第25話 戦いの後に
(ブレイズワークス…こんな序盤から…?)
アリシアが使ったブレイズワークスはアリシアのオリジナル魔法だ。
このセレスティアル・ラブ・クロニクルのいわゆる主要キャラクターにはオリジナルスキルがそれぞれ設定されている。
例えばイグニスの【天才】なんていうのはその一つだった。
アリシアも平民だけど【成長】のスキルを持っており、その派生効果の一つとしてオリジナル魔法を身に着けることができる。
しかしブレイズワークスは『実家が鍛冶屋を営んでいることとその仕事風景を見ることで剣や装飾品といった装備に火属性の魔法を付与させる』というヒントをもとに『魔法訓練場に何度か通って習得できる』、夏休みのイベントをきっかけに後半で身に着けることができる強力なオリジナル魔法だ。
(まだそのイベントは来ていない……。それとも私が知らない間に『夢』でも見たのかな?)
ランダムイベントや魔法の戦闘で負け続けた場合の救済イベントとして『夢』を見ることでシナリオが有利になるイベントが存在する。
でも、それにしてはアリシアは本気でこのイベントに挑んでいる様にも見えた。
(にしても人目もはばからずいちゃついちゃって……いいなぁ……)
セシルにお姫様の様に抱きかかえられて、満面の笑みを浮かべて勝利を喜んでいるアリシア。ゲームの中ではずっと私を見てくれていたセシルは今アリシアを見ている、そのことに嫉妬の感情が芽生えそうになってしまう。
(いけないいけない。あくまでこの世界のヒロインはアリシアなんだから)
悪役令嬢になるつもりもないけど、せめてこの世界でアリシアを彩る装飾の1つにはなりたいと、私は一歩集団の中に足を進めた。
***
「完全に負けたよ。セシルから目を切ったつもりはなかったんだけどなぁ」
「アリシアが隙を作ってくれたからね。僕にとってはあれで万全だよ」
「確かに、あの状況から反撃してくるとは思っても見なかったわ」
「えへへ。ちょっと頑張ってみました!」
アリシアが謙遜する様に笑う。
「それにしてもアリシアのあの魔法……ブレイズワークスだっけ?あんなの魔法火属性使いの俺も知らないんだけど」
セシルの攻撃に吹き飛ばされ、全身に着いた落ち葉を払いながらノーランがアリシアに尋ねる。
「あれは私のオリジナル魔法です!」
「オリジナル……?そんなのできるのか?」
「はい。私の家、鍛冶屋をやっていまして、剣を作るときに鋼に炎を纏わせて形を整えていくんですよ。それで似たようなことを魔法でもできないかな?って」
「すごい……!すごいよアリシア……!僕、オリジナル魔法なんて考えもしなかった……!」
ノーランだけでなく、セシルも驚きの声を上げる。
「生徒会の皆さんに負けてられないですからね!ノーランさんの無詠唱魔法もすごかったですよ!あんなにぶあーって!」
正面切って褒められてまんざらでもないようにノーランは頭をかく。
「確かに凄かったわ。作戦会議の時のあの自信なさそうな態度は何だったんだよ。あれ、イグニス直伝?」
「ほら、その方が驚くだろ?魔法自体はむちゃくちゃスパルタなイグニスの直伝。つってももっと驚かせられると思ったんだけど、完全にアリシアに持っていかれちゃったよなぁ」
「ふふっ。私もひそかに努力してるんですよ」
アリシアがいつものはにかみ笑いを見せる。
「あともう一つ驚いたといえば……」
少しだけわざとらしく咳ばらいをしてからガレンが口を開く。
「俺はセシルがまさか戦闘中に防御役になるとは思わなかったけどな、王子様」
そう言ってガレンが視線を向けた先には、アリシアを抱きかかえているセシルがいた。
「たまにはね。アリシアも何か狙ってるみたいだったし」
セシルはアリシアをお姫様抱っこしたまま苦笑する。少しだけ2人の視線が重なり、少し気まずくなったのかアリシアは少しだけ頬を赤らめ、パタパタとセシルの腕から降りた。
「ま、そう言うことにしておいてやるよ」
ガレンは少しだけ悪戯っぽい笑顔を作ってみせた。
「確かにすげぇ魔法だったもんなぁ。俺の無詠唱ヒートスパイクもあっさり弾かれちゃったし」
「いえいえ、たまたまですよ。イグニスさんにまた特訓をしてもらって威力が上がっていればあんな風に防げなかったと思いますよ」
「えー……!あいつマジでおっかねーんだって……。あ、そうだ!そしたらアリシア教えてくれよ!さっきのブレイズワークスを俺も使えたらイグニスにだって……!」
「はっ、そりゃ無理なんじゃねーか?なぁアリシア?」
一歩ノーランがアリシアに歩み寄ろうとした時、それに合わせる様に声が聞こえてくる。
「げっ!イグニス!」
「なんだよ、げっ、て。俺様が教えてやった無詠唱ヒートスパイクのおかげで善戦してたじゃねーか」
「それはそうだけど……、お前人に教えるの向いてねーよ、きっと……。なんだよ「ぐっ!とやったら魔法は出るだろ!」って……」
「実際できたから良いじゃねーか」
ノーランのツッコミに対して、イグニスはあっけらかんと返す。
「でもよ?さっきの俺には無理ってどういうことだよ。またお前には才能がねーからとかって悪口か?」
「俺様もさっきのアリシアの詠唱を元に試してみたけどマナがうまくつながらねぇ。きっとあれはアリシアにしか出来ねぇ魔法だわ。俺様にできなくてノーランにできるわけがねぇだろう」
イグニスの容赦ない言葉にノーランがうなだれる。
「でも才能がねぇってのは訂正だ。お前のあの無詠唱魔法は凄かった。俺様がまた鍛えてやる」
イグニスはノーランの背中をバンッ、と叩きながらにっと笑った。
***
カムランは一人、時折石ころを蹴飛ばしながら歩いていた。
(なんで俺はこんなにむしゃくしゃしてるんだ……)
全部が気に食わなかった。
セシルチームとガレンチームの模擬戦も途中までイグニスとマリウスの戦況分析に耳を傾けていた。
俺は目まぐるしい展開に目を奪われて何も発言することができなかった。
でも、そんな状況でもミーナもナタリーも「自分ならどうするか」と意見を言い合っていた。「自分ならどう動くか」をしっかり考えていた。
拒絶されていたわけではない。それでも俺一人が空気だった。
模擬戦闘中も俺がやった事と言えば広域探索とイグニスの胸倉をつかんだだけ。
イグニスに言われた通りに2人を上空に跳ね飛ばしたが、結果としてはミーナの前に攻撃対象の2人を差し出しただけだ。もし俺が少しでも周りの気配を探っていたら結果は変わっていたかもしれない。
「くそっ!!」
勢い任せに魔力を込めて木の幹を殴る。木の幹はえぐれ、少しだけ凹んでいるがその程度で木はびくともしない。大勢に影響はない。
セシルチームとガレンチームの模擬戦闘が終わって、皆の称賛の中心にいたのは2人の名家の貴族ではなく平民のアリシアだった。
あの状況を見たら誰だってそう思うだろう。それほどアリシアが使った魔法は衝撃的だった。
俺も貴族には敵わなくても、平民の中では戦略でも、魔法でも優秀だと思っていた。
……でもそんなもの関係なかった。俺は出自に関係なく能力で劣っていた。
イライラしたのは俺より才能があるイグニスやマリウスが俺以上に訓練や先述の勉強をしていたことだ。
イライラしたのは俺と同じ平民のはずなのに戦略でミーナにもナタリーにも敵わなかったことだ。
イライラしたのは俺と同じ平民のはずなのにあんなすさまじい魔法を使っていたノーランやアリシアに圧倒されたからだ。
『貴族も平民も関係ねぇ。俺様は本気で向かってくるやつには誰だろうと手加減はしねぇ』
イグニスに言われた言葉が何度も頭に響く。
結果として俺の判断は間違っていた。
ミーナは守られるか弱い平民ではなく、本気で戦うべき1人の魔法使いだった。あの場所で誰よりも平民の俺が平民のミーナの実力を見下していた。
「あなた!平民の癖にセシル様にあんな風に抱き着くなんて何様のつもりなの!?」
「……ん?」
何やら金切声が響いてくる。視線を声のする方に向けると、数人の女子たちが一人の女子を囲んで何やら言い合っていた。
「私たちだってセシル様とあんなふうに仲良くお話したことないのに」
「それにイグニス様やガレン様たちとも……。あのお方たちがどれほどえらい方なのかわかっていらっしゃらないのかしら!?」
中心にいるのは先ほどの模擬戦で強烈な光を放っていたアリシアだった。
しかしこの状況にあってもアリシアは毅然とふるまっている。そのことがより3人の事をいら立たせているようだった。
(みっともねぇ……)
アリシアを取り囲んでいる貴族の女子たちを見てカムランはそんな感想を抱いた。
女子たちは学校指定の制服をきらびやかな装飾で着飾り、いかにも貴族のご令嬢といった雰囲気を醸し出していた。
大してアリシアは普通の制服。しかし、1人きりで立っているアリシアの方が大きく見えた。
「あんたなんて平民だからって理由だけで生徒会に選ばれただけなんだから。本来あんたなんかがあんな風に話せるお方たちじゃないのよ!?」
「なんとか言ったらどうなの!?」
3人はアリシアに詰め寄る。
「と言われましても……私はあなたたちと話したことありませんし……」
「はぁ!?あんたみたいな平民が私に話しかけられるだけでも光栄なのよ?それをなんだと思ってるわけ?」
「ほんと信じられないわ!」
「そもそも貴族である私たちが話しかけてあげてるのよ?普通は喜ぶところでしょう?」
「……ありがとう……ございます?」
いまいち要領を得ずにアリシアは首をかしげる。その態度にいよいよ一人が手を振り上げた。
「このっ!」
パシぃっ―――
森の中に乾いた音が響く。こんなもの敗北宣言でしかない。
(貴族にも……色々いるんだな)
俺の故郷を治めている貴族は傲慢だった。平民の俺たちを自分の土地の駒として見ていた。
しかし、それでも貴族としての才能と絶対的な自信と矜持を持っていた。
だから畏怖し、劣等感を覚え、絶対にひっくり返すことの出来ない差に絶望もした。
叩かれた左ほほに手を当てながら呆然とするアリシア。それを見てさらに怒りを募らせた3人が詰め寄ってくる。
「あなたねぇ!!」
「ちょっと顔がいいからって調子に乗ってるんじゃないわよ!」
「私は調子に乗ってなんていません。それに私があなたたちにそんなことを言われないといけないんですか?」
そのセリフに先ほど手を挙げた女生徒が怒りをあらわにし、反射的に魔法の詠唱を始める。
「本当に生意気ね…!平民の癖に……!!!灼熱の炎よ、全てを貫く――――」
流石にこんな場所で魔法での攻撃はまずい。
カムランはとっさにアリシアを守ろうと一歩踏み出そうとして、そして、止めた。あんな偽物の貴族じゃなくて本物の貴族がやってくるのが見えたからだ。
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