第2話 屋敷の散歩
部屋を出てからも驚きの連続だった。
一歩踏みしめるたびに足が沈み込むような豪勢な絨毯に、豪華な絵画や彫刻の飾られた廊下。そして、窓からは燦燦と日が差し込み、鳥がその日差しを受けて気持ちよさそうに鳴いていた。
「ふふ……。どうしました?なんだか面白い顔になっていますよ?」
「そ、そんなことないですわよ?」
慌てて否定するが、こんな豪奢な環境に自分の精神が追い付いていない。キョロキョロと辺りを見回してしまうのは仕方がないと思う。
悪役令嬢である私、レヴィアナの実家がこの世界有数の貴族で巨大なお屋敷に住んでいるというゲーム上の情報は知ってはいたし、設定資料を読んだこともあったが、実際にその中を歩くとその壮麗さには圧倒されるばかりだった。今はこうしてフローラに手を引かれて歩いているからまだいいが、1人になったら間違いなく迷子になるだろう。
「本当に旦那様も心配されていましたのよ?なかなかお目覚めにならないので、お嬢様が死んでしまったのではないかとずっと家中を落ち着きなく回ってらっしゃって……」
そんな大切にされていることがこそばゆかったりもして、なんと言っていいものか分からなかったので、沈黙を回答に変えそっと目を逸らした。そうこうしているうちにリビングの大きな扉の前へとたどり着いた。
フローラが扉を押し開くとそこには20人以上座れるのではないかと思われる大きな長テーブルがあり、すでにアルドリックが1人で席について何か考え事をしているのか俯いていた。私たちに気が付くと優しくほほ笑みすぐにフローラに席へと案内をさせた。
「さぁ、お嬢様こちらへ」
フローラに促されアルドリックの向かいへ座る。「ありがとうございます」とお礼を言うと、フローラはニコリとほほ笑んでからお辞儀をして一歩下がった。
「あら、お茶の用意はまだ済んでいらっしゃらないんですか?」
「セレナが外しているようだったからさ。ほら、勝手に触ると怒るだろ?」
「では、少々お待ちください」
期せずして父ことアルドリックと2人きりになってしまった。いままでこうして異性と2人になるという経験が無かったうえ、さらに相手はゲームでは台詞すら殆ど出てこないため、どんなキャラクターなのか正直わからない。何と声をかけていいか迷っているとアルドリックの方から緊張をほぐすかのように笑顔で声をかけてくれた。
「うん、具合はどうだい?どこか痛むところはないかい?」
「えぇ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」
そんな私の返答にアルドリックは何か安心したようにニコリとほほ笑むと、「それは良かった」とつぶやき、ふーっと一息ついた。
「いやー、本当に無事でよかったよ。なんせすっごい爆発だったからね」
「爆発……?」
「そうですよ。本当に凄かったんですから。後で見に行きましょう」
話を合わせるために必死で頭を回転させ始めたところで、お茶の支度を済ませたフローラがゆっくりとワゴンをテーブルへ運んできた。部屋中に甘い紅茶の香りが漂い、それだけで少し緊張がほぐれた。
「お、いつもと違うようだね?」
「よくお分かりに。お嬢様がお目覚めになられましたので少しだけお高い葉をご用意いたしました。お嬢様のお気に入りのやつですよ」
フローラは私と目が合うとニコリとほほ笑んだ。その笑顔に思わず私も笑顔で返すとアルドリックは嬉しそうにうんうんとうなずいた。
「あぁ、アイアンクレスト商会が用意してくれるやつだね。うん、香りが違う。とても素晴らしいよ」
優雅に紅茶をたしなむアルドリックに促され、私はカップを手に取ると香りを楽しみつつ口に含む。芳しい紅茶の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、舌触りの良い味わいが口いっぱいに広がる。
「えぇ。とてもおいしいわ」
「それは良かったです」
フローラは嬉しそうにほほ笑むと、焼き菓子を机の上に広げゆっくりとお辞儀をして一歩下がった。
「あ、フローラも一緒に話をしようじゃないか。さて……。じゃあ本題に入ろうか」
アルドリックがカップを置くと居住まいを正したのが分かった。私もそれに倣って背筋を伸ばしアルドリックに向き直る。
「まず、レヴィ……君のことだが……」
先ほどまでの柔らかい空気とは打って変わり重い空気が流れ始めたのを感じ、私は息をのみ込む。しかし次の言葉がなかなかアルドリックから出てこず、代わりに聞こえたのはフローラが噴き出す声だった。
「ぷっ!…すみません。でもどうしたんですか?そんな厳格ぶって。旦那様らしくもない」
「ははは!私もいざやってみると恥ずかしくなってしまってね。いやー、済まない済まない」
フローラが噴き出したのをきっかけにアルドリックは先ほどまでの堅い雰囲気を崩し、いつもの優しいほほ笑みへと戻っていた。
「もう……。ごめんなさいね、お嬢様」
「え?いえ、大丈夫ですわ……」
若干置いてけぼり感を感じながらも私はそう返すと、アルドリックはごめんごめんと笑いながら頭を下げた。
「で、レヴィのことなんだが……どこまで覚えているかな?」
「どこまで……?」
正直どこまでと言うか何も分からないので、変にボロを出す前に素直に全部聞いた。何やら『レヴィアナ』は庭で新しい魔法の練習をしていて、その魔法が暴発し大爆発を起こしたらしい。そして、その魔法に気が付いたアルドリックとフローラが慌てて『レヴィアナ』の下へ駆け付けると、そこには意識を失いぐったりとした『レヴィアナ』がいたとのことだった。
「それから2日間、体内の魔力は完全に枯渇してるみたいだし、目は覚まさないしで色々大変だったんだよ?」
「そうなんですの……。本当にご心配をおかけいたしました」
「はは、気にしなくていいよ。娘を心配するのは父の仕事みたいなものだからね」
そう言うとアルドリックはにこりとほほ笑んだ。どうやら『レヴィアナ』は随分と父であるアルドリックや横に座っているフローラに随分愛されているようだった。
「で、だ。その……あれだ。さっきも言ったけど、次あの魔法を使うのはもう少し魔法がうまくなってからのほうが良いかな。またレヴィが吹き飛んでも大変だし、私の寿命も縮んでしまうからね」
さっきから謝ってばかりだったが、それ以外答えようがなかったので「ごめんなさい……」とつぶやくと、アルドリックは苦笑いをしながら首を振った。
「いや、レヴィが悪いわけじゃないよ。それにあんな魔法を使えるなんてさすが私の娘だ。誇らしかったよ」
アルドリックは優しくほほ笑むと、手に持っていたカップをゆっくりと置いた。
「でも本当にまたこうしてレヴィと会話できてよかった。安心ついでに夕食まで休んでくるよ、最近寝不足でね」
「あら、ごゆっくり。何かあればすぐに呼んでくださいね」
「ありがとう。まだ目を覚ましたばかりだし、今日はレヴィについていてくれ」
アルドリックは立ち上がるとフローラにそう言い残し部屋を出て行った。
「最近の旦那様ってば、ずーっとお嬢様の事ばかり考えていたんですよ」
「そうなんですの……?」
「えぇ。仕事中も上の空ですし、この屋敷では旦那様とお嬢様くらいしか使わないノートもお間違いになられたのか大量に購入したりして……」
へぇ。『レヴィアナ』も私と同じでノート愛好家なんだ。勉強熱心だったりしたのかな?
「ところで、これからどうなさいますか?もう少し軽食のご用意もできますし、またお休みになられますか?」
お茶と一緒に出してもらった焼き菓子はとても美味しくてぺろりと食べてしまった。もう少し食べたい気持ちもあったけど、それは夕食に取っておこう。
「そうですわね。それよりもさっきのわたくしが作った大穴というモノを見てみたいですわ」
「かしこまりました。では、ご案内いたしますね」
フローラに先導され私は席を立ち、その後ろを付いて行く。
早速未知の冒険が始まったようで胸の高鳴りがおさまらなかった。
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