第7話 インドラ・ファイブ - Indra-Five -
景色のどちらを向いても地平の彼方まで続く、大陸を網の目のように飾るヒビとギャップだらけのハイウェイは、文明の復興という淡い期待の象徴的な産物でもあったが、それがインフラと呼ばれることは未だにない。
頭上の太陽は変わらずハイウェイ網とそれに込められた淡いものを消炭にでもしたがるようにひたすらに焦がし、ハイウェイ両脇の熱砂に埋もれた廃墟郡に潜む僅かな命の気配をも焼け出させようと、攻撃的な熱線を放射し続けている。そんな見飽きた光景には、ある種の悪意さえ感じられる。
マリー・コンボイが駐留するケイジから一同が出発して三時間が過ぎていた。
マリーご自慢の千馬力カー、ツインカムV8エンジンにツインチャージャーとナイトロ噴射システムを搭載した黒い角型モンスタークーペ、「ブラックバード」のステアリングを握るのはマリーで、コルトはナビシートにハーネスで縛り付けになっていた。その前方にビッグバイクにまたがるリッパーと、ハイウェイを併走するダイゾウ。
三時間の時速二百五十キロ巡航で既に七百五十キロ強、道程の半分を消化していた。大陸中を縦横無尽のハイウェイでこの巡航速度を続けられるモーターエンジンのマシンは、大規模ケイジ内のサーキットを走るレースカーでも少ない。
モーターエンジンは電気的構造面で非常にデリケートで、大気残留ビーム粒子による電磁干渉を受けてると途端にストップしてしまうのだ。だが、マリーのお宝だというV8ブラックバードとリッパーのビッグバイクは搭載する電子部品がごくごく原始的なものなので残留粒子の影響をほぼ受けず、ケイジの外でレースカーばりの速度で走れるのだった。
マリーのモンスタークーペには、ケイジ内では当たり前のオートドライヴシステムさえ搭載されていない。
短くはない距離なのでオートドライヴマシンだろうと出発前に当たり前風に言ってみたリッパーに対して、マリーはジャミングを嫌うシェリフのように「信頼できない」と言ってオートドライヴマシンを却下して、モンスタークーペとビッグバイクを持ち出してきた。
全員を小型通信装置が繋いでいる。
「マリーはシェリフみたいね。ハイテク嫌いで」
「何の話? ひょっとして、このブラックバードにオートドライヴシステムがないっていうあれ? あんなシステム、電磁干渉どころか磁気嵐一つで使い物にならなくなるじゃない。別にハイテクパーツは嫌いってことはないけど、最初から故障すると解かってる装置なんて、わざわざいらいでしょう?」
「マリーはアナログ万歳のアナクロ人間だな。俺は使えるものは何でも使うぜ? ナビシートでこう言うのも何だが、磁気嵐かビーム粒子干渉で故障するまでオートドライヴで走って、故障してからアナログドライヴに切り替えればいいだけの話さ。とびきり以外のマシンなんて使い捨てでいいんだよ」
「マシンに愛着を持たないなんてイヤなコルト。それよりリッパー。急ぐのは解かるけど、さすがに少し速度を落とさない? こっちはケイジからずっとトップシフトでエンジンがそろそろ休憩を欲しがってるわ。油圧が怪しいの」
「でしょうね、こちらも似たようなもの。ゴーグルが顔に食い込んだままで、まるで整形処置でもされてる気分。ダイゾウに合わせてるんだけど、冷えるし疲れるわ」
チョッパーハンドルを握るリッパーのグローブは太陽熱を無視して冷たくなっていた。
出発前、マリーが最初に準備したのは断然にレーシーなフルカウルバイクだった。マリーたちと出会う直前まで割と長く乗っていた、爆裂してスクラップになったバイクも同じく。しかしダイゾウが「二輪車両はチョッパー以外認めない、シノビの掟に反する」と何やら熱く抗議し、大型でやたらとハンドル位置の高い今のバイクをマリーが用意してくれたのだ。
それでいてダイゾウ自身はそのバイクに乗ることも触れることもなく、あろうことか両足で走っている。
両腕を胸の前で組んだままで上体はハイウェイと直角、背筋がピンと伸びたアスリート的なものとは無縁の姿勢でリッパーと併走するダイゾウの足元を見ると、高速運動する足元が白くかすんでいる。驚くより呆れるが、出会って以後の言動なり何なりの全てが同じくなので、呆れるのも面倒だと気にしなくなった。説明解説を求めてもきっと理解不能な内容だろうと容易に想像可能なので。コルトとマリーも似たようなものかもしれない。
「ねえダイゾウ? 少しスピードを落とさない?」
リッパーが通信機越しに提案した。
「ばびばばばばばがはい」
「はい?」
「ごぼべぼうびびべぶびばぼばい」
「どうした? さっそくの磁気嵐か? ノイズだらけだぜ?」
コルトの声がスピーカから聞こえた、つまり磁気嵐ノイズではない。リッパーは併走するダイゾウにバイクを寄せた。見るとダイゾウのサングラス顔は風圧で歪み、喋ろうとする口元がびらびらと揺れている。
「……マフラーで口元をマスクしなさい! 何を喋ってるのか全然解からないじゃないの!」
リッパーは思わず怒鳴り、思い切り近寄って蹴りを出したが、かわされてしまった。
「リッパー? 十五分ほど先に小さなケイジがある筈なの。念の為にガスチャージもしたいし、そこで休憩しましょう?」
「オーケー。ダイゾウ、聞こえたわね? 次のケイジでランチ、いいわね?」
「ごび」
同意らしい。ケイジに到着したら口元をガムテープでぐるぐる巻きにしてやろう、本気でそう思った。
「――何だ? 随分と寂しいケイジだな?」
着くや否や、コルトがぼやいた。言う通りで、静かに過ぎる小規模ケイジの入り口には歩哨もカメラもなく、中に人の気配もなかった。コルトに続きつつロードマップを睨むマリーもやや困惑気味だった。
「ここはキャラバンルートの主要中継地で賑わいも守りもかなりな筈なんだけど、廃棄された? ガスは残ってるかしら。コルト?」
「オーライ、探してくるよ」
ゴーグルとマフラーを首に下げてシートに座るリッパーに、ダイゾウが寄ってきた。
「リッパーよ、チョッパーの心地はどうだ? 良いだろう? 極上だろう?」
「正直あたしはレーシーなうつ伏せポジションのほうが好きだけど、チョッパーバイクに何か思い入れでもあるの?」
水筒とカップをバックパックから取り出し、カップに水を注いでダイゾウに渡した。リッパーは水筒をそのまま口に当てガブガブと喉に流し込む。疲れが少し和らいだ気がした。ダイゾウは懐からチョコバーを出し、カップと交互に口に含んだ。
「思い入れと言うほどでも大層ではない。昔に……ほぁっ!」
唐突にダイゾウが叫び、閃光に続いて爆裂音がした。大気を伝わる振動でリッパーは軽く飛ばされた。
「何!」
ダイゾウを見るが、そこには白装束ではなく錆びたドラム缶が転がっていた。上半分が裂けて中身の劣化油の残りが地面を黒く滴る。
「これは……コルト! マリー! 警戒して! ハイブがいるわ!」
「こんにちは、海兵のお姫様」
不意の声は背後からだった。太股の三五七リボルバーを抜いて振り向くと、そこには奇妙なものがいた。真っ赤なドレスの胸元に黒い薔薇を飾った、舞踏会にでもいそうな金髪女だ。
「アナタにとっては初めまして、かしら?」
「ハイブ? ……ロストレンジから狙撃してきた、策敵不能の……」
「わたくし、イアラ・エイドロンと申します。ドミナスと共に円卓の騎士さまに仕える者です」
イアラ・エイドロンはそう言って、真っ赤なドレスのすそをくいと持ち上げ金髪頭を軽く下げた。気味が悪い。まるで人間だ。
ハイブといっても基本的な容姿は人間と変わらない、そう造られているので。しかしそこに仕草や表情、言葉が加わった途端に強烈に気味悪く感じる。根拠はなく殆ど生理的に受け付けないレベルの嫌悪感。ドミナスと名乗ったハイブと完全に同類だ。
「わたくし、我らが主さまからのメッセージを、プレゼントと共に届けに参りましたの」
「メッセージ? プレゼント? 何かしら?」
イアラと名乗るこのハイブ、物腰の低さが逆にプレッシャーを与える。トリガーにかかる両指が震えそうだ。
「『さ迷う艦隊、キャプテン・リッパーに敬意と祝福のレクイエムを奉げる』だそうですわ」
「イアラ、と言ったわね? だったらそのどちら様かにこう伝えてくれる?」
リッパーは二挺のリボルバーのハンマーをゴキリと起こす。
「あたしはレクイエムは大嫌いなの。とびきり陽気なワルツで死ぬまで踊らせてやるから待ってなさい、ってね!」
ババン! 三五七リボルバーが叫ぶと同時にイアラは、消えた。変わりに背後の壁に二つの弾痕が見える。
「ふふふ、面白いお姫様ですね、キャプテン・リッパー」
イアラの声はまた背後からだった。振り向いてリボルバーを構えると、笑みのこぼれるイアラの顔があった。
女性タイプのハイブとの接触は少なかったが、それにしても恐ろしく端整な顔立ちだ。長い金髪は全体がゆるりとカールしていて、ルージュはドレスと同じく血の色。足元は黒いヒールで、どこにも銃は見当たらない。
こいつがイザナミとイザナギを狙撃した、プラズマディフェンサーを無力化させたハイブならスナイパーライフルがあるはずだが、ライフルどころかスリングすらない。全くの丸腰だ。
「それと、あたしをキャプテンと呼ぶのは、バランタインのクルーだけよ!」
「バランタイン? ああ! あの沈んだお船ね? わたくしたちが少しちょっかいを出しただけでバラバラになった、可哀想な小さなお船、ふふふ!」
「きっ! ……バランタインを侮辱するな!」
ババン! 再びのリボルバーの咆哮は宿の扉を粉々に吹き飛ばした。また消えた! 超高速移動、こいつはナイフエッジの強化版ハイブかもしれないと思ったが、それにしては反応速度が尋常ではない。
「あらキャプテン? 短気はいけませんことよ? それではまたお船が沈みますわ、ふふ! わたくしはメッセンジャー、今は戦う気分ではありませんの。もっとも、それでわたくしと戦うおつもりなのなら、勝負はもう終わっていますけれど?」
こんな安っぽいリボルバーだから、いや、ベッセルでも同じだ。火力の問題ではない。戦い方が根本的に違う。どうするか悩むより先にリボルバーはホルスターに収まり、腰の後ろに刺してある剣を握った。名前は確か……。
「天羽々斬(あめのはばきり)、ソードファイト、レディ!」
「あら! 素敵な剣だこと!」
両手握りでイアラの首筋を狙って横一閃。かなり重量のあるロングソードだが振った感触は軽い。が、手応えはなかった。切っ先にイアラの姿はない。反射的に真後ろに剣を振ったが、こちらも手応えなし。構え直した背後から声。
「本当に楽しいお姫様ですね。きっと主さまも喜びますわ。でも、わたくし、ちょっぴり悪戯心がくすぐられまして……アナタ、ここで死にます?」
消えた! と思った直後に後頭部から殺気で射抜かれ、身動きが取れなくなった。振り向いたら死ぬ、確実に。天羽々斬を握る手が冷たい。感触のない汎用アームなのに、冷たいと脳が反応している。
「待てぇぇーい! 合成人間よ! 茶番はそこまでにせよ!」
「ダイゾウ! どこ?」
ダイゾウの声で呪縛が解けた。背後からの攻撃はないと確信して辺りを見渡す。宿らしき煉瓦屋敷の屋根の縁にサングラスを黒く輝かせるダイゾウがいた。
「アナタが噂のシノビさん? わたくし、イアラ・エイドロンと申します」
「名乗る合成人間よ! 我はシノビファイター! 雷(いかずち)のダイゾウ、雷参! 我に触れる者、全てに雷の裁きが下る!」
ダイゾウは屋根から飛んで屈伸姿勢でくるくると回り、無音で地面に降りた。
「待たせたな、リッパーよ。マルグリット嬢と青年を守っておって遅れた」
「マリーとコルト? 別のハイブがいるのね?」
耳障りな含み笑いはイアラからだった。
「主さまからのプレゼントと遊んで下さっていたのですね。いかがですか? あのオモチャは? 愉快でしょう?」
「合成人間と交わす言葉なぞない! ここで刻んでやろうか? 抜刀! 鳴神(なるかみ)! 雲絶(うんぜつ)! 至高のシノビブレード、貴様を刻むは瞬きと同等!」
リッパー越しにイアラとダイゾウが対峙している。逆手のダイゾウに隙は全くない。ダイゾウのサングラスに真っ赤なイアラが映っている。
「今のわたくしはメッセンジャー。でも、シノビさんはわたくしの気分を損ねますわ」
背後の気配が消えた。リッパーは天羽々斬を構えてくるりと一回転したが、どこにもイアラの姿はなかった。ババン! と耳慣れた発砲音。同時に金属を弾く音が連続で二つ。
「シノビ抜刀、雷鳥の構えに死角なし! そのような火器では鳴神と雲絶に傷もつかぬわ!」
イアラが発砲して、それをダイゾウがシノビブレードで弾いた、らしい。射撃地点は解からない。
「はい、お返ししますわ」
いきなりイアラがリッパーの目の前に現れ、三五七リボルバー二挺を差し出した。両腿のホルスターが空だった。奪われた感触など微塵もなかったが、差し出されたステンレスリボルバーは間違いなくリッパー自身のものだ。現時点でこのハイブ、イアラに抵抗する術はない。痛感したリッパーは天羽々斬をサヤに戻し、リボルバーを受け取った。
「シノビさん、さすがは主さまが警戒するだけのお人ですね。わたくしを倒すことなど簡単?」
「貴様なぞ我がシノビファイトの前ではホイップソーダ以下。雷に喰われたくなくば消えろ。そして円卓に伝えよ。墓標を用意せよ、とな」
ダイゾウが言うとイアラが「怖い怖い」と笑顔で首を振った。
「改めて、キャプテン・リッパー、大聖堂でお待ちしておりますわ。それではご機嫌よう……」
言い残してイアラは消え、再び現れることはなかった。そのことにほっとした自分をリッパーは無言で怒鳴りつけた。
ハイブを目の前にして全く手も足も出なかった。散々からかわれ、バランタインを侮辱され、リボルバーを奪われ、しかし何も出来なかった。イアラが何をしていたのかさえ全く解からない。まるで手品だ。
「手品……オズ、あたし、アナタに会えるのかしら?」
「ヘイ! リッパー! ヤバいのが来る! 新手のハイブだ!」
コルトとマリーが駆けて来た。感傷に浸っている場合ではないらしい。
「何匹?」
「一体だけど弾が全然効かないのよ!」
レバーアクションでライフルをリロードしながらマリーが叫び、その後ろにハイブの姿が見えた。大柄で、全身を鎧のようなものが覆っている。
「白兵専門に狙撃専門で、今度は硬い奴? ハイブ・アーマードってところかしら? どれどれ?」
リボルバーで撃ってみたが、マリーの言う通り、弾丸は白い鎧で弾かれた。もう一挺も構えてシリンダー内のハイドラショックを全て叩き込んだが同じだった。
「リッパーよ」
「オーライ、解かってるわ、ダイゾウ」
リッパーはバイクに歩き、キャリアにある包みを手にした。
「えーと、五十五口径セミオートマチック・アンチマテリアル・アウトレンジスナイパーライフル。IZA-N-DRA5、通称インドラ……声に出すと長ったらしいわね。ベッセルと同じフィフティファイブだから、インドラ・ファイブ、これでいいわ。近いけど、まあ、威力を拝見」
バイクの横に伏せ、全長一メートル半もあるデカブツライフル、インドラ・ファイブを地面にセットした。
重たい銃身を支える自動トライポッド(支持脚)はサスペンション的役割もあるようで、くいと沈んで戻った。マウントされた光学追尾スコープを覗くと、ハイブ・アーマードの装甲を顕微鏡で見るようだった。倍率を調整してアーマードの頭部、カーネルがある部分にクロスゲージを合わせると緑色のシーカー(目標捜索装置)が現れた。ベーシックな戦闘機のFCSに似ている。
移動してくるシーカーがクロスゲージと重なって「LOCK」と電子表示された。息を止めたまま、トリガー。
ゴン!
全身が揺れる爆裂音と同時の巨大な、視界を覆うマズルフラッシュ。強烈なリコイルが肩を打った。
叩き出された翼安定徹甲電撃弾はハイブ・アーマードの装甲と超硬度のカーネルを完璧に貫通し、ケイジの遥か彼方で着弾音がした。が、肝心の標的、ハイブの歩みは止まっていない。緩慢ながら射撃前と同じ調子でゆっくりと向かってくる。弾丸が口径サイズで綺麗に抜けたためそれ以上のダメージがなくカーネルを完全に破壊できず、機能が停止してないらしい。
ハイブとの距離は百メートル程度。対して、スペック表で五千メートルの超有効射程だという規格外ライフル、インドラ・ファイブの射程死角なのだから、当然といえば当然だが。しかし、この状況のまま標的を無力化する手段は割と簡単だ。
光学追尾スコープを覗きスイッチを押すと「MUL-T-LOCK」と表示され、シーカーが五個出た。ありがたいことにマルチロック、イザナギと同じ多重照準システムを搭載しているらしい。
イザナギは完全オートでのフルサポートだが、こちらのマルチロックシステムはハーフトリガーで近いシーカーから順にロックがかかり、ここで自動トライポッドがクロスゲージ照準を補正してくれる。スポッターがいるのと同等以上の精度が得られる、なかなかに優秀なシステム構成だ。
セレクターをSINGLEからFULLに切り替え、マガジンには残り九発。どれもスコープに表示される。フルオートに切り替えたのでシーカーは五個から九個に増え、それぞれが目標に向けて移動する。その九個のシーカーでハイブのカーネル部分に×印を描き、ハーフトリガーロック、準備完了。ハーフから一気にトリガーを押し込む。
ゴン! ゴン! ゴン! 空爆でもされている気分になる轟音だ。
連射速度はかなり速い、毎秒一発ほど。リコイルによるズレの自動トライポッドで追いつかない分を手で補いつつロックシーカーを次々と消してゆく。大きなマズルフラッシュで前方視界は完全になくなるが、スコープ内はサーモグラフ(赤外線熱画像)、マグネグラフ(磁場画像)、ナイトグラフ(夜間画像)のスリーモードを電子処理した映像なので視界はクリアのまま、フルオート狙撃が続けられた。
最後の一発を発射し終わるとクロスゲージが点滅して「RELOAD」と表示され、顔をスコープから離すと、結果は狙い通り、ハイブ・アーマードは倒れて沈黙した。弾丸の威力や弾頭の破壊能力ではなく、単純に口径サイズの穴を複数、カーネルに空けて壊した、槍か何かを何度も突き刺したのと同じ単純な理屈で、狙撃とは微妙に違うが、まあ結果オーライ。
万事を再確認すると、ふう、と大きな溜息が出た。やはりスナイピングは疲れる、苦手だ、そうリッパーは再確認した。腕前、技量ではなく単なる好みの話なのだが。
「やったのか!」
コルトが大声を上げた。
「ご覧の通り。このライフル、インドラ・ファイブ。物凄いハイテクガンね?」
脇に立つダイゾウに伏せたまま言うと「うむ」と返事があった。
「リッパーよ。インドラはお前と同じNの血筋。かつての両腕ほどではなかろうが、我の自慢の一品には違いない。相性も良いようだな」
立ち上がり、スリングでインドラ・ファイブを持ち上げ、リッパーはうなずいた。
「やっぱりアーミーは凄いのね?」
マリーが感心して言い、コルトもうんうんと頭を上下させた。
「技術力の違いよ。後は慣れ。少し訓練すれば装備のほうがサポートしてくれるから、マリーでも扱えるわよ?」
「冗談よしてよ。そんな怪物ライフル、怖くて触れないわ」
リッパーはインドラ・ファイブをキャリアに乗せつつ「ガスは?」とコルトに尋ねた。
「ああ。二台分はギリギリ残ってた。すぐにチャージするから少し待ってくれ」
「任せる。マリー、ランチにしましょう?」
「いいの? そっちはそっちで何だか大変だったみたいだから、急いだほうが良くなくて?」
言われてリッパーは腹をポンポンと叩いた。
「腹が減ってはなんとやら。イアラがここで伏せていたってことはこちらの行動は筒抜け。気になるし急ぎたいけど、相手が相手、焦りは厳禁ってところなの」
「その通り。マルグリット嬢、チョコバーの補充を要求する」
「ごめんなさい、買ってないわ。ダイゾウさんは甘党なのね? フルーツグミなら一袋あるけど?」
と、サングラスがギラリと輝く。
「フルッツ組? ケイジには様々な食材があるのだな。何やら知らぬがありがたく頂くとしよう」
「車から持ってくるわ。リッパーは? アナタもフルーツグミにする?」
いらない、と手を振って自分のバックパックからベジタブル缶を取り出した。ランチにグミ、想像しただけで口の中が気持ち悪いと思ったが当然口には出さない。
ガスチャージを終えたコルトを交えてそれぞれ食事を取り、マリーとコルトはV8ブラックバードに戻った。チョッパーバイクにまたがったリッパーはふと思い出した。
「そう言えばダイゾウ、チョッパーの思い出ってどんななの?」
「うむ。昔に隊商を襲う山賊と遭遇してな。そやつらの車両がチョッパーハンドルだったのだが……」
「だが?」
「山での修行時期に遭遇した猛牛を彷彿とさせるその姿に感動したのだ。猛牛の角こそチョッパー、チョッパーこそ二輪車両だ」
要するに見た目で気に入ったという話に、バカなのね、と言おうと思ったが一応止めた。グミだのチョッパーだの、シノビの好みはリッパーの管轄外だ。「へー」とだけ返してキックペダルを蹴った。
ダイゾウの目の前で、握った猛牛の角を折り曲げてやろうかと一瞬考えたが、それは全部が終わってからだと後回しにした。
廃棄ケイジを経って二時間。高速巡航を続けるマリーのV8ブラックバードとリッパーのチョッパーバイク、サングラスを食い込ませるダイゾウの視界に大陸の縁が入った。太陽はまだ真上で、無遠慮にぎらぎらと輝いている。
「なあ、マリー。今回のコンボイ護衛の報酬だがよ……」
無線でコルトが喋りだした。
「このマシンで手を打ってやってもいいぜ? どうだ?」
「ご冗談! 知ってるでしょうに、ブラックバードは私の宝物よ? コルトの大好きなオートドライヴシステムもないし、そもそも、ピーキーすぎてアナタには扱えないもの、意味がないわよ。ほら! スーパーチャージャー、オン!」
マリーがシフトレバーから枝分かれしている小さなレバーを引くと、モンスタークーペ、V8ブラックバードのボンネットにどんと居座るスーパーチャージャーユニットが駆動し、ヒューンと高音を上げ過給を開始、加速した。
「よせよせ! マリー! 体がナビシートに食い込む!」
ハーネスでシートに縛り付けられたコルトが悲鳴をあげた。
「リッパー! しばらく先行させてもらうわよ? 続けてナイトロ噴射!」
極太タイヤが数秒ホイルスピンして、V8ブラックバードは更に加速。リッパーのチョッパーバイクをパスして尖ったテールを見せ、どんどん小さくなっていった。マリーはどうも、ステアリングを握ると性格が変わるタイプらしい。
「マリー。その速度だとあたしがついていけない。きっとハイブが伏せてる、ほどほどにしてね?」
「アイアイサー!」
マリーの返事は弾んでいた。V8ブラックバードは更に小さくなっていく。アナログの塊なのに大した性能だ、素直に感心する。
「ダイゾウ、マリーと併走して。スナイピッドに狙われたら困るわ。あと、あの消える女も」
「ごばぶ……御意。決戦の地までマルグリット嬢は我が全霊で守ろう。リッパーも警戒せよ。いざいざー!」
「マリーだけかよ。俺を守ってくれるのはホルスターでお休みの相棒だけってか? か、体が潰れる――」
両腕を組んで直立不動で走るダイゾウがリッパーのバイクの隣から加速し、あっという間に消えた。マリーのモンスターカーも凄いが、ダイゾウはその上、もはや理解不能だ。
二人に遅れているリッパーだがスピードメーターは時速三百五十キロ、決して遅くはない。それでもV8ブラックバードにもダイゾウにも追いつかない。二人は一体どれだけの速度で走っているのやら。
更に十五分ほど走ると海が遠くに見えた。大陸の縁までもう幾らもない。
ハイウェイから分岐した道路に入ってすぐに、止まったV8ブラックバードとダイゾウがいた。その向こうには巨大な建造物。数十世紀前から崖にたたずむ、といった風の灰色の宗教建造物が見えた。イアラが言っていた大聖堂とやらで間違いなさそうだ。遠めだがかなり大きい。
「あれが消え女の言っていた大聖堂? オズがあそこに?」
ダイゾウに尋ねると、うむ、と一言。
「念写の座標が正しければあそこだ。それよりもリッパー、囲まれておるぞ」
「そうなの?」
リッパーは腕のハンディナビを見た。カーネルパターンが無数に明滅している。全部で百といったところだろうか。ナビにイザナミほどの性能はないのでハイブの種類までは解からないが、遠くの反応は狙撃主、ハイブ・スナイピッドだろう。大聖堂まで五キロの地点で綺麗に二重に包囲されている。が、オズはもう目の前、こんなところでモタモタしている時間は惜しい。リッパーはチョッパーバイクのキャリアからインドラ・ファイブを下ろし、梱包を解いて肩に担ぐ。
「コルト、マリー。近い奴を頼むわ。あたしはスナイピッドを仕留める。ダイゾウはディフェンス。こっちで仕留めるまでスナイピッドの狙撃から二人を守って」
「決戦は既に目の前、手早くせよ。はぁっ! 抜刀! 鳴神(なるかみ)! 雲絶(うんぜつ)! ほぉぉー……シノビファイト、雷鳥の構え!」
「俺とマリーは邪魔だったかもな?」
相棒である二挺のリボルバーを両手でスピンさせつつ、コルトがつぶやいた。
「そうね。でも、露払いくらいだったら……来たわ!」
ドン! マリーのレバーアクションライフルが吼えた。続けてコルトも発砲。遠くのハイブ二体がころげるのが見えた。リッパーはコンボイでの戦闘を思い出した。コルトがミドルレンジでマリーがロングレンジのツーマンセル。いいコンビだと思ったし、実際そうだろう。
インドラ・ファイブを焼ける路面にセットし、自分も伏せる。アスファルトの熱から体を守るために断熱仕様の寝袋を敷いてみたが、それでもジリジリと焼けるようだった。
「どこに潜んでいるのかしら……はい、見つけた、一体目。距離は、約二キロ、大した自信だこと」
光学追尾スコープを覗いているリッパーは、そこに見えるスナイピッドと会話でもしているようだった。ドン! インドラ・ファイブの咆哮でその会話は終わり、路面の端の砂が盛大に舞い上がる。
「次! そこね!」
再びのマズルブラスト。強力なリコイルがリッパーの肩を叩き、インドラ・ファイブが揺れた。自動トライポッドがずれた位置を補正するためにてくてくと歩く。リッパーはインドラ・ファイブをフルオート・マルチロックモードに切り替え、バックパックから取り出したマガジンをインドラ・ファイブの脇に並べた。
「だいたい、ハイブが数で勝負してくるのがおかしいのよ」
ドン! ドン! インドラ・ファイブが吼えるたび、光学追尾スコープのシーカーが消える。
「圧倒的な力のハイブに対して人間側が物量で対抗、これが普通でしょうに」
時計周りに姿勢を変えつつトリガーを引き、リッパーはスコープ越しにハイブ・スナイピッドに文句と翼安定徹甲電撃弾をぶつける。そのたびにスナイピッドは上半身をバラバラに飛び散らせて黙った。
ガキッ! と背後で大きな音がして、ダイゾウがシノビブレード、鳴神と雲絶を構えていた。
「リッパーよ。狙撃主はまだ片付かぬか?」
「もうすぐ、三十秒待って」
マガジンを交換してインドラ・ファイブを持ち上げ、リッパーはチョッパーバイクの反対側で再び伏せた。光学追尾スコープの倍率を一旦一倍にしてシーカーロック。反対側のスナイピッドは十体、丁度マグ一本分だった。
「コルトとマリーは?」
ドン! ドン! インドラ・ファイブが再び吼え、次々とシーカーを消していく。
「前衛が鎧の合成人間でそれに手間取っておるが、他の奴にはどうにか対応できておる。あの二人、なかなかの腕前である。はぁっ! シノビ八方手裏剣!」
ダイゾウは右手を連続して横に振り、円盤状のソーイングナイフ、八方手裏剣をマリーたちのいる方向に飛ばした。スコープで覗くと遠くのハイブ・アーマード群のそれぞれ頭部に深々と八方手裏剣が突き刺さっていた。あの頑丈なアーマードがソーイングナイフで次々と倒れていく。
リッパーがダイゾウのその腕前に感心していると、ガキッ! 再び狙撃を弾く音がした。
「はいはい、解かってるわよ。インドラ・ファイブ! マルチロック・フルバースト!」
ドン! ドン! ドン!
インドラ・ファイブの咆哮とマズルブラストは路面の砂を綺麗に払い、二キロ離れた位置に伏せるハイブ・スナイピッドを立て続けに爆発させた。ハンディナビを見ると、遠くのカーネル反応はそれで消えた。
「探知できる範囲内のスナイピッドは片付けたわよ。残すはあっちのハイブの群れね」
焼けた路面から立ち上がり、インドラ・ファイブを背負ってから腰に刺してある剣、天羽々斬を抜いた。鏡のような両刃が照りつける陽光を反射している。ブーツで路面を蹴って駆け出してすぐ、リッパーはコルトとマリーに寄った。
「お待たせの増援参上。戦況はいかが?」
「見ての通り、今にもやられそう、だっ!」
ババン! コルトの四十五口径がハイブ・ナイフエッジの両足を吹き飛ばした。転げたナイフエッジが図体の大きいハイブ・アーマードの足にぶつかる。
「リッパー! あの硬い奴がね、厄介なのよ!」
マリーがライフルを撃ちながら言った。マリーのライフルでハイブ・ネイキッドが三体、カーネルを剥き出しにして倒れる。倒れたネイキッドは路面でじたばたと四肢を動かしていた。
「解かったわ、アーマードは任せて。シノビソード、アメノハバキリとやらの切れ味、試してみましょう」
天羽々斬を両手で握り、リッパーは走る。ダイゾウの八方手裏剣で倒れたハイブ・アーマードの横にいた別のアーマードが強烈なパンチを出してきた。天羽々斬でそれを受けようと刃を向けると、アーマードの拳がするりと抜けて真っ二つになった。
「何これ? ディフェンスしようとしたのに斬れた! アーマードがバターみたい!」
言いつつアーマードの頭部に天羽々斬を振り下ろす。装甲と超硬度のカーネルを両断する手応えはゼリーか何かを斬っているようだった。横に振るともう一体のアーマードが上下に分かれ、斜めに振り上げると上半身がすとんと路面に落ちる。コルトの四十五口径リボルバー、マリーの四十四口径ライフル、リッパーのハイドラを弾く装甲だが、斬っている手応えが殆どなく切断できる。
「切れ味が凄すぎて、逆に扱い辛いわね」
愚痴をこぼしつつ両刃の剣を振り回し、アーマードを一掃した。
マリーとコルトが奮闘してくれたので残ったハイブはあと数体だった。リッパーは天羽々斬を握りなおしてネイキッドを刻み、ナイフエッジを切り払い、最後のネイキッドを斬ってから刃に付いた血を振り落とした。
「ふぅ、これでおしまい。ソードファイトは苦手だけど、アメノハバキリ、これならどうにかなりそう」
太陽に両刃をかざす。神を斬る剣、そうダイゾウが言っていた。確かにこれなら神様でも斬れそうだ。
「リッパー! 凄いのね! 硬い奴をギッタンバッタン!」
「このロングソードのお陰よ。シノビソード、アメノハバキリ。大した剣だこと」
マリーにそう返して、刃をサヤに戻した。
「相当な数のハイブだったが、ダイゾウとリッパーにかかればあっという間だな?」
コルトが溜息を付きつつリロードしていた。
「我ならばあの程度の数、十秒ぞ」
単独でスナイピッドには対応できないだろう、と言おうと思ったが止めて、リッパーはバイクに歩いた。それに習ってコルトとマリーもV8ブラックバードに乗った。ドルン! とツインカムV8エンジンが唸り声を上げる。ドルドルドル、とやかましいV8なので停止中でも通信を介さなければ会話ができない。
「オズさんが待ってるわね!」
「あの化物ハイブカップルと、円卓の騎士とやらもね」
キックペダルを蹴ってアクセルを開けてホイルスピン、V8ブラックバードも同じく白煙をもうもうと上げる。
「どう戦うのか、戦術を練らないといけないけど、その時間も惜しい。出来るならオズを連れ出して逃げる、これでもいいわ」
ブレーキレバーを離すとフロントタイヤが少し浮いてロケットスタートした。V8ブラックバードも続く。
岸壁の大聖堂までの僅か一キロのチキンレースを制したのは、シノビシューズとかいう薄いサンダルのようなものを履いたダイゾウだった。
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