第2話 新世界


「ここは……どこだ?」


 辺り一面白い空間。しかし、少し離れたところにオアシスと呼ぶべき湖が見える。

 そして、俺の目の前にあるベンチに座っている綺麗な見た目をした人間の女。


 銀色の長髪を伸ばし、赤と青、左右で色の違う目は俺を捉え、まるで王であるかのように足を組み背もたれに腕を広げている。


 ……てか、なぜ俺は人の目線にたっているのだ? この人間がでかいだけなのか、俺が縮まったのか。理由は分からないが、人と同じ目線になるのは屈辱的だ。


「ようやく出会えたね。エルガ……いや、龍之介」


「……リュウノスケ? なんだそれは」


 なにかの名称か? 少なくとも俺は聞いたことない。


「己の名すら覚えていないのか。正式な手続きなしで人としての記憶を得た代償か」


「おい、お前。さっきから何を言っている。ここはどこだ」


 俺がそう言うと、目の前の女は一瞬、目を見開き、「くくっ」と笑う。


「私を前にそのような口を聞く者がいるとはね。面白いものだ。ここは神界。我々、神が住まう世界だ」


「神、界……」


 聞けば、目の前の女は神だと言う。また、俺はクリンガ達に敗れ、殺されそうになっていたところを助けてくれたそうな。

 肉体ごとこちらに持ってくるのは不可能だったために、俺の魂だけを神界に持ち込んだと言う。


「お前……貴女の言うことは理解した。だが、己の名とはなんだ? リュウノスケとはなんだ?」


「……本当に分からないのか? 君の中に人として生きた記憶はないのか?」


「……分からない」


「どういうことかね?」


 確かに、俺には俺のものでは無い記憶がある。しかし、それは酷く断片的なもので、その記憶の持ち主の名前も、姿かたちさえも知らない。ちょっとした知識が時々頭に流れ込んでくるだけ。


 俺は心当たりのあることを話した。


「これくらいしか俺は知らない」


「そうか。まぁいい。正式な手続きをしなくとも前世の記憶を引き継げるほど君の魂は強いらしい。どうかな? 私と新しい世界を作らないかい?」


「興味無いな。俺はクリンガに負けて死ぬ。それだけだ。俺は奴と違ってドラゴンとしての誇りがある。素直に負けを認め――」


「あぁ、そういうのいらないから。私は神で君はただのドラゴン。私の言うことを聞くのは当然だよね?」


「……一理ある」


 神であることを前面に押し出されてしまったら何も言えんではないか。


「うんうん。いい心構えだよ。神に逆らっていい、良いことなんてないからね~」


 そんなことを言いながら組む足を逆にする神。


「それで? 新しい世界とやらはどんな世界なんだ?」


「生物が滅びた世界だよ」


「……生物が滅びた世界? そんなところに俺を放り込んでどうするつもりだ? それにドラゴンすらも滅んだと言うのか!?」


「わかったわかった。落ち着いて? ちゃんと話すから」


「す、すまない」


 神から聞いた話はこうだ。生物が滅んだ世界……というか星、エル・カマリは元々色々な生物が存在する星だった。

 しかし、人々の技術の発展の末、核爆弾なるものを作ってしまった。ちなみに、俺の記憶の中にも核爆弾というものはある。

 だが、魔法の力のせいで、俺の知るものよりも遥かに強大な力を持った核爆弾は世界各地で使用された。無論、人々は滅び、他の生物も滅んだ。やはりと言うべきか、かろうじて生き延びたのは生命力の強いドラゴンだ。

 しかし、ドラゴンだけ残ったところで、食料もなく、何より環境が悪いせいで、ドラゴンすら絶滅してしまった。


 今は神の力により、自然で溢れる星になり、植物は存在するが、動物が存在しない星が誕生してしまったわけだ。


「そんな世界へ最初に君に向かって欲しいんだよ」


「なんでまた」


「君が世界の調停者として、エル・カマリの平和を守って欲しい」


「拒否権は……ないよな」


「もちろんっ。あとは、君の肉体をそのままエル・カマリに送るね。君は私の眷属として強化された肉体を得ることになる。君が、新たなる世界に慣れた頃、人や他の生物を創造するよ」


「わかった」


 神ってそんなこともできるのかと思いながら了承する。「新しい世界には君しか生物が居ないから、始祖龍ってやつになるね! 世界最初の生物だよ!」などとほざきながら、うんうん、と頷いている。


「うん、物分りのいい子は好きだよ。それじゃあ行ってらっしゃい」


 そう言って俺に手をかざすと、俺の意識が遠のく。肉体はここにないのに何故か眠く……な、る。



 ◇


「ハッ」


 気がつくと森の中にいた。


「生体反応は……無しか」


 魔力探知で探ってみるも、動物がいる様子はない。


『龍之介君、聞こえるかな?』


「その声は、神か?」


『そう、私。まずは君にプレゼントを渡したくてね』


「貢物のことか?」


 貢物なら、昔、よく人の子らが俺たちドラゴンに送ってきていた。


『違うよ! まぁいいや。近くに卵、ない?』


 卵? たまご、タマゴ、たまご……。


「……6個、か?」


 辺りを見回すと、6つの卵があった。ひとつの大きさはだいたい1mくらい。まぁ俺の30分の1程度だな。卵は全て白色だが、その一つ一つに模様が刻まれている。


『そう! それ、君の子供だよ!』


 へぇ、子供か。子供、ねぇ。


「って、子供!? 俺に番はいないぞ!」


『あぁ、正確には君の遺伝子を持つ、ドラゴンの卵。私が作ったんだぁ! 君の眷属として、世界各地に派遣すると良いよ。まぁちゃんと教育はしなきゃダメだけど。彼らが育った頃に、新しい生物たちをその世界に送り込むから』


「了解した」



 ……まぁ、つまりはこの卵を温めて、孵化させ、育てればいいんだな。


 こうして、エル・カマリに来て初の任務、《我が子を孵化させる》ことに取り掛かった。

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