第21話 あかりの宣言

「見~つけた! じゃないんだよ、何これ。指名手配されてるじゃないか俺」

「指名手配か~。へへへ、いい響きだね」


 芳賀はにやにやしている。

 面白がってる場合か! ……他人にとっては面白がってる場合か。


「どういうことなんだ」

「動画の通りなんじゃないの? 助けたお礼をしたいから探してますって話。Xとかでもたまに流れてくるでしょ、そういうの。ほら、コメント欄で純粋な気持ちにファンが応えてるよ」


 芳賀と俺とがのぞき込んでいるスマホを芳賀が操作し、動画についたコメントを表示していく。


【あかりさんの誠実さ伝わってきました。必ず初期アバターを見つけます!】

【私ダンジョンで見たことある! すごいスピードで走りながらモンスターを吹き飛ばしてた!】

【あかりちゃんのためにダンジョン潜れるヤツは初期アバターを探そうぜ!】


 そんなコメントがついてた。


 思わず絶句。

 俺は静かにレベル上げとダンジョン探索したいだけなのに。

 正反対じゃないかこの状況。


 っていうかあの時コロシアムで助けた人ってあの配信者の『あかり』だったの?

 俺の知ってるあかりはロングへアーの茶髪でキャラ違ったんだが!?


 あかりCh.の他の動画のサムネを見ていくと、結構遡ったところで俺の知ってるあかりの髪型になった。俺が見てない時にイメチェンしてたのか。

 またその後の髪型髪色を変えた後の一発目の動画では、その旨を説明している。


 それによると、ダンジョン内のアイテムで髪型や髪色を変えたらしい。ゲームのスキン変更みたいなもんだな。


「なるほどダンジョン内にはそんな見た目を変えるアイテムまであるのか。それで、『あかり』は茶髪だっていう先入観持ってたからあの時は気付かなかったんだ」


 知ってるといっても動画何回か見ただけでリアルの知り合いでもなんでもないからな。ぱっと見の印象が違えば気付けないよなあ。しかしちょっぴり迂闊だったな。


「にしても見た目変えるアイテムいいな。俺も使いたいけど初期アバターじゃ使えないよな……はあ残念」


 って、今はスキン変えられないことを嘆いてるどころじゃない。


「俺でも見たことあるような有名配信者に、俺が指名手配されたってことじゃないか」

「そうだよ」


 芳賀が合いの手を入れてくる。面白半分、いや全部って顔で。


「はぁ~俺の穏やかなダンジョンライフが……ん?」


 コーヒーカップを回すハンドルをうつろに見つめることしかできない俺を、芳賀がスマホの角でつんつんとつついて画面をさらに見せる。

 今度はSNSだ。


【初期アバターってすごいんだな。あかりちゃんが滅茶苦茶強くて親切で謙虚って言ってたし】

【僕もモンスターの集団に出会って終わりかと思ってたら、風のように初期装備の人が現われ、何十匹のモンスターを倒してそのまま消えていったことあります。アイテムすら残ってなかった。アイテムも残らないほど殲滅したんだと思う。たしか錆びビルの側だった】

【俺も見たぞ、遠くだったけど、廃墟の上から落ちてくる鉄骨を支えて子猫を助けていたところを】

【マジ? めっちゃいい人じゃん。猫ちゃん好きに悪い奴はいないから初期アバター推します】


 そんな投稿があった。

 影響力でかすぎんだろ……。


 っていうか二つ目って多分レベルあげの時っぽいよな……廃墟の錆びまくった鉄骨が突き出たビルの側にモンスターがたくさんいるからレベル上げコースに入れてたし。

 その辺にまだ始めたばっかりのプレイヤーがたまたまいたんだろう。


 しかし三つ目の子猫エピソードはまったく身に覚えがないぞ。

 大人の猫を階段の上に連れて行っただけだし。鉄骨を支えるって、絶対漫画とか映画で見たエピと現実が混ざってるだろ!


「大活躍だね~。晴香が見たのだと、ドラゴンを丸焼きにして食べたっていうのもあったな~」

「くっ……情報に踊らされるな……無いだろどう考えても……!」


 他にも色々チェックしたら、情報提供や感想がそれはそれは色々ありましたとも。

 しかしその9割以上は子猫鉄骨エピみたいなガセネタだった。

 人のことをなんだと思ってるんだ。


「だいたいはガセだ、ここに書いてある情報提供」

「まーそうだよね。これ全部やってたら超人すぎるし」

「よかった……芳賀さんはわかってくれて」

「SNSの情報全部信じてたらただのアホでしょ」

「それはそう」


 しっかし、参ったなあ。

 こんなことになってるなんて。


 どうしよう……いやどうしようもないけど。

 ネットの海に一度拡散してしまったものを消すコトなんてできないのだ。


 幸いダンジョンに入れる人はごく一部だし、ダンジョンは広いから、そうそう見つかることはないというのは救いだ。

 元々俺はプレイヤーとの接触もほとんどないし、今までと同じようにプレイヤーと積極的に関わらないようにしていれば、問題はないはず。


 あかりは助けてもらったお礼がしたいっていう純粋な誠意でやってるんだろうけど、世の中ままならないものだな。


「ということになってるんだよね、初期アバターさん。大変ですねえ」


 芳賀がそう言ったけど、その呼び方、絶対面白半分だよね。


「さすがに驚いたよ。でも今まで通りひっそりやっていけば大丈夫なはずだ。プレイヤーとあまり関わらないようにして……」

「関わらないって言ってる場合じゃないけど。だって、山野が晴香達のこと追ってるし」

「あ」


 衝撃的な事実が明らかになって、あいつのことを完全に忘れてた。

 こっちはそれどころじゃないのに、面倒なヤツだなあ。


「面倒だなあって顔してるね。んでも大丈夫でしょ、だって君はこんなにつよつよ初期アバターなんでしょ?」


 そして晴香が見せてきた動画は、あかりChが投稿してたものだ。

 それにはこの前コロシアムで俺があかりを助けた時の俺がモンスターを倒す様子が映されていた。


 あの時スマホ使って配信してたのか。気づかなかったのはうかつすぎる。

 再生数は10万を超えている……ってことはこれ10万人以上に見られてるのか。やばすぎる。


 ただ角度的に顔まではよく見えないからこれが水梨創ってことまではわからないけど、服装はばっちり初期アバターだな。

 普通なら装備変えればいいけど、俺は変えられないし、もうこの烙印を背負って生きていくしかないのだ、ははっ……。


 ………………と、まあいつまでも気にしててもしかたないか。


 もう十分グチグチテンション下げたことだし、これからは前向きに行こう。今のところ実害あったわけでもないしな。

 普通にやってけばいいや。面倒なので初期アバター捜索部隊にだけ見つからないように気をつけりゃいいだけだ。


「よし、もう大丈夫。前向きに行こう、芳賀さん」

「晴香は何も後ろ向きになってないが? まーやる気出したならよかった。これだけ強くてやる気もあるなら、山野追っ払うのも楽勝だわ」

「あ、そういう話だったっけ」

「忘れんな」


 芳賀が俺の胸をスマホでぐりぐりしてくる。

 いやまあ、非常事態だったし。


「それで、なんで芳賀さんがここに?」

「あの駅からこっちの方にきたんだけど、しばらくして後から君とか山野のやつが来たの。んで山野にちらっと姿を見られて、まあ距離は離れてたから色々アトラクションとか木とかの陰を使って逃げつつ、ここを見つけて隠れられたのよ。そのままじっと隠れてたんだけど、そしたら君と山野の言い争う声が聞こえて、しばらくしたら君がいきなり入ってきたってわけ」


 なるほど。

 あの駅は結構崩れてるホームとか線路とかあったし、駅から進める先がここしかなかったのかもしれない。

 それなら三者が全員遊園地に集結したのも必然だ。


「なるほどね。合点がいったよ」

「……こんなところにいやがったのか」


 俺でも芳賀でもない声が降ってきた。


 山野が顔をひくつかせながら、コーヒーカップの中をのぞき込んでいた。

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