第3話 庭の大穴

寝室から先ほどの大広間までは屋敷のほんの一部分だったようで、そこから屋敷を出るための玄関までの道のりが長かった。

全てに目がいくほど美しく広い屋敷の中。きょろきょろと辺りを見ながら歩いていると、ふと壁際に飾られている絵に目が止まった。


「先日の誕生日の時に書いてもらったお嬢様の絵、やっぱり素敵ですよね。私もここを通る度についつい何度も見てしまって」


それは美しいドレスを着た女性が、その美しさに見合うような煌びやかな宝飾品を身につけている肖像画だった。


「なんだか照れてしまいますわね」


思わずため息が出るほど見惚れてしまう。そして改めて自覚する。これが今の私の姿なんだと。


憧れの「セレスティアル・ラブ・クロニクル」の世界に来たのだから、なぜヒロインのアリシアではなく悪役令嬢のレヴィアナになってしまったんだとも正直思ったりした。

でもこの絵に描かれている笑顔のレヴィアナは本当に幸せそうで、美しくて、眩しかった。


(そっか……ゲームの中ではいつも仏頂面でアリシアたちに絡んできていたから……。本当はこんなに綺麗な人だったんだ)


このゲームの設定資料は穴が開くほど読み込んだ。しかしそこに描かれていたレヴィアナは、どこか人を見下すような、世界に対して敵意を抱いているような、そんな表情だったので印象が変わって当然かもしれない。


(それにアリシアだったら全部のイベント知っちゃってるから、それはそれでつまらないかもしれないもんね)


「でも本当にお嬢様が目覚めて良かったです」


不意に声をかけられてハッとしてフローラの顔を見る。このフローラと言うキャラクターも実に人を和ましてくれるいい笑顔で和ませてくれる。しかし先ほどから感じている違和感を含め、少しでも現状を把握したくて少し意地悪な質問を投げかけてみた。


「うふふ。そうかしら?お父様やフローラはそうだとしても、目覚めなければよかった…なんて思っている方もいたのではなくて?」


アルドリックやフローラだけではなく、ここまですれ違ったメイドの人も私が目を覚ましたことに皆喜び、中には涙を流しながら喜んでくれている人もいた。私の知っているレヴィアナ像と大きく異なる。


「そんなこと冗談でもいってはいけませんよ。私を含めてみんな旦那様とお嬢様が大好きでこの屋敷に勤めているんですから」


笑顔でそう答えると、フローラは私を先導するように先へ進み始めた。


「目覚めなかった方が良かったなんて旦那様が聞いたら本当に倒れてしまうかもしれませんよ?私だって生涯に渡って涙するでしょう」

「そうですわね。変な事聞いて申し訳ありませんでしたわ」


(よかった。本当に屋敷中に嫌われていたら、ゲームの世界での設定とは言え少し悲しいものね)


先導するフローラの背中を見ながら私はホッと胸をなでおろした。


(でも……なんでレヴィアナに転生?なんてしたんだろう?)


色々話しかけてくるフローラに少し生返事をしながら考える。何かきっかけがあったはずだ。それがわからない限りこれからの行動を決められない。


(えーっと……何だっけ?確か……?あれ…?)

私は学生だった…はずだ。退屈ではあったけど、それでも一応普通に学生として日常を過ごしていたはず。

それがなぜこんなところを歩いているのか。何かつかめそうではあったけど今一つはっきりしない。


(……ま、いっか。その内思い出せるでしょ。知らないことがあったほうが楽しめるってね)


そうこうしているうちに玄関に着いたようで、てきぱきと外向きの靴を用意してくれる。玄関一つとっても普通に生活できるほどの広さがあるので驚きだ。

大きな両開きの扉を開けると、正面には綺麗に刈りそろえられた芝が広がり、色とりどりの花が咲き乱れた庭園が広がっていた。


「うっわぁ……へぇ……すごい……」


そのあまりの光景に圧倒されて立ち尽くし、思わず感嘆のため息が漏れる。こんなに美しい庭園を見るのは初めてだった。


「お嬢様が気を失っている間も私たちで手入れは欠かしていなかったですから。見ていかれますか?」

「ええ、ちょっといいかしら?」


少し外の空気を吸って、開放的になったからかもしれない。フローラの返事も待たずに私は庭園に向かって駆けだしていた。


「お嬢様!走ったら危ないですよ!」


(すごいすごい!こんな綺麗なお花見たこと無いよ!)


私は走りながら改めて周囲を見回し、色鮮やかな花に囲まれた小道を抜ける。真っ赤な花や白い花、花にそこまで詳しくないので分からないが、もしかしたらこの世界だけの花なのかもしれない。花を眺めながら噴水を越え、少し小高い丘を登ると先ほどまでいた庭園を一望できた。


「すごい……こんなに広いのね……」


手入れされた芝の絨毯に、色とりどりの花が咲き乱れる花壇。屋敷の本館へと続く道の脇には整えられた木々が並んでいた。

本当に憧れの「セレスティアル・ラブ・クロニクル」の世界に来たことを少しずつ実感していた。


少し開けた草むらに横たわり空を見上げる。青い空に白い雲が流れていくのが見える。頬を撫でる乾いた風が心地よい。

こんな広大な自然の中で目を閉じると今まで感じたことのなかった感覚が全身に広がっていくような気がした。


「やっぱりそこがお気に入りなんですね」


そしてそんな私の様子を追いかけて来てくれたフローラは微笑ましく見守ってくれていた。


「えぇ、やっと呼吸ができた感じかしら」


吹き抜ける風と、木々のざわめき。鼻腔をくすぐる緑の香り。土の香りや花の香りが混ざり合い、少し甘い感じもする。耳を澄ませば遠くでメイドたちが仕事をしている音も聞こえてくる。


「そういえば庭園に薔薇は無いんですのね」


この庭園は元々『レヴィアナ』が管理しているようだった。あの色鮮やかな花の名前が何か気にはなったが、知らないというのはおかしいだろう。私が知っている中で最もメジャーな花の名前辺りから質問してみた。


「ばら……ですか……?浅学で申し訳ありませんが、聞いた事がありません」

「あ!ごめんなさい。先日たまたま本でそのような名前の本を見かけたもので」


慌ててごまかす。そっか、ノートとか紅茶とか私が知っているものばかりだったから油断してたけど、私たちの世界と違う事もあるんだ。ボロを出さないように気を付けないと。


「では、そのわたくしが作ったという大穴に案内してくださいまし」


少し空気を変えたくて慌てて立ち上がると、急に動いたからか、まだ体力は万全ではないからか、少しふらついてしまう。そんな私をフローラが支えてくれた。


「全く、お嬢様はいつもご無理をなさるから」

「ありがとう。でも無理なんてしていませんわよ?」

「その平然とご無理をなさる所は旦那様に似たのですかね?私には10日に渡って部屋に籠って、まともに寝食もせずに魔法の研究をすることなんてできませんよ」


フローラは少し呆れた顔でそういう。なかなか無茶をするお嬢様だったらしい。


「あ、あはは……」

「私の魔法もすぐに追い抜かされてしまいましたからね。なんでも吸収していってしまうから本当に教え甲斐の無い生徒でしたからね」


どこか懐かしそうな目をしながらフローラは苦笑いしていた。


「では、そのお嬢様の魔法の成果を見に行きましょうか」


***


(すっご……え……?これを私が……?)


フローラに連れられてついた裏山の訓練場は、完全に別世界だった。

先程までの美しい景色とあまりにも落差のある光景に思わず絶句してしまう。


「これ……わたくしの魔法で……?わたくしが……?」


改めて声に出してその現実味のなさに声が震えてしまう。


一点から扇状に広がる巨大なクレーター。そしてその周囲は、あたかも竜巻が巻き上げるような痕跡が残り、地面が無残にも削り取られ、そこかしこに岩が細かく散らばっている。

青々と覆い茂っていたであろう木々も、その強烈な魔法の威力によって跡形もなく消し去られ、炭化した幹の一部分が地面に転がっているだけだ。


「えぇ、そうです。そしてそこに倒れておりました」


この爆心地と言っても過言ではないような中、唯一地面が綺麗な場所がある。『レヴィアナ』はあそこに立って魔法を炸裂させたのだろう。

自分の手を見る。本当に細くてきれいな指。この手から、この体からこんなことをできるなんて考えられなかったが、この目の前の現状が、その非現実的な事実を否応なしに突きつけてくる。


「わたくし……こんなに凄い魔法使えたんですのね……」

「お嬢様の魔力量も魔法の才能も旦那様に匹敵するほどです。ただ、お嬢様は旦那様に比べお身体が小さいですから、制御が難しかったのでしょう」


このゲームは確かに魔法を使っての戦闘もある。モンスターシーズンなんて言って大量に登場するモンスターを退治してクリアに有利になるアイテムを大量に手に入れるイベントだってあるくらいだ。でも魔法というモノがこんな威力のあるものだなんて想像もしていなかった。


(そりゃあ、お父様ももう使うなって言うわよね……)


こんなのモンスターに使ったり、ましてや人や建物に向けて撃ったりしたら間違いなく消し飛ばしてしまう。それにこの魔法が暴発してまた気を失うのも困る。


「えぇ……この魔法はもう使わないことに……するわ」


そうして私は背筋をブルリと震わせた。

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