夏休み

第29話 馬車の移動

「なぁなぁ!本当に何も手土産とかいらないのかな……?」


相変わらずノーランがうきうきとはしゃいでいる。


「大丈夫ですって。私の家ですよ?」


何度目かの問答だが、アリシアは優しくノーランの事をなだめる。約束通り夏休みはアリシアの家にみんなで押しかけることになった。

折角の旅行だからと巨大な馬車を2台借り、みんなでワイワイと乗り込む。


どう乗るかは少し揉めた。特に最後までノーランがごねていたが、最終的にはイグニスが押し切る形になった。


先を走る馬車にはアリシア、マリウス、セシル、ナタリーが乗っていて、こちらにはイグニスとノーラン、ミーナ、そして私が乗っている。


初めて馬車に乗った日には気になっていた揺れも、こうしてみんなで騒ぎながら揺られるのはとても心地が良かった。


「んじゃ移動時間中の課外授業と行こうか」

「絶対こうなると思ったからお前とは違う馬車に乗りたかったんだよ……」

「俺様の課外授業を受けれるのは今となっては光栄なんだからな」


張り切っているイグニスとは対照的に、ノーランはゲンナリしている。


「そうですわよね。先日のノーランの無詠唱魔法を皮切りに、沢山の生徒が教えてくれと殺到していましたものね」

「ですです!イグニスさんったら誰からの依頼も断らずに本当にすごかったです!」

「人の上に立つものとしては当然だろう?」

「で、みんなイグニスの教え方っぷりに辟易として去っていく……と」


ノーランが呆れながら言う。


「何を言ってるんだ。みんな口々に「素晴らしいです!」「わかりやすかったですわ!」と去って行っていたぞ?」

「単純にお前に対して気を使ってるのか、それとも魔法とか関係なくお前と話したいだけのファンだよ……」


ノーランは深く溜息を吐く。そんな様子に私もミーナもクスクスと笑ってしまった。

まぁ、確かに遠巻きに見ている範囲では、イグニスに教えを乞いに行っている生徒の殆どは女性とばかりだったし、ノーランの言う事も完全に見当違いという事も無い気がする。


「わたくしはイグニスのその課外授業を受けたことはないけれど、実際にノーランは使えるようになったのでしょう?」


一応イグニスにも助け舟の様なものを出してみる。


「それはまぁ……、ほら、俺にも魔法の才能があったってことじゃないか?」

「だから早くその才能がどう育ったか俺様に見せろと言って言ってるんだ!」


イグニスは前のめりになり、ノーランに問い詰める。


「ふふっ。イグニスってばとっても楽しそうですわね」


こんな風にイグニスを翻弄するのもノーランくらいだろう。


「あー……。まぁ……な。俺様は【貴族思想】なんてものはくだらないと思うが、そう口にするだけでは当然変わらん」


そうイグニスは切り出した。


「貴族のほうがマナの保有量が多いのは間違いない事実だ。当然魔法の威力も相対的に貴族のほうが強い。それだけで何かすごいものだと勘違いするものがいるのも分からなくはない」


だが、とイグニスは続ける。


「こいつは平民で、マナの量も平民の常識に収まるレベルにも関わらずあれだけの無詠唱魔法を使っている。きっと俺様とは全く異なる術式だろう」

「そうなんですか?ミーナにはどちらも無詠唱のヒートスパイクにしか見えなかったですよ?」

「レヴィアナはどうかわからんが、少なくとも俺様の無詠唱魔法は無理やりマナを大量につぎ込んで詠唱をスキップしているだけにすぎん。10のマナをつぎ込んでも魔法として生み出せるのはせいぜい1か2だ」


ナタリーは難しいことを言っていたような気もするけど、言われてみたら私の無詠唱魔法も確かにそうかもしれない。


「しかしこいつは違う。10のマナをつぎ込んで少なくとも10の魔法を生み出している。だからあれだけの量のヒートスパイクを無詠唱で発動できる。無詠唱魔法だけで勝負をしたら俺様ともいい勝負ができるだろう」

「ノーランさんすごいです!イグニスさんがこんなに褒めてるですよ!?」


ミーナはキラキラとした目でノーランを見つめる。


「それがさっきの【貴族主義】とどうかかわってくるんだ?」

「【貴族主義】の根本にあるのは魔法の強さだと俺様は睨んでいる。もし平民も貴族と同じくらい魔法が使えるようになったら?少しは【貴族主義】の考えも変わっていくとは思わねーか?」


イグニスはニッと笑う。


「でも質問なんだけどよ。それって単純に貴族が俺と同じようにマナの消費なしで無詠唱魔法が使えるようになったら結局何も変わらないんじゃないのか?」

「多分それはねーな」


イグニスは自分の手の平にマナを集中させながら言う。


「俺様もあの後色々試して見たんだが全く使う事ができなかった。多分その回路みたいなものがねーみてぇなんだわ」

「回路?」

「まぁ、体の中でマナをどう巡らせるのか?と言い換えてもいいな。平民と貴族じゃ体の作りが違うのかもしれねぇ。だからこの夏休み中に色々試して見たくてよ!例えばミーナはノーランと同じように使えるのか……とかな」


イグニスは、ミーナの頭をグシャグシャと撫でながら笑う。そんなことができたら確かにいいかもしれない。ただ、頭に浮かんだ疑問をそのままぶつけてみる。


「ちょっと待ってくださいまし?もしそんな魔法の技術があったとして、貴族側が反対するのではなくて?」

「やっぱそうだよなー……。だからレヴィアナにも相談に乗ってほしくてよ」


誰だって自分が有利な身分を手放したいとは思ってはいないはずだ。まして、そんな生まれながら強者の位置にいる人たちであればより難しいだろう。


「だったらここ以外のメンバーや先生にも相談してはよいではないですか」

「んー、でもよ。マリウスは最近なんかナタリーから氷魔法を習うので忙しそうだし、セシルはぜってーこんな話興味持たないしな」

「ふぅん?」


粗暴で乱雑な印象を受けるが、イグニスはみんなの事をよく見ている。


「なんだよ、にやにやして気持ち悪ぃ」

「やっぱりイグニスは想像通り、いえ、想像以上にイグニスですのね」

「当たり前だろ?俺様が俺様じゃなくてどうするって言うんだよ」


それに私の事をこうして頼ってくれたのはやっぱり嬉しかった。


「うーん……ミーナはちょっと難しくてよくわかんなかったですが、とにかくミーナもイグニスさんから無詠唱魔法を教われるって事です!?」

「そーゆーことになるな」

「やったです!」


ミーナはイグニスとハイタッチをする。


そこから2号車の中ではイグニスの魔法レッスンが始まった。

私も途中まで受けていたものの、揺れながら座りっぱなしで、体が痛くなってきたので馬車の天窓を開き屋根に乗り思いっきり伸びをする。


「んー!風が気持ちいいですわ!」


振り落とされないか少し怖かったが、まぁいざとなれば魔力で体を強化すればいいだけの話だ。


「お、レヴィアナも外に出て来たんだね!」

「あら、セシルじゃないですの!」


私の様にふらふらすることなく安定感がある。運動神経から違うのかもしれない。

お互い異なる馬車に乗りつつでの会話なので声も張り上げるようになってしまう。


「そっちは何してるの!?」

「イグニスの魔法講座ですわ!わたくし少し疲れてしまって!」


馬車の室内から「いつまでも休んでるんじゃねーぞ」という声が聞こえた気がしたが無視する。


「そちらは何をしていますの?」

「こっちも魔法講座!マリウスが頑張ってるよ!」


なんだか不思議な感覚だった。ただただ青空が広がり、見渡す限りの草原で、世界の中で私達しかいないみたいな解放感に表情が崩れてしまう。

しばらく髪を遊ばせながら空を見ていると横から「トン」という音がする。


「ちょっと話しにくいからね、こっちに来ちゃった」


振り向くとセシルがいた。風魔法を器用に操ってこっちの馬車に飛んできたんだろう。器用なものだ。


「馬車の屋根に乗って移動するのってやっぱりいいよね」

「世界中を独り占めできるみたいで本当に気持ちいいですわよねー」

「はは、レヴィアナと同じこと考えてた。うん。気持ちいい」


2人でしばらく風にあたる。なんだかこれ以上の言葉は要らないような気がした。雲ひとつない青空を2人でぼーっと眺めていると馬車が大きく揺れた。


「きゃっ」

「おっと」


私の体が傾き、セシルの方へと倒れこんでしまう。


「あ、ごめんなさ……」

「大丈夫だよ。レヴィアナこそ大丈夫かい?」


謝ろうと顔を上げると、目と鼻の先にはセシルの顔があった。


「えっ、あ……その……」


慌てて体を引き起こそうとするが、馬の上に乗っているせいか、それとも驚いたせいなのか上手く力が入らない。本当に顔と顔がくっつきそうな距離だ。多分私の顔は今耳まで真っ赤になっていると思う。


頭がくらくらする。体が燃えるように熱い。何か言わなければと思うけれど言葉が出てこない。


「おーい、レヴィアナ、お前いつまで休んでんだよ!」


突然馬車の天窓が開き、ノーランが顔を出す。


「きゃっ!?」


私は急いで体に力を入れセシルから離れる。


「おや、ノーラン」

「セシル!お前なんでこっちに?あ、飛んできたのか?ん?……なんか邪魔したか?わりぃな」

「そ、そんな事無いですわ!と、ところでどうしたのかしらノーラン?」


慌てて誤魔化すようにノーランに聞く。


「いや、ちょっとチェンジしてイグニスの相手してくれ……あいつどんどん難しいこと言ってきやがる……」


ノーランはげっそりした表情でそう言う。


「わかりましたわよ。では、失礼しますわ」

「うん、僕もあっちに戻るよ。そろそろアリシアが一人で退屈してると思うから」


そういうとまた器用に向こうの馬車へと着地する。本当に風の様だった。


「あいつスゲーなー」


ノーランがセシルの姿を追っている間、気づかれないように何度も深呼吸をした。

心臓が早鐘のように打っている。顔もまだ熱い。ノーランに気づかれないように、顔を見られないように馬車の中へと入る。


「おら!サボった分ちゃんとやれよ!」

「わかりましたわよ」


戻るなりイグニスの叱責が飛んでくる。今の私にはなんだかちょうどいい気がした。

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