰よりも早く、誰にも、敵にも制限されないで、自由はとても心地いいからね

「僕自身がそうだから貴族がその自由であることに溺れてしまう気持ちもとてもよくわかる。まぁ、アリシアに対しての陰湿なことは強さからも自由からも離れてるから駄目だけどさ

「でも、ここにこうやってみんなで寝転がって、いまぼーっと空を眺めててもその気持ちよさ、自由みたいなものを感じるんだよね」


セシルもまだ自分の中で考えを咀嚼している途中なのかもしれない。セシルの独り言はそこで止まった。


「俺も独り言、言っていいか?」


マリウスがセシルの話を引き継ぐ。


「俺は【貴族主義】には賛成……ではあるんだ。優秀な人が多くの民を幸せに導く、それ自体は素晴らしい事だと思っている。俺の父のように、俺の兄のように。彼らはより多くの平民だけでなく貴族も幸せに導くことができるだろう

「だから人の上に立つべきだ、そう思っていた。でも、今日すれ違った人たちは今どの貴族に守られているか、そんなことはきっと気にしていない。そしてそれがとても自然なんだと思ってしまった

「イグニスがいつしか「役割が違うだけ」と言っていた。俺はその時反射的にその役割こそが重要なのではないかと思ったが、もしかしたら本当にただ役割が違うだけなのかもしれないなと少しだけ思い始めている」


マリウスはいつもより少しだけ饒舌だった。普段はこういったことをあまり口に出さないので、少し気恥ずかしいのかもしれない。


「俺は貴族みたいなもんじゃねーけどよくわかんねーけど、みんな楽しく生きれればそれでいいんじゃねーのか?」


ノーランが自然にそう呟いた。なんだか新鮮な響きだった。

それに対して私はこの人たち続く意見を何も持っていなかった。


なんとなく心の中で「ねぇ、ソフィア?」と尋ねた。

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