悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい

唯野晶

1章:初めての世界

異世界転生

第1話 転生した私

(大丈夫…絶対大丈夫…!)


集まる魔力で右腕が震える。魔力のせいだけじゃない。もしここで失敗して魔法が暴走してしまったらその時点で全てが終わる。背中に冷たい汗が伝うのを感じる。


(落ち着け……大丈夫、きっとできる……!)


あれだけ練習してきたんだ。それに、ここでもし私が諦めたら私の、みんなの明日が終わっちゃう。そんなのは絶対に嫌だ。


「大丈夫だよ。レヴィアナは最強なんだろ?」


左手をアリシアが優しく包んでくれる。思わず後ずさりしてしまいそうな背中はナタリーが支えてくれている。

周りに飛び交う魔法はマリウスとガレンが全部防いでくれている。


「あははっ」


こんな状況なのに、自然と笑いがこみ上げてくる。

うん、もう大丈夫。私はひとりじゃない。みんないる。セシルだって、それに……イグニスも。


「これで……!決められた物語はおしまい!!私たちはみんなで卒業式の次の日に行く!!」


最後の決意を固める1秒だけ目を瞑って、ありったけの決意と意思と魔力を込めて右腕を前に突き出す。


「ヴォルタリア・フェイトリフター!!!」


その瞬間、まるで世界が静止したかのように見えた。

全身を駆け巡る魔力は光に変換され、魔法の爆発と共に辺り一面が光に包まれる。風で舞う木の葉も、舞い散る土埃も、魔力の残滓でさえ光の粒に変わっていく。

目の前に広がるのは幻想的で、それでいて確実に何かが終わっていく、どこか哀愁を漂わせた光景だった。


やがて視界は真っ白包まれ、私は意識を手放した。


***


(―――――あれ……?ここは……?)


さっきまでの景色は?アリシアは……?それに、あれ?事故は……?


(痛っった……くない……?あれ……手が動く……あれ?足も……)


どうやらベッドに横たわっているようだった。天井には複雑な装飾が施されたシャンデリアが輝き、どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。


(どこだろう……ここ……。それにさっきのみんなは?)


首だけ動かし辺りを確認するが間違いなく私の住んでいた部屋ではない。白と金を基調とした上品な部屋は、どこか古臭くはあるがどの調度品一つとっても高級品であると分かる。


「痛った!!」


無性にけだるい体を起こそうと右腕をつくと激痛が走り思わず悲鳴をあげてしまう。見ると右腕には包帯が巻かれており怪我をしているようだった。


「何よ……これ……。って言うかちょっと待って……?」


少しずつ冷静になってきて視野が広がってくる。声が明らかに記憶している私のモノではない。見下ろした腕も心なしか華奢で細く見える。


「これ、もしかして……」


嫌な予感が全身を駆け巡る。

痛む腕をかばいながらベッドから足を下ろすと、自分の体では無いような違和感に襲われる。

間違いなく私の部屋ではないが、この部屋の雰囲気は見たことがある……気がする。何故か確信に近い予感はあるが、まずは自分の姿を確認しなければ。部屋の隅にある高価そうな宝石がちりばめられている鏡の前へと歩いていった。


「嘘でしょ……?」


そこには、烏の濡れ羽色の髪をした碧眼の美少女が、驚愕の表情を浮かべ映っていた。


「これが…私?」


ついついほっぺたをつねってみるとちゃんと痛い。そして鏡の中の少女は私が頬をつねると全く同じ動作をする。

髪に触れればサラサラと指を通り抜けていく。体を動かせば、鏡の少女も同じ動きをする。


そして、私はこの美少女が誰なのか知っている。


ふらつく足に力を入れ、さっきまで寝転がっていたベッドに戻り改めて部屋の中を確認する。そもそもベッドからして豪華な天蓋付きだし、まるで王女や貴族の寝室のようだった。


(ようだった……じゃないのよね……)


どれくらい呆けていただろうか。扉が静かにノックされ、そののちにゆっくりと扉が開いた。



部屋に入ってきた女性と目が合うと一瞬だけ沈黙が流れ、手に持っていたタオルなどを手から取りこぼし踵を返し大声を上げ廊下を駆けて行く。


「―――!旦那様!!旦那様!!レヴィアナお嬢様が目を覚ましました!!」


そう、私の姿はレヴィアナ・ヴォルトハイム。


恋愛シミュレーションゲーム「セレスティアル・ラブ・クロニクル」でヒロインを邪魔する悪役令嬢、その人だった。


***


「レヴィアナ!!おぉ……レヴィアナ……大丈夫なのか……?」


部屋に入ってきたのは、私の父親でありこの家の主、アルドリック・ヴォルトハイムだった。本当に心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


私と同じ濡羽色の髪。顔立ちはとても整っており、瞳の色は青く澄んでいる。設定上年齢は48歳、身長は180cmを超える長身で体つきはほっそりとしているが、立ち姿から威厳を感じ、貴族という肩書が良く似合う男性だった。


なんと返したものかと少し困り、ただ、安心してほしいと思いを込めニコリとほほ笑んだ。


そんな私の顔を見てほっとした表情を浮かべるとそのまま抱きしめられた。突然の事と、こんなふうに人に優しく包み込まれたのは初めてで固まってしまう。


「本当に……本当に良かった……。本当に済まなかった……っ!レヴィアナがいなくなってしまったら私は……っ!」


アルドリックの胸に抱かれながら、少しずつ状況が飲み込めてきた。


(わぁ……。本当に、本当に……あのゲームのキャラクターが動いてる……)


戸惑いながらもついついうれしくなって観察してしまう。

目の前にいるアルドリックというキャラクターは、ヒロインや攻略対象の男性陣に常に嫌がらせをしていた悪役令嬢の父ということもあり、ゲームの中では好意的に描かれていなかったし、設定資料に描かれるイラストはどれも視線は鋭く、眉間にしわを寄せていた。

それが今は本当に娘の事を不安そうに気遣ってくれている。


少し私の中の印象とは違うけど、私の姿と言い、この父役のアルドリックと言い、今の私の姿と言い、予想通りここは「セレスティアル・ラブ・クロニクル」のゲームの世界で間違いないようだった。


であれば何も問題ない。このレヴィアナ役がどういった口調で振る舞っていたかはすべて把握している。


「もう大丈夫ですわ、お父様。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんわ」


私はそっと父の背中に手を伸ばし優しく包み返す。父は私の言葉を聞くと安心したのか、大きく息を吐き、少しだけ体を離し私の体を上から下まで見渡す。


「……本当に大丈夫かい……?痛いところはないんだね?」

「はい、大丈夫ですわ」

「……なら良かった。……本当に……無事、だったんだな」


(ん?)


何故かそこで父の表情が変わった。先ほどまでの心配と安堵の入り混じった表情に、どこか哀感が混じったような雰囲気を纏っている。


「お父様?」

「……いや、何でもない。それよりも……レヴィ。どこか体がおかしい所はないか?痛むところや動かしにくいところなどはないか?」

「えぇ、大丈夫ですわ!少し右手が痛みますが、これくらいなんでもありませんわ」

「そうか、それなら良かった。ふー……」


そう言うと父はもう一度私を抱きしめ、深く息を吐き、「すまない」と呟いた。


「こほん……」


アルドリックの背中越しに、先程私の無事を知らせに行ってくれた女性の咳払いが聞こえた。


「旦那様?抱き着きすぎですよ?」

「ぷっ……っははは。たまにはいいじゃないか。こうしてレヴィが無事に目を覚したんだ。少しくらい大目に見てくれたまえよ」

「ダメです。いくらご無事でもお嬢様は目覚めたばかりなんですよ?まだ右手には大きな傷が残っていますし、まだ目を覚ましたばかりです。安静にさせてください」

「相変わらずフローラは手厳しいなぁ……」


そう言うとアルドリックは私を放しベッドサイドの椅子に腰かけ、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。

先ほどこの部屋に入ってきたときの様な緊張感や威厳と言ったものはすっかりなくなり、ゲームのイラストでは見たことが無いほどに人間味のある姿だった。


「突然すまなかったね。大丈夫かい?」

「えぇ、大丈夫ですわ。ご心配をおかけしました」


私の返事に満足げに頷くと、部屋の入口に立ったままこちらを微笑ましく見つめているフローラと呼ばれた女性に声をかける。


「それじゃあ、せっかくレヴィも目を覚ましたみたいだし、少しお茶でも楽しもうじゃないか。それに2日も寝込んでいたんだ。おなかも空いているだろう?」


言われて意識すると急におなかの虫が騒ぎ出した。

寝込んでいたというだけあり気怠さも残ってはいたけど、この世界の食事にも興味があったし、ゲームでは見たことが無いこのフローラと言う女性や、ゲーム内で殆ど語られなかったアルドリック・ヴォルトハイムというキャラクターへの好奇心が勝った。


「はい。いただきますわ!」


私の返事にアルドリックはニコリとほほ笑むと、フローラに目配せをする。


「レヴィは起きたばかりだしフローラが支えてやってくれ。お茶の準備は私がやっておくから」

「もう、やめてください。旦那様はすぐに配置を無茶苦茶にするんですから。セレナにやってもらってください」

「はは。まぁ、メイド長のフローラにそう言われたら仕方ないな。レヴィのことはお願いするよ」


アルドリックは軽く肩をすくめるとそのまま部屋から出て行こうとし、そこでふと思いついたかのように私の名前を呼んだ。


「あぁ、レヴィ。ずっと研究していたあの魔法、あれはしばらく研究するのはやめなさい。そうだな、魔法学校でもう少し研鑽を積んでからのほうがいいかな」


そう背中越しに言うと私の返事を待たずにそのまま部屋を出て行った。


「全く、急に元気になってしまって。ま、旦那様らしいと言えば旦那様らしいですけど」


ため息交じりにフローラと言う名のメイドはそうこぼすと、私に優しくほほ笑んでくれた。

薄紫色の髪を後ろでまとめ、透き通るその薄紫色の瞳はとても優しそうな色をしている。私よりも高い身長の彼女はすらりとした体型でとてもきれいだ。年齢は20代中ばといったところだろうか。


「はい、お嬢様。こちらへ。立てますか?」


フローラは私の身体を優しく支えて鏡の前まで連れて行ってくれ、流れるような手つきで私が着ている服を緩めてくれた。


(ふーむ……。なんというか……、ふーむ)


鏡に映る私をまじまじと見つめていると、今は自分の体とは言え見てはいけないものを見ているような気がしてくる。


鏡に映るレヴィアナはゲームで見るより数段美人だった。濡れ羽色のストレートなロングヘアーは透明感を持ち、窓から差し込む光を反射して微妙に虹色に色を変えているようにも見える。長いまつげに覆われたその目は透き通る碧眼で、シミ一つない白磁のような真っ白な肌がより瞳の美しさを際立たせている。


ちょっと照れくさくなってそんな自分の姿に思わず笑みがこぼれると、鏡の向こうにいる私も同じ様にほほ笑んだ。先程のアルドリック同様、こちらもゲームの立ち絵で描かれていたのとは同一人物とは思えない程、実に魅力的な笑顔だった。


「少し、お体の様子を見させていただいてもいいですか?」

「へ!?えぇ、もちろんですわ!!」


鏡の前で抑えきれずへらへらと表情を崩しているとフローラにそう声をかけられた。

とは言ったものの……何をされるのだろう?

そんな私の不安をよそにフローラは私を椅子に座らせ、そのまま私の身体をやさしく撫でまわすように触っていく。くすぐったいようなむず痒いような不思議な感覚に思わず身をよじるが、フローラはそんな私をなだめながら触診を続けていった。


「……はい、問題なさそうですね」


一通り確認が終わったようで、部屋着と言うには幾分豪勢な服を丁寧に着せてくれ、フローラは私の正面に回り改めて胸をなでおろしたようだった。


「ありがとうございますわ。……フローラ」


私がそう言うとフローラはびっくりしたように目を丸くしていた。


(……あれ?あ!?失敗した!?)


何か変なことを言っただろうか?そう言えばゲームの中のレヴィアナもろくにお礼を言ってなかったような気がする……。悪役令嬢だからお礼なんかしない?いやでも、面倒を見てもらったらお礼くらい……。それとも呼び方を間違えた!?


「ふふ。申し訳ございません。先生じゃなくてフローラなんて呼ばれるのがなんだか懐かしくって」


頭の中でそんなことを考えていると、フローラは優しく私の頭に手を伸ばし、そのまま胸に抱きかかえるように包み込んだ。


「ふごっ……」

(く……苦しい……)


フローラにアルドリックよりも強く抱きしめられ、呼吸が出来ずに手足をバタつかせる。もがもがしているとようやく息が出来るようになり、フローラの腰に手を回しぎゅっと抱き着いた。


「本当に……心配しましたよ?私が教えた魔法のせいでこんなふうになってしまい、本当に気が気ではありませんでした」


私の頭を撫でながらそう言うフローラの声はどこか震えてるようだった。


「わたくし……どうなってしまっていたんですの?」

「んー……そうですね。それはお茶を飲みながらゆっくり説明しましょう。さぁ、こちらです」


フローラに手を引かれ、今度はしっかりと地面を踏みしめながら部屋を後にした。

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