第19話 ナイト・アミューズメント・パーク

 トンネルを出て見えたのは観覧車。

 ということは、そこにあるのは遊園地。


 そう、線路は廃園した遊園地へと続いていた。


「遊園地の廃墟まであるとはね」


 当然、行ってみるしかないでしょう。

 俺は遊園地の入場ゲートへと向かった。


 入場ゲートの周りには花壇があり、手入れをされていないために花壇の外まで枝葉が伸び放題で花が無秩序に咲き乱れて、激しい風景になっている。

 きれいだけれど遊園地にしては少々野性的すぎる。


 そして入場ゲートには切符を切る人はいないので、年間どころか一生フリーパス状態。遠慮なく中に入らせてもらう。


 中に入るとまさに遊園地。

 入ってすぐのところには広場があり、そこから道が各方面に伸びていて、ジェットコースターの骨組みや観覧車が見えている。


 だがもちろんここはダンジョン第一階層『廃墟都市』。普通の遊園地とは違い滅びた廃遊園地だ。園内の花壇もかわいく楽しい雰囲気よりも野性的で、多くの人々が通ったであろう石畳の隙間から雑草が伸び、中には石畳を突き破る大木や低木まである。

 お土産屋は荒れ果てていて、ぬいぐるみが地面に転がっているし、ジェットコースターのコースはさびた色をしている。


「だがそれがいい」


 荒廃した遊園地ってワクワクする。

 なんというか、普通の荒廃した場所よりさらに不気味な感じがするんだよな。

 本来明るくて楽しい場所で陽気な音楽が流れているはずなのに、荒んでいるギャップがいい。

 この虚しさ漂う空気がいいんだよなと思いながら、遊園地を散歩してチルい時間をしばし過ごす。


 無目的にしばらく散策した後は、あのジェットコースターに向かってみることにした。大きくて目立つし……っと、モンスターもしっかりいるのね。


 それは熊のぬいぐるみのような見た目だけど、爪と歯はぬいぐるみじゃなく、実際の鋭く固いものになっていて、なんか血で染まったみたいに赤い。


「ホラーゲームにありがちあなかわいいマスコットに不気味なことさせてみましたって感じのモンスターだな。しかし!」


 俺はパンチをして熊のぬいぐるみ系モンスターを殴り倒した。

 これはホラーゲームではないので、こういうモンスターから逃げ回る必要はなく、力で倒せるのだ。


 第一階層のモンスターなので不気味でもそんなに強いわけではない。

 俺は時折襲いかかってくる着ぐるみ型モンスターを倒しつつ、遊園地を観光していく。


 ジェットコースター、メリーゴーラウンド、なんか催し物に使うのであろうステージなどを見て回り、水しぶきが勢いよく飛び散りそうな筏型のアトラクションに近づいたら魚のモンスターが飛び跳ねて襲いかかってくるという新型アトラクションを楽しんだりして、遊園地ダンジョンを俺は進んでいく。


 そうしているうちに日が暮れて夜の闇が遊園地に広がった。

 そうなるとさらに物寂しさが増し、物寂しさとは裏腹に俺のテンションは盛り上がらざるを得ない。


「ここ好きだな~、滅んだ楽しい場所っていう雰囲気がいいし、変わったものも色々あって面白い。第一階層で一番好きかも」


 いいなあ、ここ。

 こういうところで毎日一人寂しく携帯食料を食べて静かに虚無の風に吹かれたい。


 そう思いながら俺は夜の遊園地の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 まさにその時だった。


「どこにいやがる!? 芳賀!?」


 そんな空気を台無しにする怒声が響いた。


(げ、この声は……)


 ベンチから声の方へ顔を向けると……いたのは山野だ。


「芳賀ァ! もう守ってくれるナイト様はいねぇぞ! 口だけで全然たいしたことなかった! だから俺に媚びろよ! 隠れてないで!」


 なんかめっちゃキマってるなハイすぎるだろあいつ。

 しかしあの魔法使いの人じゃなくこっちの剣士っぽい奴がここにいるってことは、あの二人の戦いはこっちの山野の勝ちだったのか。


「ん? ……てめぇがなんでここにいるんだ?」


 と思っていたら、山野が俺に気づいた。


「普通にダンジョンを攻略してたらここにたどりついただけだよ」

「そうか……そういやお前、あの時見てたよな? 俺とあの雑魚がやりあうの」

「それはまあ、チラッとね」

「そうか……じゃあ……死ねよ!」


 山野はいきなり懐からナイフを取り出し投げつけてきた。

 俺が間一髪でベンチから飛び退きナイフをかわすと、色がはげた水色のベンチにナイフが小気味いい音を立てて突き刺さる。


「いきなり何を」

「てめぇは俺が戦うのを見たんだろ? じゃあ俺が何をやったのかも見てたってわけだ。手の内を言いふらされたら困るんだよ。まあ初期装備のままの初心者にはわかんねえかもしれないけどなぁ!」

「それは杞憂しすぎだ。俺はそんなこと言いふらしたりしない」

「初対面の馬鹿の言葉を信じるより、痛めつけて思い知らせる方が確実だろうが! 死ね!」


 それはそうかもしれないが、と言い返しても聞かないか。

 そもそも切り札らしきものを俺は見てないんだが、決闘でアドレナリンどばどば出てる状態のあいつが冷静にそれに気付くのは無理かな。


 となれば……やるか。


 俺は構えを取った。


 ――走り出す構えを。


「あっ、てめぇ!?」


 一目散に走り去る俺の背に、山野の怒声が聞こえる。


「逃げんのかチキンがよぉ!」


 山野が喚くが、挑発に乗るつもりはない。

 あの大戸との戦闘、大戸の魔術の方が優勢だったのに蓋を開けたら勝ったのは山野だった。つまり奴は未知の一発逆転の切り札を持ってるってことだ。

 

 安全第一ダンジョン主義の俺が、そんなリスクに突っ込むわけがないよね。どうしてもやらなきゃいけないならやるけど、戦わずに済むなら戦わないのが一番。

 

 というわけで、ここは走って戦略的撤退だ。


 しばらく遊園地内を爆走すると、山野の姿は見えなくなった。


 まったく、ヤバい奴に絡まれると困るよ。

 しかしどうしようか、この遊園地お気に入りだけど、あんな奴がいたら落ち着いて過ごせないよなあ。


「出てきやがれ! チキン野郎の馬鹿! それと芳賀!」


 いったんは引き離したけど、歩いていたらまた山野の声が聞こえてきた。

 一度俺を見失った山野は俺を探索中のようだ。それとあの三人組の紅一点、芳賀も。


 うーん、うまく撒きたいところだが……。


 俺は周囲を観察し作戦を考える。

 と、ちょうどコーヒーカップのアトラクションが視界に入った。

 

「これ使えそうだな。追いかけられて逃げるよりも、いったん隠れてやり過ごして、それからあいつがやって来た方向へ行けばいいんだ。一度探索した場所は盲点になるから、うまく俺を見失わせられるぞ」


 思いついたが吉日。

 俺は近くにあったコーヒーカップの中に素早く飛び込み身をかがめる!


「みゃっ!」


 同時に、コーヒーカップの中から声がした……え?


「あ、君は」

「あーっ、おまえは」


 コーヒーカップの中には先客がいた。

 それは、三人組の紅一点、軽装の薬女。


「芳賀さん?」

「初期アバターじゃん」


 驚いたような、それでいてどこかわくわくしているような目で、俺を見つめる先客。

 狭いコーヒーカップの中で、俺と芳賀晴香は顔をつきあわせる奇妙な事態になっていた。

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