第14話 私がここにいる理由

「ありがとうございます!大切にします!」

「私も、大切にします!」


声をかけてきたのはゲームでレヴィアナの取り巻きとしてアリシアをいじめていたジェイミーとミネットだった。

2人は私のファンで、少しでも近づきたくて声をかけてきたそうだ。


私に会った記念に何か欲しいというので、屋敷から持ってきたノートとペンを上げるととても喜んでくれた。


「あ……あの!レヴィアナ様たちも生徒会のお仕事、初日から色々されて大変ですよね……。本当にお疲れ様です!」


たどたどしくミネットが話しかけてくる。見るからに緊張してこっちまで緊張してしまいそうだった。


「様だなんてやめてくださいまし。これから1年間一緒に過ごす同じ生徒じゃないですか」

「あ……ありがとうございます!そ、その……レヴィアナ……さん」

「こちらこそ話しかけていただきありがとうございますわ。ミネットさん」


にっこりほほ笑むと、ミネットは真っ赤になってしまった。


「でも大変って?何かあったんですの?」

「い、いえ、たいしたことでは無いんですけど、さっき教室で絡まれていた生徒会の女性の方が誰かと一緒に外を歩いていたので……。私たちはこうしてもう荷ほどきをしているのに色々されているんだなぁと」


絡まれていた方……きっとアリシアだろう。でも生徒会室の掃除担当のアリシアが外を歩いているなんて少しおかしい。そう言えばさっき外で見えた影、あれはさっきアリシアに絡んでいた貴族だったような……。


「どうされましたか?」


急に黙ってしまった私を心配してか、ミネットがのぞき込んでくる。


「……いえ、なんでもないですわ。そうなんですの。まだ少し生徒会の仕事がありまして、今度もう少し色々お話ししましょう?」

「は、はいっ!是非お願いします!」


ミネットは顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を縦に振った。2人と別れ、生徒会室へと向かう。嫌な予感がする。段々と歩くペースが速くなる。ミーナも私の後を小走りで着いてくる。


慌てて生徒会室に戻り、部屋を見渡すがそこにアリシアの姿は無かった。


「アリシアはどこに行きまして!?」

「アリシアならさっき部屋に来た生徒の手伝いをするって……」


遅かった……!いちいちイグニスたちに事情を説明していると間に合わないかもしれない。イグニスが言い終わるのを待たず私は踵を返して駆けだした。

その後を追ってミーナも追いかけて来てくれた。


「レヴィアナさん!ミーナも行きます!」


事情も何も説明していないのにこうしてついてきてくれるミーナの存在が心強かった。どこ……?どこにいるの……?


初日のアリシアいじめのイベントは3カ所で起きるパターンがある。下手に遠回りしては時間が無駄になってしまう。もし、さっきの人たちがもしそうなら……っ!


「ミーナ!魔法訓練所はどこか知ってる!?」

「魔法訓練所……あっちです!ついてきてくださいです!」


ミーナが指した方向に私たちは全速力で走り出す。魔法訓練所に近づくと中から「きゃー!やめっ、やめてっ、きゃああああ!」という叫び声が響いてきた。


一気に頭に血が上り、怒りのままに扉を開け放つ。そこには服をはぎ取られ、今まさに床に組み伏せられようとしているアリシアの姿があった。


突然の来訪者である私の姿を見て、中にいた生徒たちは驚きを隠せない様子だった。アリシアもこちらを驚いた眼で見ている。


「レヴィアナさん!?」


アリシアは私の姿を目に捉えると必死に叫んだ。実に悲痛な叫びだった。多分間に合った。様子を見る限りブラウスのボタンが引きちぎられただけだ。でも、到底許せるものでは無い。私は無言でつかつかと歩み寄り男たちを見下ろした。


「あなたたち……一体何をしていますの……?」


初めて出す、冷え切った声だった。


「いえ……その……」


私の威圧感に押されてか、アリシアをつかんでいた男子生徒たちは後ずさりすると、そのまま仲間の方へと離れていった。


「アリシアさん、大丈夫ですか?」

「え……あの……」


きっと恥ずかしがっているのだろう。私は戸惑っているアリシアの体を起こし、自分のジャケットを羽織らせる。


「改めて……あなたたち一体ここで何をしていますの?」


私は、男子生徒と女子生徒に厳しい目線を向けながらそう問いかけた。先頭に立っているのは、先ほど教室でアリシアに対して突っかかっていた男子生徒だった。


「俺は何もしてませんよ?そこの平民が俺たちの事をここに誘い出していきなり服を脱ぎだしましてね。きっと貴族の俺に媚びようってとこだと思いますけど?全く、これだから平民の女は……」


男は悪びれることなくそう言い放った。


「そんな言い訳が通じると思っていますの……?」

「大体平民がどうなろうと関係ないでしょう?あなたも貴族の名家の人間ならわかるでしょう」


後ろの取り巻きの女たちも「ねー、ほんとほんと」「ちょっと顔がかわいいからって生意気よね」などと囃し立てている。


直接アリシアに触れていた2人の男たちは後ろに隠れて多少居心地が悪そうにしているが、同じように全く悪びれた様子はない。


「ま、そう言う事ですので。俺たちも突然呼び出されて被害者みたいなものですよ」


そう言うと男は、もう用は済んだとばかりに私とアリシアに背を向け歩き出した。


「……待ちなさい」

「まだ何かあるんですか?もう話す事なんて何にもないと思うんですけど?」


私が制止の声をかけると男子生徒は鬱陶しそうに頭を掻いた。後ろの取り巻きの女性2人も同調するように頷いている。きっと彼らは本当に悪い事をしたと思っていないのだろう。


「このことはセオドア先生に報告させていただきます。あなた方も先ほどセオドア先生から『セレスティアル・アカデミーでは魔法の元に平等でありたい』と聞いたでしょう。『貴族も平民もなく世界をより良くしていってほしい』と聞いたでしょう?」


私のその言葉に男子生徒は、苦虫を嚙みつぶしたような表情で舌打ちをする。


「あー!名家の貴族であるあんたなら俺のいう事もわかってくれると思ったんだけどな!だったら……俺たちがあなたを魔法で倒せば平等ですね」


男子生徒はそう言い放つと、私に向かって右手をかざした。


「レヴィアナさん!!」


アリシアが心配そうに私の名前を呼ぶ。そんな彼女を安心させるため、私は笑顔を作ってみせた。


「大丈夫ですわ。私、これでも強いんですのよ?」

「はっ!ヴォルトハイム家のレヴィアナ嬢のうわさは聞いていますよ!でも3対1で俺たちに勝てますかね!!」


小さくため息をついた。先ほどミーナに聞いたように本当に貴族である自分が絶対で、正義で、中道だという教育を受けてきたのだろう。

それに平民の事も本当に見下しているのだろう。その証拠に仲間であるはずのあの男性2人も、私と一緒に来たミーナも無視して3対1と言い放った。


「本当に……かわいそうですわね」

「灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイクっっっ!!」


男子生徒は私に向かって魔法を放った。魔力量はそれほどでもないし、詠唱以外のマナ練成も長い。私の胸に突き進んでくる炎の槍を真正面から見据え、右手を掲げた。


「エレクトロフィールド」


私の発動した魔法が眼前に迫るヒートスパイクをかき消した。男子生徒は一瞬何が起こったのかわからず固まった後、今度は連続で魔法を私に放つ。……が結果は同じだ。私はすべての魔法を同じように一瞬で消し飛ばした。


「なっ……!?無詠唱で防御魔法を……っ!?それに……なんだその魔法は……っ!」


男子生徒は驚愕に目を見開く。後ろで見ていた女子生徒たちも何が起こったのか分からず呆然としていた。


「雷魔法の防御魔法ですわ。一般防御魔法のバリアシフトよりももっと強度の高いものです。ご存じないかしら?」

「雷魔法……っ!お前たちも攻撃しろ!!」

「わかったわよ!私もあのお嬢様のしゃべり方にはイラついてたし!」


男子生徒が後ろを振り向いて叫ぶと、女子生徒も魔法を放ってきた。私は雷の防御魔法を維持したままその魔法に右手を向ける。


「俺たちもっすか!?」

「当たり前だろう!!平民なら言われる前に察して動け!!」


2人は顔を見合わせると、やけくそになったかのように魔法を放ってきた。


「潮騒をまといし流れる矢、撃ち貫き、灼熱の刻印を刻め!激流の射撃、アクアショット!」


2人の放った魔法は水の塊が連なって矢となり、激流となって押し寄せてくる。


次々に迫ってくるヒートスパイク、アクアショット、女性たちが放ってくる魔法。目の前に広がる破壊をまき散らす魔法は恐ろしいものであったが、『レヴィアナ』にとってはこんなものはただの子供騙しに過ぎないし、『私』にとっても転生してからのフローラの魔法教育のほうがよっぽど怖かった。


エレクトロフィールドにバリアシフトを重ねて展開し、それぞれの魔法にぶつけてかき消した。


「嘘でしょ……!?」

「この量だぞ!?なんで全く効いてないんだ!!」

「……もう満足しましたか?」


私が呆れながらそう問いかけると、男子生徒がキッとこちらを睨み、私を怒鳴りつけた。


「こんな!こんなはずがあるか!俺は正しいんだ!絶対に!絶対にそこの女を!!そこの女を辱めて!!俺こそが正当であると証明しなければならないんだ!」


男子は怒りの表情で、ヒステリックに叫びアリシアを指さした。


「その女!!その女が!!その女の!!!!」


頭を掻きむしりながら魔力を高めていく。どうやらアリシアに魔法を放とうとしているようだ。


「レヴィアナさん!あの人はおかしいです!危険です!!」

「ええ。そうですわね。耳に毒ですわ」


アリシアと男の間に進み、再び右手を前に突き出す。


「何がおかしい!その女は汚らしい平民で、俺は貴族だ!!その女に罰を与える権利が俺にはある!!その女に罰を与えることが俺の使命なんだ!!!灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイク!!!!」


男子生徒は大声で怒鳴りながら魔法を放つ。先ほどよりも一回り大きな炎槍は、まっすぐ私たちに向かって進み……。


「天空の雷光よ、我が意志に従え!煌めく一撃、サンダーボルト!」


私が放った攻撃魔法にかき消され、そのまま私の魔法は男子生徒に直撃した。


「かはっ……っ!!」


男子生徒はその場に倒れ込み、ピクピクと痙攣しながら白目を剝いて気絶した。


「う……そ……」

「なによそれ……」

「……こんなん聞いてねえよ」


ほかの仲間たちは予想していなかった光景に思わず後ずさりしている。


「レヴィアナ!どうしたんだよ!!」


後から追ってきたイグニスたちが魔法訓練所に駆け込んできた。きっと魔法の音を聞いて駆け付けたんだろう。


「アリシア……?その服……てめぇらか……?」

「ひっ!?」

「もう終わりましたわ。みんなは5人をセオドア先生のところに連れていくのを手伝ってくださいまし」


深呼吸をして何とか心を落ち着ける。さっきまでは頭に血が上っていたからか無我夢中で忘れていたが、こうしてみんなが来て気が抜けると魔法の戦闘を行っていたという現実が後から追いかけてきて、恐怖と興奮がないまぜになったような感情が襲ってくる。


全身から一気に汗が噴き出てくる。魔法の威力自体はフローラの方が何倍も強かったが、それでも敵意の籠った魔法を向けられたのは初めてだった。


「レヴィアナさん!!」


アリシアが私に抱き着いてきた。よほど怖かったのだろう、彼女は震えながら私の胸に顔をうずめた。


「ありがとう……ございます……っ!助けに来てくれて……!レヴィアナさん……」

「……当然ですわよ」


そんなアリシアの頭を優しくなでながら私は何事もなかったように答えた。きっと『レヴィアナ』ならそうしただろうから。


「それにしてもよく気付きましたですね!どうしてわかったですか?」


ミーナは私をしっかり見て問いかけてきた。


「それは……さっき彼らが……外で何かしているのが見えて……」

「それに!あんな魔法を受けきって怖くなかったですか!?かっこよかったです!」


ミーナが私の右手を取る。私の手は抱き着いているアリシアと同じように震えていた。


「怖かった……でも……わたくしは……わたくしなら……」

「すごいです!さすがレヴィアナさんです!」


そうまっすぐ私の目を見て微笑みかけてくる。

ミーナの瞳にくしゃりとゆがんだ私の顔が映る。

なんだか久しぶりに私の目を見てくれたような気がした。


「おら!もう抵抗するのはやめろ!」

「違うんです!俺は悪くない!イグニス様!違うんです!俺は……!」

「さっきマリウスに様付けすんなって言われてたろ!俺様にもそんなのつけんな」


背中越しにさっきの貴族が騒いでいる。他の生徒も必死にもがいているようだった。


……おかげで、私の鼻をすする音を隠してくれたようだ。


セレスティアル・アカデミーに来てからずっと感じていた居心地の悪さの様なものがやっと理解できた。みんな私の背後にいる『レヴィアナ』と接していたんだ。

さっき声をかけてきてくれた2人もそうだったし、きっとイグニスも。


(もっと強く、すごくならなくっちゃ……ちゃんと『私』を見てもらえるように)


つないでくれたミーナの手を強く握り返す。

誰も悪くない。私がちゃんと私としてみてもらえるようになればいいんだ。


それにもう一つこの世界でやることが見えた。

でも、この【貴族と平民の平等】の問題は思った以上に根が深いようだ。ゲームの中ではアリシアに対してこんな過激な仕打ちは無かった。

「大丈夫ですわよ。アリシアは何も悪くないんですから」

もう一度アリシアの頭を撫でる。

私がこの世界に来たか理由がわからなかった。単にゲームを楽しむためだと思っていた。

でも、少なくとも私はアリシアが泣いているセレスティアル・ラブ・クロニクルでは楽しむことができない。

『悪役令嬢』である私は、私の胸の中でうずくまっている可愛い少女を守っていこうと決めた。


***


「ふっふーん」


ミネットは机に向かいながら鼻歌交じりにノートに向かい合っている。


「なになに?ご機嫌じゃん」


そんな様子を見て、同室のジェイミーはベッドに転がりながらからかい交じりに声をかける。


「あったり前でしょ?レヴィアナさんにもらったんだよー?と言うかジェイミーもちゃっかりもらってたじゃん」

「いや、だって、そりゃあ、ねぇ……」


ミネットと同じように照れながら頭をかく。ベッドに転がりながらもしっかりとノートを握りしめていた。


「はーっ!まだ信じらんない!さん付でさ、レヴィアナさんなんて呼んでさー。直接お話もして、ノートなんてもらっちゃってさ!」

「ね!ほんとにね!はー……!一緒のパーティ会場にいてもぜーったいこっちから話しかけたりできなかったもんね」

「そりゃあそうでしょ。あっちは天下のレヴィアナ様だもの。影も踏めやしないって」

「それが……ねぇ」


2人で顔を見合わせて笑い合う。


「で?何書くの?願い事ノート」

「せっかくもらったんだし、いっぱい書きたいことあるんだけどー……。なかなかうまく書けなくってさ」

「いつもみたいに魔法でかいちゃえばいいのに」

「違うの!ペンで苦労して書くのが良いんじゃん!せっかくこうしてペンも一緒にもらったんだから」


そう言ってノートと一緒に受け取ったペンをかかげて見せると、知ってるよとジェイミーも同じようにペンを見せてまた表情を崩す。


「でもやっぱり噂は本当だったんだねー」


そう言いながらジェイミーもベッドから起き上がり机に移動して、ミネットと同じようにまだ白紙のノートの1ページ目を開いた。


「ね。噂だとレヴィアナさんの部屋に自分でペンで書いた魔法の研究書が大量にあるって」

「はぁ……すごいなぁ……。あ!って言うかなんでジェイミーはそんな事知ってるのよ!」

「ほら、うちガレンと仲いいから。あいつ小さなころからレヴィアナさんの家であそんでるらしいからさ」


そう得意げに話すジェイミーは本当に幸せそうだった。

ミネットとジェイミーの2人もレヴィアナの熱心なファンで、小さなころから憧れだった。何がきっかけという訳ではない。時折パーティで見かける姿や声、こういった噂話でいくらでも盛り上がり、レヴィアナの様々な噂話に花を咲かせてきた。


「はぁ……私……レヴィアナさんに頼まれごとなんてされたらなんでも聞いちゃうかも」

「はは。否定できないわ。でも私たちに頼み事なんてないでしょ。力不足力不足」

「むー……まぁ、そうだけどさー……。あ!そうだ!」


何かを思いついたのかミネットはペンを走らせる。何度か書き損じ、漸くまともに読める字が書けたのか、その文字をみてしきりに頷いている。


「きったねー」

「うるさい!これからうまくなるんだから」

「ん、でも、私もそれにしよ」


ジェイミーもノートに文字を書く。

2人のノートの1ページ目には『レヴィアナさんに頼られるような魔法使いになる』と書かれていた。

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