第8話 自宅という名の

 地下空間でのスライム狩りを一ヶ月半ほど続けていたある日。

 俺はその日も狩りを終えてこの世界へと戻って来た。


「んーっ、疲れたーっ」


 俺は自宅アパートのベッドにうつ向けに倒れ込んだ。


 俺の住む1Kアパートの部屋にはノートパソコンが置いてある机とベッドがあるくらいで、あとはたいしたものはない。雑多なものが入ったカラーボックスとか、服とか、通販の段ボールが中身入ったまま置いてあるくらいだ。


 ただ、あまり何があっても関係ないかもしれない。

 今は一日の大半を仕事場とダンジョンのどちらかで過ごしていて家にはいないし。


 それに家にいるときも。


「あ、冷蔵庫の中からっぽだ。買い物行かないと」


 ほぼ初期アバターみたいな部屋着から着替えて、近所のスーパーへと徒歩で向かった。

 リセマラが終わった時はまだ春になったばかりで涼しかったけど、レベル上げてる間に初夏になり、今では暑い日はかなり暑い。今も半袖だ。


 俺が初期アバターでレベルを上げている間に季節は移っていたのだ。

 そんな季節が移る間に俺がしていた生活リズムは、昼は勤めている会社で働き、晩はダンジョンに行きレベル上げ。

 ある意味ダブルワークみたいな生活は最初はしんどかったけれど、しばらく続けるとなんだかんだで慣れてきた。


 毎日やってるおかげでレベルアップも進んでいるし、どんどん強くなっていくと、やっぱり楽しい。疲れは前より睡眠が深くなったことでカバーできるようになった。ベッドに入ったら朝までぐっすりよ。体を動かすようになったからかな。


 昔はベッドの中でスマホを見続けて夜更かししちゃったりしてたからな~。たとえばダンジョン関連の動画とか配信なんか見たりして。


 ダンジョン攻略の様子をストリーム配信している専業配信者がそこそこいるんだ。そんな風にダンジョンを活用してる人もいる。人間環境に適応して色々考えるものだと思う。

 まあ、俺がダンジョン攻略しながら軽妙なトークをするなんてのはどう考えても無理なんで、俺にはそういう活用法はできるわけないけど。


 とまあ、そんな日々の英気を養うための夕食をスーパーで確保して、俺は家へと帰って来た。

 買ったばかりの焼き肉弁当とコーンサラダを食べつつ、俺はダンジョンへの決意をあらたにする。


「うまい。あのスーパーの惣菜、当たり率90%はあるね」




 翌日。

 俺は朝からダンジョンに入り、いつもの場所でレベル上げを開始する。


 だが、その日、ついに”それ”が起きてしまった。


「成長が――止まった」


 地下空間でのスライム狩りを一ヶ月ほど続けて、ついにまったくレベルが上がらない状態になった。


「まあ、今回は結構長く狩れた方か。それに、狩る時間も『諸事情』で長くなったもんな。上限に達するのもしかたなし」

 

 前の脚魚や、闇落ちキッ○ロなど地上のモンスターはもっと短くて、10日も狩ったらレベルが上がらなくなっていたけど、今回はかなり粘れた。

 ということはこの電撃スライムは、地上のモンスターより相当経験値の多いモンスターだったということになるな。


「強さはそこまででもなかったしメタルスライム的な奴だったのかもな。見つけられてラッキー。じゃあさらに奥まで行って新たな稼ぎを探そう」


 俺は新たな敵を求めて地下空間をさらに奥に進んでいった。


 奥に行くと今度は別のモンスターがいた。

 それはパキケファロサウルスのように猛烈な頭突きで攻撃してくるオオトカゲだったが、【アーマー】スキルがかなり育っていたこともあり、大きなダメージを受けることなく倒して稼いだ。


 またしばらくすると成長が止まり、そうしたらさらに奥へ行き別のモンスターを倒して稼ぐ。

 そうやって地上と同じように繰り返して、俺は経験値を稼ぎ続ける。


 やがて地下空間のモンスターを一通り狩り、もうどれを倒してもレベルが上がらなくなった頃には、俺は地下空間全域を探索し尽くしていた。


「これでここは終わりか? そろそろ新しい稼ぎコースを探さないとだなあ。しかしこんなダンジョンの隠しエリアがあるなんて、動画でも見たことなかったな――」


 未知のエリアを自力で見つけられたのは嬉しい。上がる。


 地上の入り口が初期状態で戦うような弱い敵しかいないところにあるから、駆け抜けて行く人が多いのかもな。だからインターネットの情報にも出てこなかったと。


 そんなネットの情報にはもちろん、動画や配信もある。 

 ダンジョンで動画を撮ることも可能なので、ダンジョン内の様子を動画にして動画サイトに投稿する人も当然いたし、生配信する人もいることは前にも言った通り。

 それらは最初は未知のダンジョンってだけで再生数が凄いことになっていた……が、しかし徐々に減っていき五年たった今では生き残りは少ない。


 ダンジョンの難易度が高いことが原因の一つだった。


 そう簡単に先に進めないため、同じようなマップや、同じようなモンスターとの戦いがずっと続いてしまい、最初は珍しさで見ていた人も飽きて見なくなってしまったのだ。


『ダンジョンマスターKUN』という人のダンジョン散歩動画なんかは初期は1000万再生を連発していたのに、3年経つと1000再生がやっとで、去年にはついに失踪してしまった。世の中って厳しい。


 そんな中でも今でも少数の配信者は生き残っている。

 そういう人はダンジョンの物珍しさ以外の武器を持っていた人だ。

 面白いとか、編集が魅力的とか、企画屋とか、かわいいとか格好いいとか。

 つまりはダンジョン以外の題材でも生き残れそうな人達なんだな、結局は。


 その数人の中でも一際人気があるのが、『あかりchannnel』、某動画配信サイトの登録者数252万人を誇る人気配信者だ。


 配信者『あかり』は栗色のロングヘアーに、口調や所作は清楚な雰囲気、メイクも落ち着いていて、そこが清楚好きの男性からの人気が出るタイプ。

 ……なんだが、ダンジョンで着用する防具は結構露出度が高かったりするギャップがあり、さらに男性人気が高まっている配信者。


 最近はしばらく見てなかったけど、俺が最後に見た時は第二階層の奥地にいて、もうすぐ第三階層につくというところだった。つまりは結構しっかりと攻略していて、そこがまた人気の元でもある。


『浅瀬でかわいくチャプチャプしてるだけの配信者とは違うんだよね、あかりんは』


 ――とあかリス(あかりchannnelの視聴者の通称)はよく言っていたけど、それもまた術中にはまってると思うのは俺だけだろうか?


 まあ実際、ビジュ強すぎるし、声もかわいいし、ダンジョン耐久24時間配信とかやったりするし、人気があるのもわかる。会社の先輩にもあかリスがいたしな。

 それにクラス【魔法剣士】で、雷の剣で水の精の弱点をついたり、氷の剣で溶岩のモンスターを凍てつかせたりと戦い方に華があってよかったな。


「ああいう戦いってやっぱりいいよなあ、ただ初期装備で殴るだけの初期アバターにはできない芸当だな……ハハッ……あれ、ここ、何かある?」


 真っ暗闇で見えない床に一部分だけ、取り外しできるようになっているところがあった。

 はずしてハシゴを降ろした先には、台座があった。


 ダンジョンの入り口にあったのと同じ台座。

 しかし、両サイドのモノリスが白ではなく黒。


 色が違うってことは、現実に戻る台座ではないと思う。ということはダンジョンの別の場所に行く台座じゃないか。


「別の場所か……」


 この場所のモンスター全てが経験値入らなくなるくらいまでレベルを上げたんだから、この場所と繋がっている場所のモンスターとも十分戦えるレベルにはなってるだろう。

 次のダンジョンは今のダンジョンよりもワンランクだけ強い敵が出てくるのが基本だし。


「ワンランク上のレベル上げをやりにいこう。倒せるモンスターも増えてきたけど、まだまだもっと強くならなきゃ安全とは言い切れないからね」


 俺は台座の上に立った。

 スポットライトのような光が俺に降り注ぎ景色が歪んでいく――。

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