第27話 それぞれの夜_マリウスとナタリー

ナタリーはみんなとの楽しい夕食の時間を追え、一人訓練場で魔法の練習をしていた。


今日の作戦はたまたまうまくいっただけだった。


レヴィアナさんがとっても強かったから。

この学園の中にイグニスとマリウスを含んだ3人がかりの猛攻をしのげる生徒がどれだけいるのだろうか。


ミーナさんがとっても器用だったから。

あんなに瞬時に的確に高精度なウィンドウォールを展開してイグニスさんのヒートスパイクをかわすことができる生徒がどれだけいるだろうか。


少なくとも私にはどちらもできない。


もっと、もっと強くならないと師匠に追いつくことなんてできない。


―――パキン


静かな訓練場に静かに音が響いた。


魔法の練習を始める前のルーティンの一つである氷魔法で作った造花の花びらが散ってしまう。注意力が散漫な証拠だ。


理由はわかっている。今日の【貴族主義】の話がずっと頭の中に残ったままになっている。


(私はいったいどっちなんだろう………?)


今日は何も発言することができなかった。

私自身が意見を持っていないからだ。


私は師匠に拾われてそのまま師匠に育てられた。

師匠に拾われる前にもどこかで生活をしていたはずだけど、それでも気づいたら一人きりで、そんな私を師匠が見つけ、それで育ててくれたという。


何不自由のない生活を送らせてもらったが、少なくとも貴族が管理する土地で平民として暮らしはしたことが無い。


かといって当然貴族でもない。

師匠は【永久凍土の錬金術師】などと言われるほどの魔法使いだが、魔法の研究に熱中するあまりそれ以外の事は全部投げ捨てて雪山でずっと暮らし、時々食料を購入に人里に降りるような生活をしていた。


屋敷も土地も使用人も領地の平民も持たない貴族などいないとこの学園に来て改めて知った。


(私は何者なんだろう…?私にできることって何だろう…?)


物心ついたころから師匠に魔法の教育をされたため魔法には自信があったし、私にはそれしかなかった。

師匠オリジナルの氷魔法もそうだし、時々人里で見かける同世代の魔法使いを見ても私より優れているとは思えなかった。


私もこのまま成長して、いずれは師匠のように三賢者なんて言われるようになったりするかもしれない。師匠に並ぶなんて現実味のない話ではあるが、その資格はあるようになんとなく思っていた。


師匠には「賢者なんて言われて良い事なんて何一つも無いよ。そんな事より楽しく生きてくれればそれでいい」と口癖のように言われてはきたが、私は賢者になることが師匠に対しての恩返しだとなんとなく思っている。


師匠にセレスティアル・アカデミーへの進学を進められた時には正直迷った。

師匠以上の魔法使いなんていないのに習いに行って何になるのだろうという気持ちと、同世代の人と何かをするというイメージがつかめなかった。


ふーっ、と一人きりの魔法訓練場に深呼吸音が響く。


でもこの学校に来てよかったことは間違いなくある。

耳につけたイヤリングと左腕の腕輪にそっと触れる。まだ両腕には抱きしめた時のレヴィアナさんとミーナさんの感触が鮮明に残っている。

私があんな風に我を忘れて人に抱き着くなんて思っても見なかった。


(もっと強くならなくっちゃ。じゃないと……)


ぎゅっ、と自分の肩を抱く。イヤリングがちりんと音を鳴らす。


この学園に入る前に持っていた魔法に対しての自尊心みたいなものは打ち壊されてしまった。

この学園には私なんかよりも優れた魔法使いがたくさんいる。


私がこの氷魔法を使えるのはたまたま師匠に教えてもらったからであって、その機会さえあればもしかしたら誰にでも使えるようなものなのではないか?


そして、師匠と同じ三賢者になることなんて一生ないんじゃ―――。


「ふーーーーっ……」


いけないいけない。暗くなっても仕方がない。

今日のグレイシャルウェーブは発動タイミングが遅かった。もしもう少し早ければあの段階でも勝ててたかもしれなかった。


「氷河の奔流、我が意志に従い押し――――――」


何度か練習しておいたほうが良い。そう思い詠唱をはじめたときだった。

訓練場の入り口に人の気配を感じ、慌てて魔法の詠唱を中断し振り返る。いつの間にか訓練場の入り口マリウスさんが立っていた。


「すまんな、邪魔するつもりはなかったんだが」

「こ、こんばんわ!マリウスさん!どうしたんですか?」


軽く頭を下げ、マリウスさんがこちらに歩いてくる。

生徒会の部屋では話すことはあるが、こうして2人きりになって話すなんてはじめてだ。


「あ、ま、魔法の練習ですか!?私、ちょっとどきますね!」

「いや、まぁ、そのままでいい」


そう言ってマリウスさんは少し離れた場所で立ち止まった。

沈黙が痛い。こういったときにどうしていいか分からない。


(何か迷惑をかけてしまったんだろうか。それとも今日の作戦でチームメイトの2人に無茶をさせてしまったから?あ、そっか、マリウスさんとレヴィアナさんは幼馴染って、だから?でもそれだったらさっき――――)


沈黙をつぶすためにとにかく何か話をしなきゃと話題を探すが頭がから回ってしまう。今までどうやって話してたっけ?さっぱりわからない。


そんなことを考えていると、マリウスさんが小さくコホンと咳払いをした。


「今日の模擬戦闘の作戦について―――……」

「ごめんなさい!レヴィアナさんに無茶な事をさせて本当にすみませんでした!」


やっぱり。今日無茶をさせたから怒ってるんだ。そう思って即座にマリウスさんの言葉を遮って頭を下げる。


「違う違う!そうじゃなくてだな」


予想外の反応だったのか、少し驚いたように私の言葉を遮るマリウスさん。


「じゃあ……あ!怪我!大丈夫でしたか!?」


なんで先にこっちに気付かなかったんだ。あんな上空から叩き落されたら誰だっていい気はしないだろう。勝利に浮かれてそこまで頭が回らなかった。


「怪我は……まぁ、魔法で治すまでもないものだ。それに模擬戦闘をしていたのだから怪我くらいもするだろう。とにかく、頭を上げてくれ」

「ほんとにごめんなさい……」


恐る恐る顔を上げるとマリウスさんは少し困ったような顔をしていた。


「そうでは無くてだな。今日の作戦について聞きたかったんだ」

「は!はい!何か悪いところがありましたか……?」

「本当にナタリーが考えたのか?ナタリーがイグニスの策を超えたのか?」

「え?」

「あれは俺にもイグニスにも思いつかない作戦だった」


どういう意図だろう?怒ってはいないみたいだけど……イグニスを超えた?あの天才魔法使いを超えたなんて何を言っているんだろう。


「あの最後のミーナの一撃もナタリーが考えたのか?」

「そうです、けど……」

「俺はレヴィアナを囮にするのではなく、ナタリーが囮になると思っていた。それになぜあそこにミーナを?それになぜミーナを単騎で?」


マリウスさん自身も自分が話したい内容に口がついてきていない様だった。いつも冷静沈着なマリウスさんにしてはとてもめずらしい姿だった。


「えっと……これは師匠の受け売りなんですけど、こういった集団戦闘では浮いた駒を作れと良く言われていました」


そう、これは師匠がよく言っていた事だ。


「イグニスさんとマリウスさんに正面から対抗できるのはレヴィアナさんだけです。なのでリスクを取りました。浮いた駒にするために一番のリスクをミーナさんに取ってもらい、一番初めに発見される役になってもらいました。最初の時点でミーナさんが完全にやられてしまう可能性もありました、でも……」


一点だけを見つめるのはやめろと。全体を見渡せ。どう動けばどう対応されるのか思考しろ、誰を落とせば全体が動くのか考えろ、相手の思考を仮定しろ、と。だから私は……。


「イグニスさんは豪快に見えて周りのケアも欠かしていません。マリウスさんももちろんそうです。ミーナさんが発見された時点ではまだレヴィアナさんも私の位置もはっきりしていませんでした。そんな状態で全力でミーナさんを攻撃するとは思えませんでした。私には無理ですが、ミーナさんの繊細な魔法コントロールならやられた様に見せかけることもできるのではないか、と」


時折入るマリウスさんの相槌に背中を押され、その時のことを思い出すかのように言葉を繋げる。不思議なものでさっきまであんなに何を話せばいいのか分からなかったのに今はすらすらと言葉が出てくる。


「レヴィアナさんの囮も同じです。あれだけ一人で攻められ続けているのに私が現れなかったら、攻撃しながらも常に周りに気を張っている必要があります。こちらも私には絶対できませんけど、それでもレヴィアナさんなら誘導ポイントまで連れて来てくれるのではないかと考えました」


私が話すのをマリウスさんは黙って聞いてくれた。

いつも難しい顔をしていたマリウスさんが私の拙い作戦を真剣に聞いてくれているのがうれしくて、こんなに長くマリウスさんに話したことは無いのに私はどんどん言葉を紡いでいた。


「私の全力の魔法も多分イグニスさんやマリウスさんに読まれていると思いました。なので浮いた駒のミーナさんを最後の決め手にしました」


自分で説明しながらも悲しくなるくらいに運が良かったとしか言えない作戦だった。もし一つでも計算が狂っていれば実力通りに負けていた。それならまだ正面からぶつかったほうがましだったかもしれない。


「イグニスさんやマリウスさんは切り捨てるような安直でバカバカしい作戦ですみません。たまたまうまくいっただけです」


そう言って私は照れ隠しに小さく笑った。

目の前のマリウスさんはというと、腕を組んで私が話した内容をずっと考えているようだった。


話が途切れて沈黙が場を支配したが不思議とその沈黙は気まずい物ではなく、なんだか心地よかった。

そんな空気の中、最初に口を開いたのはマリウスさんだった。

ゆっくりと下を向きながら私に近づいてくる。


(な、なんだろう……やっぱりこんな作戦で勝っちゃって、怒らせちゃったのかな……?)


思わず一歩後ずさってしまった私に近づいてきたマリウスさんは私の目の前で立ち止まりすっと両肩を掴まれた。


「それは違う!」

「ひゃう!?」

「それは……それは違う!ナタリーはもっと今日自分がした事に自信を持つべきだ」


そのままマリウスさんは両肩をぐっと握りしめて言葉を続ける。

あまり感情を表に出さないマリウスさんが私に対して声を荒げている。心なしか顔が少し赤い気もする。


「カムランも、そして俺自身もイグニスの策には賛成した。俺には当然そんな考えには至らなかったし、仮にもっと考える時間があったとしてもイグニスでもそんな策には思い足らなかっただろう」

「それは―――稚拙だから?」

「違うと言っているだろう。ナタリーは的確に全員の実力を見切っていたんだ。ミーナの魔法力も、レヴィアナの耐久力も、そして俺たち3人の思考も攻撃力も。だから策が成功した」


目の前のマリウスさんは私に対してまっすぐに言葉を伝えてくれている。こんなに近くに男性の顔があるのは初めてだった。肩に置かれた私とは違うごつごつとした硬い手がくすぐったい。視線が泳ぎそうになってしまうが、それでも必死に彼の言葉を聞き漏らすまいと私もまっすぐに見つめ返した。


「ミーナもレヴィアナも自分が危険になるにも関わらずそれでもナタリーの策を信じた。ナタリーが言うならきっと大丈夫、そう2人が信じたから成功したんだ」

「そう……なのでしょうか……?」


そこでマリウスさんは一呼吸置く。そして力強く私に微笑みかけながら言ってくれた。


「もっと自信を持ってくれ。少なくとも俺はあれだけ見事に策に嵌ったイグニスを始めてみた。小さいころから俺がずっと、ずっとやりたくてもできなかったことだ。俺はナタリーの事を尊敬する」

「尊敬なんて……そんな大げさだよ」


こんな真っすぐな目でそんなことを言われたのは初めてだった。どうしていいかわからなくなってしまう。


「あっ……すまない……」


そういってマリウスさんは私の肩に置いていた手をそっと離してくれた。

肩に置かれていた大きな温かい手が離れてしまうのを少し寂しいと感じてしまった。マリウスさんは少しだけ上を見つめながらぽつりと話始めた。


「俺は……ずっとあのイグニスや兄を超えたいと思っていた」

「お兄さんがいるんですか?」

「あぁ、飛び切り優秀な兄だ。兄もこのセレスティアル・アカデミーに入り、当然のように首席で卒業していった」


お兄さんの話をするときは心なしか楽しそうに見えた。きっと自慢の兄なのだろうと思う。


「俺はずっと兄やそしてイグニスを超えたかった。でも、あの天才たちを超えることなんてできないと、できる人間なんていないのではないかと正直どこかで諦めていたのかもしれない」


マリウスさんがそう話した時、どこか自嘲気味に笑ったような気がした。

私から見ればマリウスさんもイグニスさんも途轍もない魔法使いだった。それでも天才として産まれてきてしまったが故の苦悩があるのかもしれない。


「でも今日、目の前でイグニスが超えられる瞬間を見せてもらった。もしかしたら無理じゃないかもしれない。俺でも超えられるかもしれない、今日のナタリーを見てそう思えたんだ」


そこまで言うとマリウスさんはまっすぐに私の目を見て微笑んだ。


「だからお礼が言いたくてここに来た。本当にありがとう」


今まで見たことのないような柔らかい笑顔に胸の奥が締め付けられる。

さっきからずっと胸が苦しい気がする。体の奥がむずむずして、熱があるみたいに顔が熱い気がする。病気かもしれないと思うくらい心臓が早鐘を打つ。


私なんかよりもずっとすごいマリウスさんにこんな風に言ってもらえて、なんだか泣きそうにもなる。


「一つ、お願いをしていいだろうか」


私は高鳴る鼓動を押さえつけながら頷いた。


「時々で良い。戦術の訓練の相手をして欲しい。そして、もし、ナタリーが嫌じゃなければ、氷魔法も教えて欲しい。きっとイグニスを超える武器になる」


マリウスさんが右手を差し出してくる。


「もちろんです!わ、私も!マリウスさんの水魔法教えて欲しいです!」


慌ててマリウスさんの右手を両手で握り返す。

今日の事はたまたまで、きっとマリウスさんに教えられるようなことは本当は何もないんだと思う。そのうち失望されてしまうかもしれない。


それでも、両手で包んでいる大きな手の感触を感じているこの時間は、さっきの様な私が何者なのかについては忘れることができそうだった。

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