第20話 芳賀晴香

 これは完全に予想外の事態だった。

 隠れたところに先客がいるとは。


 そこにいたのは芳賀晴香。

 駅で決闘していて、遊園地で俺を追っている山野とパーティを組んでいた、薬を作れる女プレイヤーだ。


 特徴的な黒髪にピンクメッシュが入った姫カットの髪をしてるので、人の顔を覚えるのが苦手な俺でもすぐにわかった。

 ちなみにその顔からはあどけない雰囲気を感じる。結構年下、未成年かもしれない。かなりの色白でその目もなんとなくやる気なさげで、子供っぽさと子供らしくなさが同居している。


 ……って、今どき子供だからいつでも元気いっぱいで小麦色の肌なんてもんでもないか。昔の物語にでてくる子供のステレオタイプすぎるな、それはさすがに。


 吸い込まれそうな深いブルーの瞳で俺の目を見つめながら、芳賀は言った。


「ここ晴香が入ってるんだけど」

「知らなかったんだ、ちょっとだけここにいさせて欲しい」

「なんで?」

「追われてるから隠れてやり過ごしたいんだよ。っていうか追ってるのは君のパーティのメンバーなんだから、連帯責任で我慢して」


 芳賀はめちゃめちゃ眉間にしわを寄せた。


「うわうぜー、連帯責任とか老害やん。そもそもあいつともうパーティ組まんし、もう他人だから知らん知らん」


 やっぱりパーティ解消したらしい。

 もめるどころか崩壊である。


「山野最近調子乗りすぎだし、ダンジョンの中で鎧着たまま迫って来たのキショすぎた。ほんと無理」


 芳賀は両手で肩を抱えて震える仕草をしてみせる。


「ああ、やっぱりそういう系ね。そんなところでパーティ崩壊したんだろうなとは思った」


 まああの二人のやりとりとか雰囲気見たらそういうことだと思ったよ。

 納得して小さく頷いてる俺を見ると、芳賀はおかしそうにクククケケと笑い始めた。


「初対面の人にまでわかられてるとか、あいつ鼻息荒すぎて草」

「草生やしてる場合なのか、こんな警察も監視カメラもない場所で狙われるって結構ヤバいと思うよ実際」

「まあ……ヤバいのはそれはそうなんだけどね。だからここに隠れてたんだし。というか初期アバターも距離近くない? 足当たってるし、鼻息かかりそうだし」


 それはそうだ。

 コーヒーカップの中に人間二人がうまく収まるように身をかがめてよじっているんだ。

 距離は近いし体もあちこち触れる。手がしっとりさらさらの髪に当たったり、お互いの足がクロスしたりするのは仕方がない。


「そう言われても狭いんだからしかたない。お互い様、俺だって離れられるなら離れたいけどさ」

「後から入ってきたヤツが言うことかなお互い様って~。でもじゃあさ、あいつぶっ飛ばせばいいじゃん。山野のことボコボコのボコにしちゃっていいよ。晴香が許す!」

「ボコれって言われてもなあ」


 避けられる戦いは無理にやりたくないので渋っていると、俺の胸をドンドンドンドンと芳賀が叩いてくる。


「なんで俺の心のドアを開こうとしてるの」

「何それ、誰も開きたくないっての。そうじゃなくてさ、バカ強いんでしょ? 初期アバターって」

「なんでそんな風に思うんだ? 初期装備の奴を見たら普通弱いって思うと思うけど」

「だって、ほら」


 芳賀は自分のスマホの画面を俺に見せる。

 そこではとある動画サイトの動画が再生されていた。


【大切なお願い】――あかりCh


 画面にはダンジョンのどこかの廃ビルの中で正面を見ている女が映っている。


 ……って!


「これ、この前俺が助けた?!」

「やっぱり~、覚えあるんだ」


 芳賀がにやりと笑うが、返事をしている余裕もなく、俺は動画が再生されているスマホ画面を食い入るように見た。


『この動画を見ている人に頼みたいことがあるんです』


 動画では最初のお決まりの挨拶をした後、動画の女――つまり俺がモンスター達のいるコロシアムで助けた、銀髪ツインテ女魔法剣士のが本題に入った。


『私は先日ダンジョンの中でピンチになりました。詳しいことを言っていいのか迷っているのですが、普通にモンスターにやられてライフが0になる以上の危険事態になっていたんです』


 モンスターにやられてライフが0になる以上のこと?

 普通にモンスターにやられかけてたようにしか思ってなかったけど、実はそれ以外にも何かあったのか?


 疑問に思ったが、動画はそこは深掘りせずに話を進める。


『異常事態が起きて、死の恐怖を感じていた私を他のプレイヤーが助けてくれました。ここには誰も来れない、来てもこんな大勢のモンスターを倒せるわけないと思った時に、その方は現れ、ダンジョン第三階層の中でも特に強いモンスター100体を一瞬で蹴散らしんです。助けてくれたお礼をしないといけないと思っていたのに、その方は名乗らず礼もいらないと言ってすぐダンジョンの奥へと消えていきました』


 そこまで話したところで、動画の右半分に白シャツ黒パンツの一般人Aみたいな画像が表示された。


 俺じゃん。


『この方です。その時動画の配信もしていたので、アーカイブ動画も残っています。動画の概要欄から見られるので、実際の動く様子はそちらで確認していただけたらと思います。ダンジョンに関する動画を見てる人ならわかると思いますが、この格好はダンジョンに入った時の姿のまま、初期アバターの姿です。それでいて強力なモンスターを倒す離れ業をしたんです。きっと、今もダンジョンの中で初期アバターとして探索をしていると思いますので、見かけたら情報提供お願いします』


 話していた女魔法剣士は礼儀正しく一礼をして、動画は終わった。

 正確にはチャンネル登録と高評価を最後にちょろっと促してた。プロだな。


 って、プロとかどうでもいいんだよ!


「なんだこれ!?」

「初期アバター見~つけた!」

 

 俺の反応を見て嬉しそうに芳賀が指さしてきた。

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