第6話 アメノハバキリ - Ameno-Habakiri -

 オズの得意技は海兵隊格闘技のコンバットフォームと、トランプマジックともう一つ、「言い当てゲーム」と言う適当なネーミングの手品だ。

 消えたり出たりのトランプマジックはタネ明かしをされてもとても真似できない器用なもので、バランタイン乗員からいつも拍手喝さいだった。

 一方の言い当てゲームはリッパー以外には殆ど見せない特技で、やり方は単純。何か単語を思い浮かべ、それをオズが言い当てるのだ。トランプマジックが稀に失敗することがあっても、言い当てゲームは一度たりとも失敗したことがなかった。

 試しに目一杯長い文章、好きな小説の一節を頭に浮かべてみても、オズはスラスラと朗読した。オズが習得していない南方の地方言語を浮かべても、完璧な発音で言い当てた。

 どうやってるのかと百回は尋ねただろうが、結局タネ明かしはされずで、読唇術の発展版みたいなもの、そんな適当な説明だけだった。顔をヘルメットで覆ったり後頭部を向けてやってみたこともあったが、的中率は百パーセントだったから読唇術なんかではないことだけは確かだった。

 バランタイン乗員の誰かが「テレパシーさ」と言って笑い、以降しばらく「エスパー・オズ」とからかい半分で呼ばれていた。


 軍内部にエスパー的な能力、いわゆるESPを操る秘密部隊がいるという噂が、ハイブの暴走より前からあった。

 能力の種類や大小を問わずでESP特殊部隊に配属され、その行動は漏らさずトップシークレット扱いとなっているので、そういう部隊があるという以上の詳細は誰も知らない……といった類の、胡散臭い、眉唾ものの噂話だ。

 民間人を定期的にテストして、ESP能力の片鱗のある人物は全て徴兵・軟禁されているという、タブロイド風な味付けもあった。

 真偽不明で似たような噂も同時に飛び交っていたが、ほぼ全てに共通だったのは、能力者は全員、高級将校並の待遇である、という点だった。民間から徴兵された者でさえ不満一つこぼさないほどの高待遇だと。この部分に妙な説得力を感じた連中が意外に多かったようで、秘密特殊部隊の噂話は主に新兵向けの雑談の定番ネタとして重宝され続けた。

 ハイブ暴走が始まった前後だったか、様々な尾ひれ、アレンジが加わった秘密部隊の噂は、火星軍勢の斥候か工作集団に違いない、と当時の情勢からするとそれっぽく着地したが、だからどうという話でもない。

 火星軍所属のサイキッカー部隊は地球側の宇宙艦隊を数日で切り崩すだけの能力を持ち、地球・月側にそれを阻止する力はない、暇潰しの噂話としては面白い、そう言えるのは地上の惨状と火星圏との軍事バランスが頭に入っていない無能でマヌケな連中と、見た目だけで中身が伴わない不謹慎な新兵だけで、それ以外の大多数はその噂話をパッタリと止めた。

 つまり、変わらず秘密特殊部隊の噂話をどこぞで続けて、ご丁寧に語り継ぐ連中が未だにいるのだ。月にも地上にも。


 噂があくまで噂で、そして笑い話で雑談のネタだった頃、オズはESPに関する検査、どこまでが本気なのかは不明なそれを受けたことがあったが結果は陰性、つまり能力なしだったらしい。言い当てゲームがテレパシーだったらもっと裕福だったのにね、そう笑顔で言うリッパーに対してオズは「海兵が好きだからいいのさ」と笑って返した。

「エスパー・オズ」とはつまり、トップシークレットで特別待遇の特殊部隊員になり損ねた海兵隊の兵士その一だという、当時ならではのちょっとしたジョークでもあった。

 バランタインの乗員二百人の中にも、ありもしないESP部隊への編入を、主にその待遇面の噂から希望する者は幾らかいたが、巡洋艦バランタインと編隊を組む駆逐艦や空母を含めて千人以上の兵士全員が、オズと同じく陰性だった。

 検査結果に落胆する戦友にオズは「そんなものさ」と、いつものように笑って返していた。


 カキリ、という音でオズの笑顔は霞み、リッパーは目覚めた。見慣れたラボの病室、清潔なベッドの中だった。再びの軽い金属音に目をやると、テンガロンハットのコルトと二挺のシングルアクションリボルバーがあった。

「長く寝ていた?」

 リッパーの問いにコルトはガンスピン、片方のリボルバーをくるくると回しつつ、空いた片手でカーテンを引いた。午前の日差しが室内を煌々と輝かせる。

「ぴったり丸一日だな。ダイゾウは手加減したとか言っていたが、大丈夫かい?」

「頭の中はぐちゃぐちゃだけど、体はなんともないわ。マリーは?」

 室内にマリーの姿はなかった。ベッドから降りようとするとオレンジ色のサンダルが目に入った。愛用のくたびれた革ブーツがサンダルの隣にあり、ピカピカのサンダルと並ぶとブーツのくたびれ加減が増して感じられた。

「マリーは朝一番から買い出しだ。その後にあの公園で合流する約束だが……」

「会うわよ」

 言いよどんだコルトにリッパーはきっぱりと言った。

「ダイゾウ……解からないことだらけだけど、オズの手がかりはあの男以外にないわ。敵だろうが味方だろうが情報を聞き出す、力ずくでもね」

 サンダルに足を通して立つと、コルトがうなずいた。


「リッパー!」

「ダメージはないわ、安心して、マリー」

 公園には荷物に囲まれたマリーが先着していた。他に子供が数名でコンボイで一緒だった少女、ルジチカ・ワクスマンもいたが、肝心のダイゾウの姿はなかった。遊具を見回すが、どれにもいない。

「リッパー!」

 マリーが大声で繰り返した。様子がおかしい、何やら慌てているようだった。

「マリー? 何かあったの? ダイゾウは?」

 マリーが素早く指差したのは、砂場だった。一本の白い棒が墓標のように立つ、ごく普通の砂場……ではない。

「足! ダイゾウなの?」

 おそらく、いや、白いので間違いない、ダイゾウの爪先が空に向けてピンと直立している。つまり、ダイゾウは砂場に頭から突き刺さった格好だ。

「ハイブか!」

 コルトが素早く銀色のリボルバーを抜くと、砂の中からくぐもった声がした。が、聞き取れない。すると、砂場に屹立する両足がにょきにょきと伸び、腰、胸、そしてダイゾウの顔が現れた。

「禅(ぜん)の最中に騒がしいぞ」

 ダイゾウはゆっくりと言いながら懐からサングラスを取り出して両目を覆った。

 それはそれは見事な倒立だった。びしりと一本の槍のようで、左手の人差し指で砂場に制止している。下が砂なのに指は全く埋まっていない。それがシノビの技なのかどうかはともかく、リッパーは吐き捨てた。

「ゼン? シノビファイターの鍛錬だか修行だか知らないけど、紛らわしいことはよしてよね。子供が真似したらどうするのよ。で、昨日の話の続きは逆さまのままで始めるのかしら?」

「我はそれでも構わぬが?」

 リッパーはふう、と大きな溜息を一つ、「こっちが困る」と再び吐き捨てた。

「だからお前は修行が足りぬのだ。逆もまた真なり、シノビの言葉だ。しかるに、マルグリット嬢。我は空腹なり。食を所望する」

「逆さまで、しかも食べながら話すの? シノビには礼儀作法というものがないのね。マリー、鳩の餌でもばら撒いてやりなさい」

 そんなわけにはいかない、とマリーは荷物を漁って小ぶりな燻製ハムを出した。

「ダイゾウさん。シノビさんはお肉を食べてもいいの? 保存食ばかりだから後は缶詰とチョコバーくらいしかないの」

 途端、ダイゾウの両目がかっと見開かれた。やたらと鋭い眼光なのでサングラス越しでも解った。

「チョコバーとは何だ! 昨日のホイップソードの仲間か?」

「ホイップソーダよ。剣を食べたいのならサーカスにでも行きなさいな」

 淡々と言うリッパーを横目に、マリーはチョコバーと燻製ハムをダイゾウの指先にそっと置いた。リッパーとコルトには揚げたてのチキンが渡された。マリーとコルトはチキンをかじり、リッパーも続いた。野宿での丸焼きの鳥肉とは全く違う、スパイシーな味だった。

「美味しい――」

「チョコバー! 衝撃的美味! シノビたる我を震わす恐るべきケイジの技術力!」

 ダイゾウが叫んでリッパーの科白をかき消し、その拍子にダイゾウは肘まで砂にめり込んだ。チョコバーで集中を切らすシノビ、弱点は甘いもの全般なのだな、とリッパーは見えないように悪態をつく。

「バカはそれくらいにして本題よ、ダイゾウ。アナタは昨日、オズが生きていると言った。半分だけと。その言葉を信じるにはアナタが何者なのか、つまり味方なのか敵なのか、そこをはっきりとしてもらわなければならないわ」

 ガリガリとチョコバーを片手でかじるダイゾウは、沈んだ腕の分だけ浮き上がり、再び指先立ちの姿勢になった。

「我はシノビ。リッパー、お前がシノビを敵としないのであれば我はお前の味方であり、我の言葉は真実となる。シノビの敵は人間、合成人間を問わず混沌と破壊を行う者と、円卓の末裔ども」

「エンタク?」

 始めて聞く言葉にリッパーは首をかしげる。

「円卓の騎士。太古の軍隊の名称であるが、ある方面の特殊能力者集団は自らをそう名乗る」

「特殊能力……それってもしかして! あの噂のサイキッカー部隊? ESPを操るという機密組織! 実在するの?」

 思い出に片足を入れた記憶の隅、噂の中の架空の存在、謎の特殊精鋭部隊。こんなところで、こんな形で――チョコバー片手に逆さまで――その部隊の名前を耳にするとは、文字通り夢にも思ってもみなかった。

「無論、実在するがそれはシノビでなきお前にはどうでも良い。オズ殿に関する昨日の質問、回答は単純だ。オズ殿は異なる力を秘めし特殊能力者である。我はオズ殿からの念写を受け取り事態を知った。オズ殿はリッパー、お前に送るつもりだったのだろうが、念写を受けるには異なる能力が必要で、お前にそれはない。ゆえにシノビたる我が仲立ちをした。これが我からお前に宛てた最初の手紙の正体だ。既に一年ほどになるか。内容は我とオズ殿の位置。理解したか?」

 オズがサイキッカー? その片鱗は巡洋艦バランタインでの「言い当てゲーム」遊びにあるにはあったが、脳機能の半分を失ってなおソーストグラフィ(念写)を遥か彼方のダイゾウに送る……。ESPだかサイキックだかはともかく、そんな力がオズに本当にあるのだとすれば、ほぼ必然としてESP秘密部隊は噂ではなくなる。オズの存命をダイゾウの言葉から信じれば信じるほどに。

「……シノビというのは、サイキッカーなの?」

「否。我らシノビに異形の能力はない。シノビとは森羅万象を見守る者。空を廻る氣と大地を走る脈、大海を漂う命を司るがシノビの使命」

「つまり……その、良く解からないけど、凄い能力でオズからの念写? それを受け取ったと?」

 ダイゾウは逆さまでうなずき、燻製ハムをシンプルなナイフで刺してかじった。

「オズはどこでどうなってるの? 半分って言うのはあたしと同じで、バランタインからの脱出時のダメージなんでしょうけど、どこかのラボ?」

 角切りにした燻製ハムをほおばり、口をもごもごとさせているので返事がない。リッパーもチキンをかじったが、もう味はしなかった。

 マリーの押し殺した溜息が聞こえた。見ると呆然としていた。コルトも同じようだったが、マリーよりはまだ冷静に見えた。宇宙との通信を完全に遮断された現在で、殆ど無力化している軍隊の、口伝、噂レベルのESP特殊部隊の暗躍。火星の軍勢という尾ひれをそこに交えれば少々、いや、かなりスケールの大きな話だ、二人の態度は当然だろう。

「言い当てゲーム」遊びの思い出とサイキッカー部隊の噂を知っている分だけリッパーはまだ冷静だったが、それでもやはり動揺は隠せない。

「んん、こちらも美味、見事だ。オズ殿は今、円卓の手中にある」

「つまり、仲間の保護下?」

 円卓の騎士とやらが噂のサイキッカー部隊で、オズがサイキッカーならばそうだろう。しかしダイゾウの返答は違った。

「否。円卓を名乗る者どもは漏れず、オズ殿、そしてリッパー、お前と敵対する。無論、我ともだ」

 円卓の騎士とか言うサイキッカー部隊が統合軍管轄下ならば、正規の海兵隊であるリッパーやオズの味方のはずだ。つまり、円卓とは火星か、各地に散らばる反統合敵対勢力の集団なのか。尋ねたが答えはノー。

「円卓は北にも南にも、東にも西にも属しておらぬ」

「そりゃあ、つまり――」

 コルトが割って入る。

「――俺みたいなフリーランス、傭兵部隊ってことかい? そのナントカの騎士さんたちは?」

「青年、理解が早いな。厳密には違うが、そのようなものだと思えば良い」

 燻製ハムをほおばり、ダイゾウはうむうむとコルトに向けてうなずいた。どうやらサイキッカー部隊の噂を知っている風なコルトには、もしかすると軍歴があるのかもしれない。機密であるNデバイスの存在も軽く知っていたからきっとそうなのだろう、ふとリッパーは思った。

「オズさんっていうリッパーの知り合いが、悪い傭兵部隊に捕らわれているってことね? ……でも、どうして?」

 マリーが問う。当然の問いはリッパーの抱くものと同じだったが、返答はごくごく短いものだった。

「話すと長い。続きは目的地に到着してからだ。出陣の支度をせよ、敵は強力ぞ」

 指先で跳ねたダイゾウはくるりと一回転して立ち、ずれたサングラスを掛け直した。

「待って。最後に一つ。アナタがあたしたちを助けてくれたとき、イザナミのデータだとアナタはここから六百キロ以上南下した山岳だったはず。あのニヤけたハイブが襲撃してくることを知ってたの?」

「だから我がN装備をハイブに渡したと?」

「そういう意味ではないのだけど……そうなるわね」

 リッパーは首を小さく振って銀髪を汎用アームの爪でいじった。

「ハイブの中に円卓と同じ能力を宿した者がいた。ドミナスだったか? きゃつの襲撃を察知してここへ向かった。もう一刻早ければNを失うことはなかったのだが、しかし小さな問題に過ぎぬ。理解したか?」

 ハイブ・ドミナスを察知して遠方六百キロ地点から、向かった? イオンリアクター駆動の軍用高速艇だろうか? 稼動機体は地上には殆ど残っていないはずだが。

「ダイゾウ、アナタ、何に乗ってるの? ランドアーミーのホバー高速艇? それともエアフォースの戦闘航空機?」

「乗る? シノビは駿馬の如く駆けるのみ。さて、準備だ。マルグリット嬢、茶だ、玉露を所望する。ケイジならばあるだろう? その後、青年と共に宿から旅支度をしてここに集結せよ」

 走って、きた? 六百キロを? 察知が三十分前だったとしても……時速千二百キロ! ダイゾウは、シノビという人種は、空陸軍の機動力を上回るのだろうか。アスリートスペックの最先端サイバネティックスでもその移動速度は不可能だ。

 ダイゾウは「敵は強力」と言ったが、見た限り、今の地上でダイゾウと同等に戦える相手は軍属にもハイブ勢にもいないだろう。そのダイゾウが敵視する「円卓の騎士」。手強い云々以前に戦闘スペックが全く予測できない。

 それよりも、だ。

「支度って、ダイゾウ、二人をこれ以上巻き込めないわよ。アナタの話を信じるなら、状況は完全に軍人が扱うべきもので……」

 マリーとコルトには既にとんでもなく迷惑をかけている。コンボイ乗員もろとも命の危険にも晒した。

 リッパーは海兵隊、軍人で、民間人を守る義務がある。それはイザナミとイザナギがいなくなっても変わらない。しかも今回の敵は、円卓を名乗る噂のサイキッカー部隊絡みで、あのニヤけ面を筆頭のハイブ。巻き込んで無事で済む保障など微塵もない。

 それにそもそも、艦隊旗艦バランタインの乗員であるオズの安否確認と保護という名目を、リッパーの艦長特権で上層部にゴリ押しして正規任務扱いにしてはいるのだ。機密であるNデバイスの使用も同じく。

 つまり、オズ個人の捜索と救出はいちおうは軍の、海兵隊の任務ではあるが、どこまでもリッパー個人の感情的な問題なのだ。そんなこんなの危うい状況にサイキッカー部隊の話が現実として重なれば、ダイゾウが助力する理由は知らないが、未知数な、恐らく圧倒的な敵を相手に民間人の部外者である二人を巻き込むわけにはいかない。

「軍隊のことは解らないけど、オズさんっていう人を助けるんでしょ? コンボイを守ってくれた恩返しになるかどうか、出来ることがあるなら何でもするわよ? コルト?」

「俺はマリーに雇われてるジェントルな傭兵さ。依頼主の注文通りにするぜ? まあ、ちょいとギャラを上乗せしてくれりゃあ、それで足りるさ。リッパーにもミスター・シノビにも借りがあるしな」

 Nデバイスを失って機動歩兵程度の戦闘能力しかないリッパーなので申し出は素直に嬉しいが、やはり危険の度合いがこれまでとは違う。背中を預ける、悪く言えば自分への危険度を好意からの民間人である二人に散らす、そんな真似が出来る軍人がいるとすれば、それはもう軍人ではないだろう。

 だが、ダイゾウが二人の無事を保障する、と言い切ったので、リッパーはそれ以上、二人に反論出来なかった。

 まともではまず勝てないであろう手強い敵に対して随分と頼れる、そして心を許せる二人。気持ちで負ければそれがイコール結果だろうからこそ、そこだけカヴァーしてもらう、そう自分を納得させ、かつ、ダイゾウの言葉を、こちらは一切根拠はないのだが、信用することにした。

「……解ったわ。でも、二人とも、危ないと思ったら構わないから逃げてね? こっちも二人を守るだけの余力はないと思うから」

「リッパー。お前はまだまだ未熟。一人で全てを解決するには至らぬ。頼ることは頼られることの裏返しと学ぶが良い。皆に雷の祝福あれ」

 所属や階級には無頓着なリッパーだったが、バランタインを失ったあの日、艦長という肩書きと積み重ねてきたプライドも粉々になった。Nデバイスを受け取ってそれを失い、軍人としてのプライドも今や欠片程度だった。

 イザナミやイザナギと一緒にベッセルを振り回してハイブ相手に一歩も引かなかったが、二人はもういない。バランタイ、オズ、イザナミ、イザナギ……何だか失ってばかりの人生だが、泣き言を言っている場合でもない。貸しを作れる相手がいる、それだけでもマシかもしれない、そう思うようにした。

 万事が上手くいったら目一杯恩返しをすればいい、とも。


 マリーとコルトはショップモールの先にある宿へ向かい、リッパーはラボに戻った。丹念にシャワーを浴びてから普段の服装に着替える。

 プリントシャツに比べて日除けマントはまるでボロだった。だがそれは見た目の話。日除けマントは軽量ケブラーを編みこんだ防弾仕様で、内側のポケットには各種弾薬が詰まっている。

 無地のシャツの上をホルスター付きサスペンダーが通り、腰には弾丸ベルト二本とウエストポーチ。ポーチの中身はベッセルのパーツで、弾丸ベルトの一本はベッセル専用の五十五口径API弾が収まっている。

 細身のフィールドパンツの両太股にもホルスターがあり、足元は傷だらけのロングブーツ。ブーツの脇には二本のコンバットナイフ、かかとには爆薬と信管を仕込んである。

 装備はまず、今の汎用アームでは撃てない大型カスタムリボルバー、ベッセル・ストライクガンが二挺。役に立つとは思えないが、防弾代わりに背中のスライドにセットした。

 両腿のステンレス三五七ダブルアクションリボルバー。これはハイブ以外との実戦でのメインアームで、対ハイブではサイドアームとして使っているものだ。ハイドラショック弾を装填し、弾丸ベルトにも同じく。ハンマーを軽量化してグリップを滑り止め加工のスチールプレートに変えてあるが、基本的にはどこにでもあるリボルバーだ。

 左脇にコンバットフォーム用のスナッブノーズ(短銃身)護身リボルバーが一挺ぶら下っているが、こちらは酒場でのルーレットゲームで使った覚えしかない。

 バックパックから腕時計とハンディナビを取り出して両手にセットしてみた。

 バックパックには食料とピルの詰まった救急箱、寝袋と着替えの下着、バイク用のプラグが数本あり、両横にピストルグリップタイプのテンゲージ・ショットガンが二挺、セットされている。二挺はロードブロック(実包弾)を装填した十番ゲージで現状で使えるうちの最大火力だが、リコイルも強烈なので汎用アームでは精度が落ちるだろう。

 基本装備はイザナミとイザナギがいることを前提としたものだったので、二人が抜けると背中のベッセルが邪魔だったりと色々な不具合があった。

 ベッセルを移動させるジャンプアップ機能はイザナギがいなければ使えないので日除け用マフラーを巻いた。汎用の両腕がむき出しになるので長袖をとも考えたが、痛覚・触覚がない廉価アームだったのでそのままにした。

 プラズマディフェンサーなしだと防弾装備が必要かもしれないが、これ以上重量がかさむと身動きが取れなさそうだったのでこちらも却下した。

 トータルスペックは、コルトとマリーを足した程度だろう。装備した弾丸ではハイブのカーネルを破壊できないので、ハイブ・ネイキッド一体にもかなりの弾薬を消耗しそうだ。ドミナスどころかハイブ・ナイフエッジで苦戦するだろう。スナイピッドが出てくればもう対応する手段はない。

 これが人間とハイブの違いなのか、リッパーは改めて痛感した。


 十五分ほどして再び公園に行くと、コルトとマリーがいた。ダイゾウはいない。辺りを見回すと、ブランコに立ってカップとチョコバーを握って大きく前後に揺れる、サングラスの白装束がいた。

「茶と言えば玉露よのう。ケイジの茶葉もなかなかだ。苦味の中に風味があり、チョコボウが甘さを引き立てる」

「チョコバー。矢じゃあないわ」

 言われたダイゾウはブランコから飛んで、音もなく三人の前に着地した。カップを飲み干しマリーに渡し、食べかけのチョコバーは懐に入れた。

「では、確認しようぞ。マルグリット嬢、地図はあるか?」

「ええ。どうぞ。ダイゾウさん、マリーでいいわよ?」

 ダイゾウはうなずいてからロードマップを広げ、一点を指差した。三人が覗き込む。そこは大陸の果てだった。距離は直線で千五百キロ。ハイウェイを使うなら千八百キロほどになるだろう。

「かなり遠いのね。途中に小規模ケイジ、キャラバン(隊商)の移動距離くらいありそう。乗り物にガスと水と食料が必要ね。私のコンボイから調達しましょうか?」

「うむ。急いだほうがいいと虫の知らせだ。速度の出る車両があればそれに皆は乗るがいい」

「バギー、いや、バイクだな。アンタは自前があるのか?」

 コルトが提案しつつ尋ねた。

「青年よ、我は駆ける、心配無用だ。続いては装備だが……」

 コルトが口をあんぐりと開け、リッパーは溜息を一つ。シノビは千八百キロを走れるのだろうが、それにしたって無駄な体力を消耗するだけだ。何を考えているのやら。

「装備、武器ね? 私はこのライフル。他にハンドグレネードが幾つか。弾薬は山ほどあるわ」

 マリーはリロードレバーを軸にライフルをぐるりと一回転させた。見かけによらず器用で実に頼もしい。腕が確かなのは承知している。

「俺は見ての通り、自慢の四十五口径だ。弾丸もこの通り、たっぷりあるぜ」

 クイックドロウから両手でキリキリとリボルバーを回転させるコルトの人差し指には、例のスカルリングが光っていた。肩掛けの弾薬ベルトが胸でクロスしており、こちらもさすがは傭兵といったところ。

 しかし、ライフルを構えるマリーとリボルバーを回転させるコルトを見たダイゾウは、妙な呼吸をした。それが溜息だと気付くのに一拍かかった。

「ほぁぁー、観光旅行の如くだ。リッパー、お前はどうだ?」

 言われてリッパーはマントを広げて見せた。

「殆ど丸裸ね。リボルバー三挺にショットガンが二本、使えないベッセルと使い道のない弾薬が山ほど。他はナイフが二本と爆薬を少々。海兵隊仕込みのコンバットフォームが唯一かしら?」

「例の軍隊格闘か。近接戦闘はあれで足りるだろうが、やはりもう一回り上が必要であろうな」

 二挺のリボルバーをホルスターに収めたコルトが、小さく舌を鳴らした。

「ヘイ、ダイゾウ。俺たちの装備は大したもんだと思うぞ? そりゃあアーミーほどじゃあないが、ハイブ相手でもどうにかなる。アンタはどうなんだ? 強いのは知ってるさ、見てたからな。しかし見た限り、接近戦だけじゃあないのかい?」

 口調が「不満だ」と言っている。傭兵のプライドに響いたのだろう。

「青年の言いたいことは解かるぞ。シノビファイトは近接戦闘の体術である。しかし遠距離武具がないわけではない。例えば……」

 ダイゾウがコルトに見せたのは、十字架のような奇妙な形をした刃物だった。

「何だ? お守りかい?」

「投げ小刀、シノビ十字手裏剣と我々は呼ぶ」

「シュリケン、ソーイングナイフ? どう持つんだ、これ?」

 渡されたコルトは、掌に置いた十字手裏剣の刃の一つをつまんで持ち上げて眺めた。

「扱えるのはシノビのみだが、うむ、いい機会だ。青年、それを出会いの記念に譲ってやろう。青年の言うお守りとやらにするがよい」

「え? ああ、ありがとさん。シノビの神様のご加護があるかもな。チェーン付けてペンダントにでもするよ」

 と、マリーが目をキラキラさせてダイゾウに顔を寄せた。まるで餌をねだる子犬のようだ。尻尾ではなくライフルの先端を振っているのだが。

「む? マルグリット嬢もか? ふーむ。これでどうだ?」

 掌サイズで外側に牙が並ぶ平らな金属の円盤がマリーの掌に置かれた。

「素敵! なんて呼ぶの?」

「シノビ八方手裏剣。使い方は……お守りでよい」

「ハッポーシュリケン・ソーイングナイフ! やー! シノビファイター・マリー参上!」

 マリーは刃の一つをつまんで投げるポーズを取る。よほど嬉しいらしい。ごほん、とダイゾウが咳払いした。

「リッパー、剣術は出来るか?」

「ソードファイトは苦手なの。基礎はやったけど、あたしにはハンドナイフが性に合ってたのよ」

 剣術は海兵隊キャンプ時代の訓練課程で少しやった程度だった。巡洋艦の操舵主から副長、艦長へと進んでいたリッパーにとってその訓練は殆ど意味のないものだったので、言う通り基礎しか習得していない。

「お前は二挺の大型拳銃を扱っていたのであろう? ならば問題ない、受け取れ」

 言いつつダイゾウが出したのは、爪先から顎ほどまであるロングソードだった。

「何だ? 凄いのが出てきたぜ?」

 コルトがヒューと口を鳴らした。

「シノビに伝わりし剣の一つ、名を天羽々斬(あめのはばきり)と言う。Nを宿ししお前のための剣だ」

 リッパーは渡された剣を持ち、サヤから抜いてみた。両刃に瞳が映り、鏡のようだった。ダイゾウが何度か言っている「Nを宿す」の意味は解からない。

「アメノハバキリ? エッジが髪の毛みたいで、チタン合金でも斬れそう……」

「無論だ。天羽々斬は神を斬る剣。合成人間の頭脳などでは刃こぼれすらせぬ。使いこなせ」

「そんな凄い剣なら、アナタが持てばいいのに」

「我には我の刃がある」

 続いて出てきたのは二本のブレードだった。マリーが「凄い!」と言って手を叩いた。

「鳴神(なるかみ)に雲絶(うんぜつ)、我の太刀だ。お前の天羽々斬に勝るとも劣らぬ。これらで我とリッパーの戦闘力を増強させ、オズ殿を救いに……おっと、忘れておった。リッパー、お前にもう一つ渡そう」

 最後に出てきたモノに、三人とも絶句した。

「我は軍隊用語は苦手なのだが、覚書が、あー、五十五口径セミオートマチック・アンチマテリアル・アウトレンジスナイパーライフル、である。IZA-N-DRA5、我がインドラと命名した。えー、光学追尾スコープと自動トライポッドを備え、使用する翼安定徹甲電撃弾の対物最大射程距離は五千メートル、だ。神の心臓をも射抜く。しかし見ての通りシノビ武具ではなく、我がその昔に趣味でIZA社に発注してみたものだ。Nと同じ血筋ゆえ、お前との相性もよかろう」

 メモを片手のダイゾウに、コルトとマリーが驚いている。

「おいおい! とんだ化物が出たぞ! このサイズのバレットならランドアーミー仕様の重装甲車も一撃でオシャカだ! ハイブなんて跡形もなく木っ端微塵だぞ!」

「IZA社って確か軍関係の会社よね? じゃあこれは正真正銘の軍用? 凄い!」

 コルトとマリーが大声を上げた。しかしリッパーは、剣、刀、そしてデカブツライフル、収納ケースも貨物車両もナシでぞろぞろと、どこから出てくるのやらと溜息だった。

「インドラだっけ? これも使いこなせって言うんでしょうね? あたしは海兵隊の軍人だけど、イザナギサポートもなしでこんな獲物を扱える兵士は、生粋のスナイパーだけよ?」

「シノビの言葉にこうある、習うより慣れろ。天羽々斬とインドラ、確かに渡したぞ。マルグリット嬢、車両の手配を願う。整い次第、出陣する!」

「アイアイサー!」

 まるで聞いちゃいない、リッパーは再び小さく溜息を吐いた。

 ダイゾウに向けてびしりと敬礼するマリーがどうして満面の笑みなのか……こちらは深く考えないことにした。

 剣、天羽々斬と対物ライフル、インドラを装備すると、体重が二倍ほどになった。近接戦と超長距離、相反する武装はかなり動きづらい。コルトが「羨ましいぜ」と言ったのでどれか譲ろうかと持ちかけたが、即答で却下された。理由は聞くまでもない。

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