第3話 節分

「誰だ。恵方巻なんか考えついたのは。ルナなんか半分食べるのにも必死だぜ。おい、喉を詰めるなよ」


 ルナは巻き寿司にかぶりつきながら、うん、うん、と頷いた。

 皆、寝室の方角を向いて無言で食べている。


「やっぱりこの光景は異様だわ」

「ごちゃごちゃ言うとらんと、はよ食べ。でないと晩御飯抜きやで」

 

 食べ終えたナオがチクリと言う。


「は~い」

「遼平兄ちゃん、わざとルナに話しかけたでしょ」

「いや、俺はまじで心配して」

「遼平、お口チャック」


 すると食べ終えたミオがクスリと笑った。


「すみませんね。ミオママにまで付き合わせてしまって」

「遼平!」


 ああ、そうでした。早く食べてしまおう。

 今日の晩飯は味気ないねえ。巻きずしは旨いんだけど、恵方を向いて1本丸々食べ終わるまで話してはいけないなんて、誰が決めたんだ。

 このあたりでこんなことしているのは家くらいなものだろう。今度ユイちゃんに訊いてみよう。

 遼平はそそくさと巻き寿司を食べた。



 

「楽しかったわ」

「ミオさんにてつどうてもろて助かった。また来てね。ヨッシー、これお夜食。都大会へ応援行くから頑張ってや」

「うん、ありがとう。ルナちゃん、また」


 バイバイと手を振り合うヨッシーとルナ。


「ルナもヨッシーに、もっと何か言うことあるだろう。頑張ってね、とか」

「それはママが言ってた」

「ルナが言うのとまた違うぞ」

「遼平兄ちゃんも違うの?」

「そりゃ違うさ」


 玄関の扉が開き、一平が帰って来た。


「何が違うって?」

「競技会で声援があるのとないのとでは違うって」

「ヨッシーの大会はみんなで応援に行くぞ。ナオさん、遅くなってごめん。もっと早く帰れるはずだったんだが」


 一平は着替えをして、手洗いうがいをすませるとダイニングテーブルについた。


「おい、今年の恵方はどっちだ」


 おい、おやじも儀式にのっとって食べるのかよ。

 寝室の方を向いて黙々と巻き寿司を食べる男の後姿は侘しいものがある。


「もう、ご馳走様?」

「うん、1本でいいな。この間まで2本くらい食べられたのに、もう無理だ」

「イチに2本くらい置いといて、顔なしさんとモンキーに持って行こうかしら」

「レイたちはもう食べたのか?」

「オトちゃんが帰ったら一緒に食べるって、自分たちの分は持って行った」


 ナオは皿を取り出した。


「バレエか、よく続いてるな」

「ママ、食器洗い機にお皿入れたよ」

「ありがとう」

「ルナもお手伝いするようになったんだなあ」


一平はお茶を飲みながらしみじみと言った。


 



 




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