第11話 学科試験
「んんっ!セオドア先生から皆の結果は聞いておる。吾輩はカスパー。実技も大切じゃが、皆にはしっかり知識の方も身に着けてもらわんとな」
まだ心の整理がうまくできないまま校舎に戻ると、カスパー・ウィスパーブルック先生が私たちを教室に案内してくれ、そのまま流れるように教室が振り分けられ筆記試験が始まった。
カスパー先生はローブを纏い、顔には深い皺が刻まれ、いかにも魔法使いらしいおじいちゃん先生だった。蓄えた真っ白なひげがとてもよく似合っている。
「それでは早速始めるかのぉ……。何か質問はあるかの?」
「あの……カスパー先生。この試験にはどんな試験が出てくるのですか?あとこの試験での点数が悪いとどうなりますか?」
先ほどのアーク・スナイパーで1つも風船を割ることができなかったチームの生徒が不安そうに声を上げる。私も初見プレイの時にアーク・スナイパーというアクションゲームが始まり、そのままいきなり試験と言われて面食らった覚えがある。
「ふむ、そうじゃな。この試験は先ほど述べた魔法史、魔法学、魔法陣学などの魔法に関することが問題として出されておる」
カスパー先生は教壇を左右に歩き、満遍なく生徒たちに目を向けながら説明を続ける。
「成績が悪くてもいきなり落第という事は無いから安心せい。あくまでも入学当初と卒業時点での成長を図るためのものだと思ってくれたらよい。ただ、クラス分けともう一つ決めるものがあるがの」
「決めるもの……?」
先程質問した男子生徒が不安そうに、しかしこれから言われることの検討がついているような様子でつぶやいた。
「生徒会メンバーじゃ」
全員薄々感づいていたことだろう。
「その生徒会には何人選ばれるんですか?」
声を上げたのはマリウスだった。真剣なまなざしでカスパー先生を見つめながら問いかけている。
「君は……ウェーブクレスト家のマリウス君かの。事前にメンバーは決めておらんよ。吾輩としては立候補者がおればここに居る全員が生徒会でも良いと思って居るくらいじゃ」
カスパー先生の回答を聞いてマリウスは頷き、ほかの生徒からの質問もそれ以上出なかったため試験が始まった。
回答は魔力感知をする紙に魔力を使ってかきこんでいく。
慣れ親しんだペンの音なんかはせず、時折聞こえるのは呼吸音、ため息、頭をかきむしる音、などなど。魔力による記述もフローラに習っていたため何とかたどたどしく書き込むことは出来たが、やっぱりペンで書くほうが好きだった。
途中まで順調に進んでいたペンが止まる。途中まで順調だったのに途端に問題の難易度が跳ね上がり、回答の糸口すら掴めない状態になってしまう。
(……どうしよう……)
別に解けないなら解けないでいい。
さっきカスパー先生が言っていた通りだ。解けないならやり過ごしてもいいはず……。でもこの教室に入る前にイグニスに言われた言葉がずっと引っかかっていた。
『なぁ、本気でやれよ』
(本気って何よ……!)
さっきのアーク・スナイパーだって本気でやった。本気でやって、イグニスに勝ったんだから文句ない、でも……。
(そっか……『レヴィアナ』なら……)
自分自身の右手の傷を見つめ、屋敷開いていた大穴を思い出す。あんな威力の魔法を使えるレヴィアナならアーク・スナイパーも簡単に満点をとれたのかもしれない。
この試験も『レヴィアナ』なら簡単に解けるのかも……。それに『レヴィアナ』の記憶を引き出して……。
(でもそれじゃあ【答え】を知っちゃうじゃない……!)
多分すぐその【答え】に手は届く。でも何故か無性にその【答え】に手を伸ばすのが怖かった。
大好きな、私の大好きなイグニスをちらりと盗み見る。もしここでまた手を抜いたと思われて、さっきみたいに怒られたら……。
(私……どうしよう……)
***
「そこまでじゃ」
終了の合図をすると、そのまま回答用紙を回収しカスパー先生は教室を後にした。
教室内を見回すと多くの生徒が撃沈しているようだ。
そんな中、余裕そうに私の方を見ている奴がいる。イグニスだ。途中からずっと寝ていたので問題なく全問解いていたに違いない。
「レヴィアナさーん……」
しょぼくれた表情でふらふらしながらミーナが近寄ってきた。
「私……全然ダメでしたです……」
そのまま机に突っ伏して動かなくなってしまったので、よしよしと頭を撫でてあげる。
「む、むずかしかったですよねー。私、さっきの実技よりもこっちの方が自信あったんですけど……」
「ナタリーさーん!仲間ですー……!」
「ひゃ!?ちょ、ちょっとミーナさん!?」
ミーナはやってきたナタリーに抱き着くとそのままぐりぐりと顔を押し付ける。突然の事にナタリーは軽くパニック状態だ。どうしていいかわからず手を宙に浮かせあわあわと広げている。きっとさっきの入学式会場の私もこんな感じだったのだろうと苦笑する。
「ほら、ナタリーさんが困ってますわよ」
「ぐぇっ……」
左右に揺れるミーナのポニーテールをひっぱりナタリーから引きはがす。
「ひっどいですよレヴィアナさん!!乱暴です!!暴力反対です!!」
「ナタリーさんが怖がっておりますわよ?」
「ごめんなさいですー!ナタリーさん」
「そんな、平気ですよ。ちょっとびっくりしちゃっただけですから」
ナタリーの手を握り、必死に謝るミーナを見てほほえましい気持ちになった。なんか本で見た『普通』の学校生活みたいでだいぶ楽しい。
「相変わらず仲がいいね」
セシルはいつも通りの笑顔で、全く疲れを感じさせない様子で爽やかに歩いてくる。
「セシルは出来たんですの?」
「いや、ぜーんぜん。頭を使うのは得意じゃないからさ」
そんな感じに嘯くが、この失敗しない天才はきっとそつなくこの試験もこなしているんだろう。
「それよりイグニス、いつまでそんな風にしてるんだい?」
「ほっとけ」
「そういうのは早く済ませちゃったほうがいいんじゃないの?」
「……わかってるよ」
不機嫌そうにしながらもゆっくりと起き上がりこっちに向かって歩いてくる。
「これ……本当に悪かった」
そう言ってポケットから取り出したのは先ほど飛んで行ってしまった制服のボタンだった。探すのも諦めていたけど、ちゃんと拾っていてくれていたみたいで素直に驚いてしまう。
「あ、ありがとう……ございますわ……?」
イグニスはボタンを渡すとそのままそっぽを向いてしまった。
「あれ、どういうことです?」
私の後ろでミーナがセシルに問いかける。
「イグニスはさっきのアーク・スナイパーでレヴィアナに手を抜かれったって思ったんじゃない?」
「手を抜く……です?」
「ほら、イグニスって全力勝負とかそう言うのにこだわるんだよ」
きっとわざとイグニスにも聞こえるように話すセシル。それに伴いイグニスの表情もどんどん赤く染まっていく。
「それに……ま、これはいっか。で、ほら、ちゃんと最後までしないと」
「―――――っ!あー!もう!ったよ!ごめんなさい」
そう言うとイグニスはこちらに手を差し伸べてきた。私はまだ完全には飲み込めていなかったが、とにかく言われるがままイグニスの手を取り握手する。
「ほえー……。貴族さん同士だとああいった感じで仲直りするですか?」
「いや、言い出したのはレヴィアナだね。子供のころから僕たち喧嘩ばっかりだったから、ああやって手を握って謝ったら全部許そうって」
「それいいですね!」
イグニスの手を掴みながらホッと胸をなでおろす。
(これで……よかったのよね……?)
これから楽しくなるはずの学園生活の初日で、いきなり嫌われてしまったのではないかと不安で仕方なかった。
「で、今回の筆記試験は手抜いてねーだろうな」
「ええ、わたくしの持てる知識は全て出しましたわ」
「っし!今度は負けねー!」
そう言ってイグニスはもう一度強く私の手を握ってから手を離した。
訳も分からず抱きしめられた時よりも今の右手の方がずっと温かかった。
「セシルさん……イグニスさんってずっとこういう感じなんです?」
「んだよ!こういう感じって!」
「ひっ!ちがうですよ!?怖いとかじゃなくて、なんていうか、こう、レヴィアナさんと張り合ってる感じがすごいというか……」
「イグニスはね、唯我独尊で負けず嫌いの子供なんだ」
「なるほど!お子様なんですね!」
「はぁっ!?」
イグニスはそのままミーナに向き合い睨みつける。またさっきみたいにビクビクした表情になるかと思ったら、ミーナはニコニコと笑っていた。
「ごめんなさいです!はい!仲直りの握手ですー」
そう言うとミーナはイグニスに向けて手を差し出した。その純粋な笑顔にイグニスは毒気を抜かれたようで口をパクパクさせ、私たちも噴出してしまった。
「お前……変な奴だな……」
「えへへー」
そしてイグニスはミーナの手を取り握手をした。ミーナのおかげでにこやかな雰囲気になり、試験の内容について雑談しているとカスパー先生が入ってきた。
「採点が終わったのでな。皆のもの、席についてくれ」
生徒たちが席に着くのを確認すると、カスパー先生は教室を見渡しコホンと咳ばらいをした。
「では、結果は各々に返却するとして、まずは成績優秀者を発表する」
その発表にがさがさと教室がざわつく。
「実技の方も素晴らしい成績のモノばかりとセオドア先生から聞いておったが、筆記試験の出来も実に素晴らしい物であった」
教室中がカスパー先生の言葉に耳をすませている。
「特に優秀なものが3人おった。1人目がイグニス。既に無詠唱魔法の威力上昇の理論を知っておるのは素晴らしいぞ」
「そりゃどーも」
カスパー先生が褒めるとイグニスは少し照れくさそうにそっぽをむいた。
「2人目はマリウス。よくここまでの知識を身に付けたのう。おそらく4つの基本魔法に対しての基礎知識については吾輩と同じくらいにはもう詳しいのではないか。こちらも素晴らしい」
「ありがとうございます」
少し離れた場所でマリウスが頭を下げている。それでも彼の表情は遠目でもわかるくらいに綻んでいた。
「あと一人、誰だろうね?」「セシル君じゃない?」「いや、さっきの土魔法をあれだけきれいに制御していたガレンさんかも!」
ひそひそとした声が教室中を伝播していく。自分かも!と目を煌めかせるもの、そもそもあきらめているもの。生徒たちがざわつく中、カスパー先生は小さく咳払いをして最後の一人を発表した。
「3人目は……レヴィアナじゃ」
一斉に視線が集まる。
「お主の解答はほぼ完璧じゃった。ほかの教室の生徒も併せてもトップじゃ」
ちらちらとこちらを窺い見る視線がくすぐったかった。
思った通り『レヴィアナ』はこの問題の【答え】を理解していた。『レヴィアナ』の記憶のおかげで私はほとんどの問題に回答することができた。
(本当に……良かったのよ……ね?)
良かったはずだ。これでイグニスとも仲直りして、また楽しい学園生活を送っていくことができる。
でも、良かったはずなのに周りの称賛の視線が肌に突き刺さって痛かった。
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