第10話 実技試験終了と黒い影

「ふーっ……ふーっ……!」

「ぇ……?ぁぅ……」


イグニスがゲームでも見たことが無いほど怒っている。どうしていいかが分からずそのまま硬直してしまう。


「やめるです!!」


ミーナがイグニスにタックル気味にぶつかり私から引き離す。不意の事で変に力がかかってしまったのか、制服のボタンがいくつか取れてしまった。

ナタリーもイグニスと私の間に立ち、警戒心をあらわにする。


(なんで……どうして……?だって……ゲームでは……こんなこと……)


始めて向けられた敵意や怒気に混乱して頭の中が真っ白になってしまう。

私が何か間違ったことをしたのだろうか。

私が間違っているのなら教えてほしい。

それでもイグニスから返ってくるのは無言の沈黙だけ。


「イグニス、女性に手を上げるのはよくないよ」


私たちの雰囲気を察してセシルが駆け寄ってきた。ほかの生徒も私たちの様子を遠巻きながら見ている。そんな中で、イグニスはなおもしばらく私を睨み続けていた。


沈黙が痛かった。実際は10秒程度だったのかもしれないけど、私には5分にも10分にも感じられた。


「―――っ!!悪かったよ……。悪かった」


イグニスは頭を下げ、そのまま近くの木に体を預け、所在なさそうにしている。

私もどうしていいかわからず立ち尽くしていたが、ミーナに手を握られようやく私の手も足も震えていることに気づいた。


ミーナが泣きそうな顔で私を見つめてくる。


「大丈夫ですか!?ケガとかはしてないです!?」

「ええ、何ともありませんわ。それよりわたくしの事を助けて……といっていいのでしょうか?助けてくれてありがとうございますわ」


私であれば混乱で泣いていたかもしれないが、レヴィアナはこんなことで動揺しないはずだ。必死に取り繕って、笑顔で答える。


「それにしても……あのイグニスと言う方、突然どうしたのでしょうか……。私たちのチームに負けて優勝できなかったから……?いくらなんでもひどすぎますよ」


ナタリーが憤慨したように言う。確かにそういう風に見えなくもない。だけど……でも、私の知ってるイグニスはそんなことするキャラじゃなかったはずだ。

現にさっきまで怒ってたイグニスも、今は気まずそうに視線をそらしている。

返事に詰まってると、セシルがその場の空気を和ませるように優しい声で話し始めた。


「んー、多分だけどそんなんじゃないと思うな。ほら、イグニスって中身は子供だから。ね、レヴィアナ?」

「えぇ……まぁ……そう、ですわね」

「それにしてもあんなことされて怒鳴り返さないなんて、レヴィアナもおしとやかになったってことかな?」


セシルが笑いながら軽口をたたく。


「いきなりごめんね。僕はセシル。レヴィアナとイグニスとは長い付き合いなんだ。大丈夫だよ。イグニスたまにあーなっちゃうだけだから」


セシルはミーナとナタリーに目線を合わせるように少しかがみ、自己紹介をしながら優しい笑顔で2人に微笑みかける。

ミーナもナタリーも笑顔につられて緊張が緩んだようだった。


「それに、優勝するのはイグニスのチームでも、君たちのチームでもないよ」


セシルはミーナの頭をなでて、ウインクをしながら自信満々に言う。


「優勝するのは僕のチームだからね」


***


「おいおい…あのチームすげーぞ!」


セシルとマリウス、アリシアたちのチームが始まった。

すごくて当然だ。なんと言ったってセシルは攻略対象の4人の中で一番魔力が高い。


セシルは魔力で強化した全身で風の様に駆け回り、至近距離で魔法を使っていく。エアースラッシュは先ほどのチームも使っていたが、セシルは全く異なった魔法の使い方をする。


「空を切り裂く鋭利な刃、我が手中に集結せよ!疾風の剣、エアースラッシュ!」


呪文を唱えた瞬間、放たれるはずのエアースラッシュを右腕につかんだまま風船に突き刺す。吸収されながらも放たれ続けるセシルの魔力によりそのまま許容量を超えたのか風船は簡単に破裂する。


「流石は『遥かなる風の大導師』というところか?ご機嫌じゃないか、セシル」

「なんだかイグニスも熱くなってるみたいだからさ。マリウスもそっちのほうの風船はお願いね!!……華麗なる風の舞踏、我らを包み込み、奏でよう!優雅なる旋律、シルフィードダンス!」


次のターゲットを目指し全身に風を纏いながら目にもとまらぬ速さで駆けていく。


「まぁ好成績をとるのは望むところだ。ではアリシア、協力を頼む」

「は、はい!」


マリウスはセシルが向かっていったほうに背を向け、点在する風船に狙いを絞る。


「俺たちは先ほどのレヴィアナと同じ作戦を使うとしよう。アリシアは落ち着いて風船の下を狙ってくれ。大丈夫、慌てなくていい」

「は……はいっ!マリウス……さん!」


マリウスとアリシアはアイコンタクトを取りながら魔法の詠唱を始める。


「潮騒の音を轟かせ、蹂躙せよ!波濤の破壊、ウェイブクラッシュ!」

「しゃ、灼熱の炎よっ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイクッッッ!」


同時に放たれた2つの魔法は、1つは巨大な津波となって風船を飲み込み、もう1つの燃え盛る炎の槍は的確に風船へと直撃し見事に破裂させる。

そんな息ぴったりの連携を見せる二人を見て周りの生徒も感嘆の声を上げる。


「はぁ……」


そんな歓声の中、ついついため息が漏れてしまう。


セシルには気にするなと言われたものの、イグニスにあんな目を向けられて、動揺するなと言う方が無理な話だ。


視線の先に居るアリシアは、必死に、そして弾けるような笑顔でセシルとマリウスと一緒にアーク・スナイパーを行っている。

もし私がアリシアに転生していたらあんな風に楽しめていたのだろうか。もっとうまくやれていただろうか?それともイベントに失敗してしまったのだろうか。そんなことをどうしても考えてしまう。

ちっともまとまらない頭で眺めている間も眺めている間も3人は次々と風船を破裂させていく。

セオドア先生が終了の声を上げたころには20個の風船、つまりすべての風船を割り終わっていた。


「もう満点とはすごいな!随分と時間も余らせていたようだし、チームワークもとれていたし、満点も頷ける」


見ていた新入生からも喝采が上がる。セシルが手を振って答え、拍手が一回り大きくなる。

後1組残っていたが、完全に新入生たちはお祭り騒ぎで、3人を囲んで祝福している。


「じゃあ、最後は俺たちの番だな」


そういうとガレンは微笑みながら、まだ興奮冷めやらない空気の中チームメイトとアーク・スナイパーの舞台へ立つ。


「ガレン…大丈夫…か?こんな雰囲気の中やるなんて、俺自信ねえよ……」


チームメイトは弱気になっているようだ。

確かにこんなに盛り上がっている中で試験に集中するのは難しいだろう。それに多くのチームが1つも割れなかった試験ですべての風船を割るチームが出てしまったのだ。

終了ムードが流れて当然だった。


(でも…ガレンはきっと……)


この風船は魔力には強いけど物理的なもの、岩などを操る土魔法には弱い。このゲームをやったことがある人なら常識だ。そしてガレンは魔法使いとしては一級だ。

ほかの魔法の種目の多くは一番魔力が高いセシルと組めば攻略難易度は下がることになるが、このアーク・スナイパーではガレンの独壇場だった。


「ま、フツーにやればなんとかなるだろ」


頭の上で手を組みながら飄々とした態度で答えるガレン。


「お、ラッキー。緑の風船は2つしかないみたいだ。ノーランとレオナは2人であの緑の風船に魔法を当てて魔力を蓄積させておいてくれ」

「わかったわ」

「それは良いけど、俺たちじゃ多分破裂させられないぜ?」

「大丈夫。蓄積して割れやすくしてくれるだけいいから」

「いいからって、おい」

「では最後のチーム。開始!!」

「―――大丈夫。ほかのものは、全部俺が割るからさ」


そう力強く声を上げるとガレンは両手を広げ魔法陣を展開し始める。


「大地の力で舞い上がれ―――」


魔力で錬成された岩と地面の岩が次々に浮かび上がりガレンの周囲に漂い始める。

その夥しい岩が空中に浮かんでいるのを見た生徒たちは、再び一斉にどよめき始める。


「おい…なんだよ…あの数…」

「あんなの制御しきれるのかよ…」

「お前、土魔法得意って言ってたよな?あれできるか?」

「出来るわけないだろ?俺ようやく2つ同時に動かせるようになったばっかりだぜ?」


ガレンの詠唱中に2人のチームメイトは指示通り風船に対して各々魔法を放っていく。破裂させることは出来ていないが、いくつかの魔法は風船に直撃し、狙い通り魔力を蓄積させることはできたようだった。


「――――石の駆け足よ!岩石の滑走、ロックスライダー!!!!」


ガレンが指を振ると、魔力により強化され、高速回転しながら放たれた岩が次々と風船にぶつかり破裂していく。

轟音と共に辺り一帯が土煙で覆われ、視界が悪くなる。やがて煙が晴れると風船は1つも残っていなかった。

あまりの事に生徒たちは静まり返っていた。


「……え?」「なに、今の……」「ロックスライダー……があんな威力……?」「うそ……でょ?風船……あんなに簡単に……?」「なんなんだあれ!!」「すごい!!」「すげぇ…!すごすぎる!!!」


誰かが言い始めたのをきっかけに、一気に歓声が上がる。


「よし!そこまで!今年はすごいな!例年入学式は3個が最高記録程度なんだがな。満点が2組、それに10個以上も2組とは」


セオドア先生はそう感嘆の声を漏らしながらマリウス、セシル、ガレン、イグニス、そして私を見つめる。


「そして今回は素質があるものも多くいる様だ。これから1年間修練を積めば、全員1人でこのアーク・スナイパーで満点を取れるようになるだろう」


その言葉に生徒たちは全員表情を明るくし、お互いをたたえあっていた。……一部の生徒を除いて。


(まだイグニス……機嫌悪いみたい…)


なんでさっきイグニスはあんなことをしたんだろう。私はイグニスの機嫌を損なうようなことをしたのだろうか。

イグニスとチームメイトだったカムランと言う人はセシルやガレンをにらみつけているようだった。あれは多分怒りだ。でもさっきのイグニスの表情はああいった分かりやすいものではなかった。もっと何か違うもの――


(―――でも私も人の事気にしてる場合じゃ…ないよね)


このイベントで親密度を上げるためには好成績を収めないといけないのに、3位だった。


歓喜の輪の中には同着優勝をして、マリウスとセシルと盛り上がっているアリシアが満面の笑みを振りまいている。


ゲームのイベントとしては大成功だ。ヒロインであるアリシアがあんな風に楽しんで、それでチームメイトのマリウスやセシルと距離を縮めている。

もしこのアーク・スナイパーで、例えば一度も魔法を使わずに時間を経過させ、チームメイトに選んだ攻略対象の魔法が運悪く全部外れてしまった場合、強制退学のバッドエンドルートもありえた。


(そうだ……この世界でそうなっちゃったらどうなるんだろう)


ヒロインが居なくなった後もこの学園生活は続くのだろうか。それともゲーム通りに終了してしまうのだろうか。

目の前ではしゃいでいるみんなととても大きな壁を感じてしまう。


(私は何をすればいいんだろう)


この憧れの世界に来て、でもアリシアではなくって脇役の悪役令嬢で。


……ゲームみたいにアリシアをいじめればいいんだろうか?

それで嫌われてしまったらモンスターシーズンで私は多分死んでしまう。

では仲良くなれば?どうやって?

原作のゲームでアリシアとレヴィアナが仲良く笑いあうイベントなんて一つも知らない。


「レヴィアナさん!やりました!!ミーナたち3位ですよ!!!」


そんな風に少し暗くなりそうになっているとミーナが満面の笑みで抱き着いてくる。


「やっぱりレヴィアナさんって魔法もすごいし綺麗だしとってもすごいです!!何かの試験でこんな順位撮ったことなかったからとっても嬉しいです!!!」

「あ、ありがとうございます。……でも……わたくしは……優勝できなくて……ごめんなさい」

「何言ってるですか!?3位ですよ3位!!ほかにもすごい貴族の魔法使いもいる中で3位!!ミーナ初めてですー!!」


ミーナが抱き着いたまま頬ずりしてくる。触れあっている部分がとても温かくて、さっきまでの暗い気持ちが和らいでいくようだった。


「レヴィアナさん……!ありがとうございます!!レヴィアナさんの作戦のおかげです!!」


少し遅れてナタリーも近づいてきて手を差し伸べてられた。ぎゅっとにぎるとその手はちゃんと温かかった。


***


「はーぁ。やっぱりやんなるよな」

「ほんとほんと」


レヴィアナと同じように輪から離れて、ため息をつきながら円の中心を眺めている男子2人が話していた。


「才能豊かって言っても結局上位は全員貴族様じゃねーか」

「な。あんな魔法俺たちにはぜってー無理だって」


自嘲気味に一人の男がつぶやくとそれに合わせるようにもう一人の男子も答える。


「本当にな。あんな派手な魔法ばっかり見せつけて、平民の俺らをバカにしてんだよ」

「俺たちにはあんな魔法逆立ちしてもできませんよーっと」

「ははは」


そう言って男子2人は笑い合う。


「……でもさ、あのレヴィアナってやつ、めちゃくちゃ綺麗な顔してたよな」

「ああ、俺見とれちゃったよ。あんな顔とスタイルがいいやつ今まで見たことなかったわ」

「俺らにもチャンスあるかな?」

「ねぇよバカ。お前も見たろ?入学式会場で貴族同士抱き合ってるの」

「まぁなぁ……。しかも全員美男子ってか?」


はぁあとため息をもう一度つくと、男子2人は再び輪の中心に目線を送った。

中心ではマリウスがイグニスやアリシアと笑いあっていて、ほかにもガレンやセシルを中心とした生徒たちが和気あいあいと話をしていた。


「……ああいうやつの鼻っ柱を折ってやるのも面白そうだよなー」

「……は?……おいお前……やめとけって。魔法で返り討ちに会うのが落ちだって。生まれた時から才能がちげぇんだから。俺たち田舎育ちの平民とはわけが違うんだぜ?」

「わかってるよ。貴族じゃなくてあのアリシアとか言う女。あいつも平民の癖にあんな風に貴族のおこぼれで優勝とか言われてちやほやされてさ。むかつかね?」


問いかけらえた男は少し考え始め、しばらくして口を歪めてにやりと笑った。


「確かに。あいつも無茶苦茶可愛いからな。ちやほやされた分、少しくらい痛い目に合わないとつり合いとれねぇよな」

「だろ?」

「もう少ししてチャンスがきてから……な」


2人は再び輪の中心に目を向けアリシアを見つめる。その視線は粘っこい嫌なものになっていた。

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