第13話 貴族と平民
「今年はこの9名が生徒会のメンバーとなります」
セオドア先生は生徒会メンバーを壇上で紹介すると、それぞれみんなに向けて自己紹介をするように言った。結局ノーラン以外の立候補者はおらず、この9名が生徒会のメンバーとなった。
腕にはナディア先生から頂いた腕章が巻かれている。
普段はあれほど口が悪いイグニスもこういったところでのあいさつには慣れているのか、実にそつなくこなしていた。客観的に見て一番ひどかったのは間違いなく私だろう。
変に気張ってしまって壇上に上がる時にはカチコチになっていたし、声が裏返っていた。
その後あてがわれた生徒会室では5人掛けの長机にどう座るかでそれなりに揉めた。結局体格の大きな攻略対象の4人の列と、向かい側に女性陣とノーランで座ることになった。
「なんで俺様がマリウスの隣なんだよ!」
「俺だってお前みたいながさつなヤツの隣に座りたいわけがないではないか」
「はいはい、くじで決めましたわよね?もういい加減にしてくださいまし」
さっき仲直りの握手はレヴィアナが発案したと言っていた。いつもこの2人はこんな感じだったとするならレヴィアナもそれなりに苦労していたのだろうと苦笑してしまう。
「はー……まったく……あの2人は仲がいいんだか悪いんだか……」
「きっと喧嘩する程仲がいいってやつですよ!」
生徒を寮に案内し終えて、少しくたびれながらミーナと2人で廊下を歩いていた。私の少し後ろでミーナが笑いながら、とてとてとついてくる。
「あ、そうだ。ミーナも平民なのよね?」
「ですです!正真正銘の平民生まれ平民育ちですよ?」
「わたくし不勉強でして、もし気分を悪くされたら申し訳ございませんわ。少々お伺いしたいことがありまして……」
「ほえ?なんですか?」
きょとんとした顔をするミーナ。私はそのまま続けた。
「【貴族と平民の平等】って……そんなに、その、なんと言うか、強烈なものなんですの?」
先程の教室での出来事を思い出して私は尋ねた。さっきのクラスの雰囲気は明らかにあの男子の言いがかりだったにも関わらず、教室内に何も言い出せないような不思議な空気が流れていた。
ゲーム内でもあんな風に露骨に空気が悪くなるシーンは無かった。それに【貴族と平民の平等】なんて単語を初めて聞いた。
「むぅ……」
「……ミ……ミーナ……?」
ミーナが髪をいじりながら明らかに不機嫌になっている。やばっ!やっぱり聞かない方が良かったのだろうか。
「申し訳ありませんわ!わたくし悪気は無かったんですの!」
慌てて頭を下げる。少しだけ気まずい沈黙が流れる。すると、ミーナはぷっと息を吐きだすとにへへと笑った。
「冗談ですよ冗談!」
「……へ?」
「ミーナはこんなので怒ったりしませんですよ!」
「もー!わたくしをからかわないでくださいまし!ほんっとにびっくりしましたわ!」
完全に一本取られてしまった。全く心臓に悪い。
「でもー、ミーナが住んでた場所の領主様は良い人でしたからそう言った感情はありませんけど、ひどいところは問題になっていますですね」
「問題ですか?」
「【貴族と平民の平等】という仕組みは出来ましたけど、実際貴族の方が生まれつき魔力が多いのでその土地を守るのは貴族の役割になってしまいますし、平民は魔力が少ないからどうしてもその土地の仕事は限定されてしまいますです。土地に対しての貢献度は貴族の方が大きいのに、仕組みができたから平民も平等にと言うのは貴族側も面白く思っていない方も多いです」
「それは……確かにそうですわね」
実際に貴族が土地を治め、平民は土地に住みついて作物や家畜を育てる。土地の周りにはモンスターだってでる。私がこの世界に来てからも何度かアルドリックとフローラが討伐に向かっている現場に同行させてももらった。
「まぁ仕組みができてからまだ間もないですから、衝突することもあると思うです。ミーナはこの学園で魔法の基礎理論をしっかりと身に着けて、平民のみんなも少ない魔力でももっと土地を守ることに貢献できるようになればいいなーって思ってますです!」
ミーナは、えっへんと胸を張った。なんだかこの目の前のニコニコ笑っている少女がとても大人びて見えた。
もしかしたら本当は色々ミーナも抱えているのかもしれない。さっきのリアクションも、もしかしたら私の浅慮な質問で傷つけてしまったのかもしれない。
それに、個人個人色々な事情を抱えているのがわかっていたからセオドア先生もああいった対応をしたのだと思う。
「まず生徒会のみんなで平民も貴族も関係なく仲良くしていきましょう」
「ですです!」
そう言ってミーナはにっこりと笑った。つられて笑っていると、ミーナの背中越しに生徒が5人ほど集まっているのが見える。今はみんな寮で荷ほどきなりをしているはずだけどどうしたんだろう?
「?どうしたんです?」
「いや……、ん、なんでもないですわ」
まぁ地元が同じとかで集まっていたりしたんだろう。生徒会に入ったからといって生徒の一挙手一投足を細かく把握することもないだろう。
「レヴィアナさん!」
私たちも仕事が終わったから生徒会室から荷物を取って自分の部屋に行こうか、と思った時、突然後ろから声をかけられた。
***
「ふー……だいぶきれいになりましたね」
「そうだなー。それにしてもセシル……さんの魔法便利ですね」
生徒の誘導以外の面々は生徒会室の掃除を終え、一息ついてるところだった。
「はっ、敬語とかやめてよノーラン。僕も君の事ノーラン様とか呼ぶよ?」
セシルがわざとらしくそっぽを向きながらノーランに言うと、ノーランはそんなセシルの様子にぷっと噴出した。
「いやー、さっきの教室のやり取りとか見るとさ」
「あれは実に醜悪だったな」
マリウスは腕を組んで頷いている。
「あいつらセシルやマリウスの事様付けで呼んでたけど面識あったりするの?」
「まぁ多分パーティ会場とかですれ違ったりしてたんじゃないのかな?見たことある気はするよ」
「つーかよ、こんな場所で様付けとかしてんじゃねーっての!」
イグニスが吐き捨てるように言う。その表情からは苛立ちがにじみ出ていた。
「おめーもぜってーつけんじゃねーぞ」
「ははっ。こんなの見ててつけるほど勇気はねーよ。俺もそういうの苦手だからありがたいわ」
そう言うとノーランはアリシアが淹れてくれた紅茶に口をつけながらそっとつぶやいた。
「アリシアもだけど、俺みたいな平民が立候補したのも面白く思われてないのかもしれないよなー」
「かんけーねーよ!俺様は貴族とか平民とかの考え方がだいっきらいだ。つーかあいつもそんなもんにプライド持ってるなら試験でもいい点を取れってんだよ」
イグニスは吐き捨てるように言うと紅茶のカップをぐびっと飲み干した。マリウスはそんなイグニスの態度に何か言いたげだったが、それでもあえて指摘するまでもないかと口を噤んだ。
「あ、これは【貴族と平民の平等】とは関係ないんですがー」
アリシアがそんなマリウスを見ながら明るく声をかける。
「マリウスさんたちの家ってえらい貴族さんなんですよね?」
「まぁ自分で言うのもなんだが、客観的にうちのウェーブクレスト家、イグニスのアルバスター家、セシルのブリーズウィスパー家、ガレンのアイアンクレスト家、それにレヴィアナのヴォルトハイム家は代々続く有名な貴族の家だ」
「では、夏休みに遊びに行かせてもらってもよいですか!?」
「あ!俺も行きてぇ!すっげー豪華なごはんとか食いたい!」
アリシアの提案にノーランが乗る。
「ああ、もちろん構わないさ。学園の友人、それも生徒会のメンバーなら父さんたちもきっと歓迎してくれるだろう」
「やった!それじゃ生徒会のお仕事もクビにならないように一生懸命頑張らないといけませんね!」
そんな他愛のない会話をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。アリシアが席を立ちドアを開くとそこには見たことの無い女性が立っていた。
「あのー……すみません……少し部屋の事で確認があるのですが……」
女性はおどおどとした様子で話しかけてきた。
「はい、どうされましたか?」
「ちょっと来て直接見てほしいんです」
「あ、でしたら今から行きます!ちょうど手が空いたところですから」
「人手がいるなら俺も行こうか?」
ノーランが声をかけると女性は「いえ、アリシアさんだけ、女性だけのほうがいいです」とアリシアだけを誘った。
「それではちょっと行ってきますね」
アリシアは女性に連れられて部屋を出て行った。
「どうしたんだろう?」
「まぁ、女性の部屋にいきなり大勢の男性で押しかけるのも無粋だし、僕たちはちょっとノーランとの友情を深めて待ってようよ」
そう言うとセシルはノーランに向かってウィンクをした。
***
アリシアは女性に案内されるまま廊下を歩いていた。何度か背中越しに話しかけるが、返ってくるのは生返事だけ。女性はそのまま校舎を出て、どんどんと歩き続けた。
さすがに不審に思い、アリシアは改めて話しかけることにする。
「あのー、どこに向かわれているんですか?」
「どこでもいいでしょ?手伝ってくれるんでしょ?」
「そうですけど……。でもちょっと待ってください。何か取りに行くならやっぱり人手が……」
「触らないで!」
アリシアが肩に触れようとした瞬間、女性は勢いよく振り返り、アリシアの手を払いのけた。
「え……?」
「あ、いや、ごめんなさい。でも魔法訓練所にあるものを取りに行くだけだから」
そう言うと女性は早足で再び歩き出す。アリシアは訳がわからなかったが、先ほど生徒会の仕事を頑張ろうと決意したばかりでもあるかと女性の後ろをついていく。
ほかの生徒は皆、寮で荷解きや自室の整理をしているため静かな敷地に2人分の足音だけが響いていた。
「さ、入って。部屋で魔法の練習をしたいからここの備品を借りたくって」
「でも、勝手に持ち出してしまってよいのですか?許可とか……」
「許可ならもうとって……って、もういいから早く入りなさいよ!!」
女性は勢いよくドアを開け、アリシアを中へ突き飛ばした。アリシアはそのままよろけながら部屋の中に入った。
「っきゃ!」
「私はこれでいいでしょ!これで今度の会合ではうちを推薦してよね!」
そう言うと女性は魔法訓練所を飛び出し走り去っていく。
「え、ちょ……っと?」
アリシアは状況が飲み込めず、呆然と部屋の中央にへたり込んでいた。
「ようこそ」
「!?」
不意に後ろから声がかけられ、アリシアは勢いよく振り返る。そこには男性3人、女性が2人、それぞれ嫌な笑みを浮かべて立っていた。
「やっぱり君みたいな人間が生徒会に入るのはおかしいと思うんだ」
先頭に立っている男子生徒はアリシアを見下すようにそう言った。先ほど教室で一番初めにアリシアを糾弾した貴族の男だった。男性3人の胸ポケットには赤い花が添えられている。
「俺たち貴族がお前ら平民が住めるように土地を守り、お前らが俺たちのために働くのが本来のあり方なんだ。誰がお前たちの住む土地を作った!誰がお前たちを守っている!俺の祖先にはモンスターに蹂躙され殺された方もいる!のうのうと守られて生きてきたお前たち平民に権利も平等も必要ない!」
息を切らしながら一息でそう言うと、アリシアを睨みつけた。
「あなたたちもそういう意見のかたなんですか?」
アリシアは怯まず、貴族の後ろにいる生徒達に問いかけた。
「私たちはそうよ。こっちの平民の男たち2人はもっと下衆いこと考えてるみたいだけど」
そう言うと女生徒はケラケラと笑った。アリシアが振り返ると後ろにいた2人の男子生徒はニヤつきながらアリシアを見ていた。
「悪いことは言わないからさぁ……今からでも遅くないから生徒会やめなよー」
「そうそう、平民が貴族の真似事なんてするもんじゃないぜ?」
2人の男子生徒は舐めるようにアリシアを見ている。アリシアは、怖くなり後ずさりしようとしたが、すでに背後は壁だった。
「というわけだ。君は生徒会を辞退して小さく縮こまって学園生活を過ごすか、ここで僕たちの奴隷になるか……どっちがいい?」
「どっちも嫌です。お断りします!」
アリシアはきっぱりと言った。男は苛立ったように舌打ちをする。
「じゃーさ。こいつの制服全部脱がしてそのまま中央のモニュメント横に立たせてやろうよ!そしたらもうこの学園にいられないでしょ!?」
「そうだな。それが良い」
男子生徒2人がアリシアの両腕を捕まえて服をはぎ取りにかかる。
「きゃー!やめっ、やめてっ、きゃああああ!」
アリシアはジタバタともがくが男2人相手にかなうわけもなく、どんどんと制服をずらされていく。
――――その時だった。
勢いよく扉が開き、アリシアと5人は驚きをもって振り返る。
そこには、烏の濡れ羽色をなびかせた美しい少女が怒りの表情もあらわに立っていた。
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