第26話 夏休みの計画
「そこまでだよ」
アリシアに絡んでいた女生徒の魔法は放たれることはなかった。
「セシル……様……?」
「えっ……?レヴィアナ様も……?」
あまりに一瞬の事で女生徒たちも言葉を失っているようだった。
「あなたたち、魔法の詠唱を止めなさい!ですわ」
「こんなところで何をやっているんだい?それに見たところアリシアにずいぶんな態度をとっているみたいだけど?」
その言葉にようやく我に返ったのか女生徒は言い訳を並べ始めた。
「そ、それはこいつが無礼なことばかり言うから……!」
「ほう、無礼とはどんな事だい?」
「それは……」
言葉に詰まる女生徒をよそに今度は別の女が口を開く。
「そ、そうです!私たちはただそこの女に身の程を教えてあげようと思っていただけです!」
「ふぅん、なるほど。確かに君たちには何か君たちの価値観があるのかもしれないしそれは尊重するべきだ。だからとアリシアの価値観をその魔法で押さえつけようとするのは良くないんじゃないかな?」
「それに、魔法を使っての襲撃は禁止されていますわ。わたくしの前でそのようなルール違反は許しませんわよ?」
セシルと私の指摘に女生徒たちは何も言えずにいる。
「そうだね。仮にアリシアが無礼な事をしていたとしても、生徒会の僕としては校則違反として先生に報告しなければならないけどいいかい?」
セシルのその言葉を聞いた女生徒たちは苦虫を噛み潰したような顔をした。
当然報告されれば貴族だろうがなんだろうが何かしらの処分は下されるだろう。
(ごめんね、アリシア)
ほっぺたが赤く腫れている。
少し目を離したと思ったらすぐこれだ。おちおち安心して雑談しても居られない。さっきの模擬戦であれだけ注目を集め、そしてこの視界不良の森の中でこういった事が起きることは予想できても良かった。
「セシルさん、私は大丈夫です。それに報告も何も私は何もされていませんので」
「ふぅん……?アリシアはそれでいいの?」
「それで良いも何も彼女たちは魔法の術式詠唱を私に見てほしいと頼んできただけです。生徒の相談に乗るのは生徒会の仕事の範疇ですし」
アリシアはあっけらかんとそう言った。少しの間セシルとアリシアが見つめあう。
「そっか。アリシアがそう言うなら良いけど。君たち、相談なら僕も乗るからね」
「そうですわね。アリシアではなく今度はわたくしの所にいらっしゃいまし」
「はい……わかりました……」
そう言ってすごすごと引き下がっていく3人を見ながら、アリシアは改めて私たちに頭を下げた。
「こんなに赤く腫れてしまって……。本当に良かったのかい?」
アリシアの左のほほに優しく手を触れながら優しく問いかける。
「はい。もし先生に報告なんてしてしまったら彼女たちはきっとこの学校を退学になってしまいます。それに家の方にも迷惑をかけてしまうでしょう。せっかくの学ぶ機会なのにこんなことで彼女たちの一生を棒に振らせたくはありません」
いかにもアリシアが言いそうな事を言って微笑む。その回答に満足したのか、セシルも同じように微笑みアリシアのほほから手を離し、頭を撫でた。
「イグニス辺りは納得いかねぇとか言いそうだけど、僕はそう言うの好きだよ」
セシルに頭を撫でられながら、アリシアはうれしそうに目を細めた。
「セシル―!レヴィアナ―!急に駆けだしてどうしたんだ?」
他の生徒会の面々が追いかけて来て合流した。
「アリシアが貴族に絡まれていたのが見えたからね。魔法で攻撃されそうになってたから、さすがにまずいかなって」
「魔法で攻撃って……アリシア!そのほっぺた」
ノーランがアリシアの赤くなったほっぺたを見て声を上げる。
「あぁ……大丈夫ですよノーランさん。セシルさんとレヴィアナさんのおかげで何もされていません」
「……誰だ……?俺様がぶったおしてくる!!」
「イグニス、俺も行くぜ!」
「ほら、ノーランもイグニスも落ち着いてくださいまし。やられたアリシアが頼んでも無いのにこちらから仕返しをしたら何も変わりませんわよ」
今にも飛び出して行きそうな2人をため息交じりに諫める。
「アリシア……本当に良いのか?」
「えぇ、きっとあの方々ももうして来ないと思いますし」
「まぁ、アリシアがそう言うなら良いんだけどさ」
ノーランの問いにもアリシアは微笑んで答えた。その答えに納得の行かない様子のイグニスは眉を寄せる。
「ったく……。どうせ【貴族主義】ってやつだろ?はぁ……めんどくせー!!ムカつくなら正々堂々やれってんだ!!」
「……ま、完全に理解できないって訳でもねぇけどな」
ガレンがぽつりとこぼす。やけに響いた声にみんなの視線が集中する。
「お前……どっちの味方だよ?」
イグニスがガレンを睨みつける。
「ちがうって。勘違いすんな、奴らの肩を持つわけじゃないさ」
自分の言葉を整理するためか、少しだけ間を置いてガレンが語りだす。
「でもよ?イグニスも、マリウスも、セシルも実際に平民という役割の人がどんな暮らしをしてるか知ってるわけじゃないだろ?」
その問いには全員沈黙を答えに変えた。
「俺は小さいころから行商が趣味の親にくっつかっていろんな地域を見て回ったから平民がどんな生活をしていて、それが住んでいる家の大きさや食ってる食事以上にどれだけ大きな壁があるかを少しは知ってるつもりだ」
ガレンはじっと遠くの景色を見つめながら語り続ける。ずっと思う事があったのかその一言一言はいつものどこか諦めたような雰囲気はなく、重たかった。
その横顔に誰も言葉をかけることは無く、ただ黙って次の言葉を待つだけだった。
「ただ役割が違うってだけなはずなんだ。確かに生まれ持っての魔力の差はある。でもそれだけのはずなんだ。今日一番驚かせたのがノーランとアリシアの様に、魔法だって一緒に協力してああしてチームも組めるはずなんだ」
ノーランは褒められて嬉しそうに表情を崩す。
「そうだよな!イグニスなんて別に貴族とか関係なしにそんな偉そうにしてそうだしな」
そんな風にノーランが茶々を入れてイグニスが殴る真似をしてみんなが茶化して笑う。生まれも育ちも関係ない、見慣れたいつもの愉快な生徒会の光景だ。
「ではこうしませんか!」
良いことを思いついた。
「そろそろ夏休みですし、イグニス、マリウス、セシルもアリシアの家に行きませんこと?そこでアリシアがどんな生活をしているか見に行きましょう!」
「それはいい考えだな」
「俺様も賛成だぜ」
「うん。僕もアリシアがどんな生活をしているか気になるし」
どうやらみんな賛同してくれたようだ。あとはアリシアの返事だが……。
「勝手に決めてしまいましたがいかがでしょうか?」
「私は大歓迎です!そんなにおもてなしできるようなものはありませんがぜひ来てください!」
アリシアは満面の笑みで答えた。よかった。これでアリシアの家に行くイベントが成立した。でもその満面の笑みを見ながら、なんだかチクリと心が痛んだ。
「俺もいきてぇ!なぁ!いいだろ?」
「ミーナも行きたいですー!大丈夫です?」
「うん!平気!みんなが寝る場所も確保できるよ!」
ミーナとアリシアは楽しそうにハイタッチしながら喜んでいる。
「そしたら私も皆様のおうちにお邪魔してもいいですか?」
「来い来い!さっきのアリシアのオリジナル魔法を俺様の父上に見せたらきっと大歓迎してくれるぞ」
「わぁ!!ありがとうございます!!とっても楽しみです」
「それにマリウスんちもいこーぜ。こいつんち家の中にすっげー綺麗な滝流れてんの。あれはマジですげぇ」
「ミーナも見たいですー!連れて行ってくださいですー!」
「もちろんだ。みんなで楽しい夏休みにしよう」
とんとん拍子にみんなの夏休みの予定が決まっていく。なんだかいわゆる学生生活の醍醐味の様なものを感じてワクワクしてくる。
「あー……わりぃ、ちょっと俺はパス」
「んだよガレン、なんかあんのか?」
「いや、ちょっと夏休みは父さんと予定があってさ。ちょっと外せないんだわ」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるガレン。まぁ、彼も貴族だし何かと用事もあるのだろう。
「残念ですね。そしたらイグニスさんやマリウスさんのおうちの話、夏休みが終わったらいっぱいしますね!」
「ははっ、ありがとうアリシア。つっても俺イグニスとかマリウスの家いったことあるから知ってるぜ?」
「確かに!幼馴染さんなんでしたよね!」
そうアリシアが笑う。
もうアリシアが絡まれたことに拠る険悪な雰囲気はなくなり、楽しいいつも通りの生徒会の雰囲気になっていた。
「はいはい、皆さん!そろそろ教室に戻りませんこと?これで授業に遅れてしまっては「また貴族が調子に乗って!」とか言われてしまいますわよ」
パンパンと手を叩きながらみんなに声をかける。
「ったく……ほんとに【貴族と平民の平等】も【貴族主義】も下らねぇよなぁ……卒業式までにはなくなってると良いのにな」
「それですわ!」
一段と大きく手をたたき声を上げる。
「わたくしたちの生徒会の目標にしましょう!」
「なんだよ急に」
「ですから、卒業式……いえ、その前の舞踏会を平民も貴族も関係なく踊れる場所にしましょう!」
そう言った私をみんなが凝視する。
そんなこと考えたことも無かった、という顔だろうか。でも、これはとっても大事なことだ。貴族とか平民とかそんな身分なんて関係なくみんなで踊れたらきっと楽しい。
「それ素敵ですね!私と皆さんが一緒に踊っても怒られない舞踏会がいいです」
一番初めに賛同してくれたのはアリシアだった。その一言を皮切りにみんなが賛同してくれる。
うん、もう目を離すとかも関係なく、そして堂々とアリシアがこの攻略対象の4人と堂々と踊れる舞踏会の方が絶対に良い。
「まずはイグニスとカムランが手を取り合う事からですわね」
「あぁ……、なーんか、あいつとうまくいかねーんだよなぁ……。別に俺様の方は何も思っちゃいねーんだが」
「お前は一人で作戦を決める癖があるからな。いきなりは面食らうんだろう」
マリウスも一緒になって揶揄ってくれる。
「うるせぇ。話聞かないといけねぇってわかっちゃいるんだが、なんかそんな当たり前の事わざわざ言うなよ、めんどくせぇって思っちまってよ」
そのいかにもイグニスっぽい答えに思わず笑ってしまう。
「カムランを我々と一緒にイグニスの家に……というのは難しいですわよね?」
「俺様は別に全然かまわないけどよ、あいつがまぁやりづれーんじゃねーか?」
「あ、そうだ。そうしましたらカイルも一緒に誘ったら来るんじゃないかしら?」
「ん?カイルって誰だ?」
「さっきセシルとアリシアとチームを組んでいた方だろ。お前のその他人の名前を覚えない癖、治した方がいいぞ」
「おーい、お前らおいてくぞー」
イグニスとの会話に熱中していたらほかのメンバーとだいぶ離されてしまっていたようだ。
「あーすみませんわ!今行きますー!」
前途は多難そうだが、とにかくまずは夏休みだ。
あの大好きなヒロイン、アリシアの家もとっても楽しみだったし、憧れのイグニスやマリウス達の家に行けるのがとても楽しみだった。
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