第15話 穏やかな日々の終わり

 公園を歩いていたら聞こえた声。

 その出所の方向に目を向けると、公園の木々の合間に人影を見つけた。

 鎧を着た重装備の男が一人、魔法の紋様が描かれた服を着た軽装の男女が一人ずつ計三人がいる。


 ひとまず俺はその三人組を茂みの陰から観察することにした。


 大きな声を出したのは鎧を着ている髪型マッシュの男らしい。

 言われたのはファンタジーの錬金術士がいかにも着てそうな服装のの女。髪は姫カットで黒とピンクのメッシュだ。


 女はスマホをイジって青いポーションの瓶を出して男に渡す。

 だが男はしかし首を横に振った。


「ハルカちゃんに飲ませて欲しい~~」

「だっる……」


 女は面倒くさそうにポーションを投げた。

 男はあわてて落とさないようにキャッチするが、不服そうだ。


「はぁ、それくらいサービスしてくれてもいいだろ? 初心者のお前に色々教えてやってレベル上げてやったの誰だと思ってんだ?」

「頼んだの私じゃないし。そっちから言ってきたんじゃん」

「ンだよソの態度」

「まあまあ、そんな喧嘩腰にならないでよ、山野やまの。薬塗るとか塗らないとかそんなことでさ」


 言い争う鎧男と薬女を、軽装の男がいさめようと手を伸ばした。

 だが山野と呼ばれた鎧男はその手を払いのける。


「うっせーないい子ぶってんじゃねえよ! ぶっ殺すぞ! ……あぁ~なるほど、好感度稼いでこいつとワンチャン狙ってんじゃねーの? お前さぁ」

「なっ! 何言ってるんだよ山野!」

「ん~? 焦るとこが怪しいでちゅね~。図星なんじゃねぇ~のぉ~?」

「……いい加減にしろよ」


 山野と軽装男が一触即発になる。

 お互い肩をガシガシとぶつけあって、もうすぐにでも手も出そうだ。


「こいつらダッル……」


 薬女は眉間に皺を寄せ、その場からすっと離れると、木の根に座ってスマホをイジり続ける。今度はダンジョンアプリじゃなく、単に暇つぶしのようだ。


「俺もこの場から離れることにしようか。関わってもいいことなさそうな連中だし。絶対友好的に接してくれないだろう、特に山野ってやつ」


 ダンジョンアプリ【エリアN】が誰に配信されたかっていうのはランダムだ。

 世界中からランダムに選ばれた少数の人のスマホにアプリがインストールされ、ダンジョンに入る権利を与えられた。


 当時俺は高校生だったけれど、ダンジョンアプリがスマホにインストールされたのは、学校で3人だけだったな。それでも割合としてはむしろ多い方だったらしい。


 そんな少数かつランダムなので、リアルでの信頼できる友人知人と協力してダンジョンを攻略するというのは難しい。

 なので他人と協力するならダンジョン内で会った初対面の人とやるしかないのだが、これもまた難しい。


 ダンジョン内では社会の監視の目もない、警察もいない、強力な武器を皆が手にしている、そして大金も絡む。

 この状況では、他のプレイヤーと迂闊に絡むのは結構なリスクというのは想像できると思う。実際、ダンジョンが現われてから今に至るまで、その手のトラブルの話は枚挙にいとまが無い。


 実際目の前の三人組も一緒に行動してる仲間なのにギスってるし。


「やはり信じられるのは絆の力より己の力よ。少なくとも彼らと絡むのはリスクにしか見えないし、退散しよう」


 変な奴らが初期アバターを探してるのもなんか気持ち悪いし、今は人と絡まないのが得策だ、と俺は3人を避けて別の場所へ行こうとした……が。


「……てか、あそこに誰かいない?」


 薬女が、俺の方を指差した。


 げ。


 他の男二人もこっちに顔を向けてきた。


 まいったな、あんな喧嘩っ早い奴に見つかりたくない。トラブルのもとにしかならないのは明白だ。


(どうする? 隠れる? いやそれも不自然だ、もう見つかってるんだから。こうなったら――)


 ごく普通に歩くことにしよう。

 特に3人組を気にする様子もない感じで、マイペースに歩くんだ。


「んー? ああ、なんかいるな」


 その声が聞こえてから、初めて気付いたかのように振り向いて会釈する。

 特に関わらずお互いのやることをやろうという合図だ。


 ……それが伝わったのかどうか、山野と呼ばれていた鎧男は唇の端を歪めて笑いを浮かべると、俺から目をそらした。


「あんなん構うだけ時間の無駄だろ! 見たか奴の格好、初期アバターのまんまじゃねーか。ビギナーもビギナー。役に立つものも情報もなんも持ってねえ雑魚だろ!」

「たしかにそうだな。関わっても意味はなさそうだ」


 軽装男も同意する。

 いっぽう薬女は山野が喋る前からもうスマホの画面に興味は移っていて、逆に興味なさ過ぎだろうって言いたくなるくらいの態度。

 お前のせいで無駄に心拍数上がったんだぞこっちは。


(まあ、全員興味がないなら好都合だ)


 山野って奴なんか、わざと俺に聞こえるように大きい声でバカにしたようなこと言ってるけど、それならそれで利用するだけの話。

 変に絡まれる前に、相手にせず速やかに立ち去らせてもらおう。


 俺は足どりを速め、その場をあとにした。


 *************


 薬女――芳賀はが晴香はるかは、はっとスマホから顔をあげた。

 目を大きく開き周囲を探り、立ち上がってさっきまで水梨がいた場所へ走り後を追いかけようとする。


「……もういなくなってる、足はや。でも、さっきの格好って、それって……」


 芳賀晴香はスマホの画面に目を落とした。

 そこでは動画が再生されている。


「どうしたんだ?」


 鎧男、山野が晴香の肩に手を置きながら尋ねた。


「別に。なんでもない」


 だが芳賀晴香は気のない返事をして、さっきの定位置に戻りスマホを俯いて見る体勢に戻る。視線だけは水梨が消えた方へと向けたまま。


「あいつ、まさか……」


 スマホでは、動画が続いている。

 タイトルと投稿者名にはこう書いてあった。


『動画を見てくれる皆に大切なお願い/あかりCh.』


 *************

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