第9話 あかりCh

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「あそこに誰かいるみたい――前方の人物にロックオン。追尾開始!」


 あかりチャンネルの配信者『あかり』がよく通る声で言うと、彼女の背後からドローンのように浮遊して動画を映していたスマホが、前方へと素早く移動していった。


 彼女は現在、いつものようにダンジョン攻略の様子を配信している最中であり、ダンジョン第二階層【火山地帯】の一角、無数の小火口から立ち上る煙と雲が混じり合い、雷鳴が絶えず聞こえてくる雷の巣を探索中に、気になる人影を見つけたところだった。


 ryo:雷の中のあかりんもかわいい

 piyo-n:ああかわいい銀ツインテのあかりんもかわいい。あ、あかりんが画面から消えていくぅ涙

 keruberosu:遠いけど前の人モンスターと戦ってるっぽい?


 リアルタイムで配信中の動画には、視聴者が思い思いのコメントをつけている。


 あかりは肩や背中が露出している動きやすく扇情的な防具――しかし魔法の力で防御力や属性耐性は全身上がっている貴重なもの――を着ているが、そんなあかりのビジュアルをもっと見たい視聴者には嘆息している者もいるようだ。


 そしてpiyo-nが言っているように、あかりは髪型が青みがかった銀色のツインテールになっている。これはダンジョンで見つけた髪型を変えるアイテム――いわばゲームのスキンのようなもの――を使って、以前と変えたためだ。


 好意的なコメントを見ながら、あかりはダンジョン内で配信するときの髪を変えた時のことを思い出した。


(私の研究によると、ファンタジーのキャラクターと銀髪は相性がいい。特に青みがかった銀髪のキャラは人気が出るし、細くて下にストンと落ちるツインテールは今のトレンドにあってる。このチェンジで登録者は増えるはず)


 実際、登録者の伸びはよくなり、動画の再生数も増えている。サムネが映えるようになった効果だとあかりは考えている。


(計算通り『あかり』を演出できてるわね。さて、それじゃあさらに理想の『あかり』を人気者にしていこうっと。ダンジョン内で困っている人を助けるところをリスナーさんにしっかり見せましょうねと)


 あかりは撮影用と操作用の二つのスマホを持ち歩いているが、手元にある操作用のスマホで、配信されている映像と配信についたコメントとを確認しながら前進する。


「ピンチの人を放っておけないよね。あの人に近づいてみるね! ……【アイシクル・エッジ】!」


 遠くに見える他プレイヤーまでの間にはモンスターもいるので、魔法剣で応戦する。剣を振るうと鋭い氷柱がオオトカゲのモンスターに向かって飛んでいきいくつも突き刺さって撃破する。


 その間、前方に飛ばしたスマホは例の人影の位置まで行きその姿を映し始めた。


 それは額を出している中年男性のプレイヤーで、槍を装備した【騎士】だった。


「くっ、ライトニングスライムだと!? 炎以外のモンスターもいるなんて……まずい! 逃げなければ!」


 そこにいたのは、黄色く発光するスライム――水梨が地下空洞で見たあのモンスターだった。正式名称をライトニングスライムというそれを見た男性は逃げようとするが、スライムは体を捻り――。


「うぁっ!」


 電撃を放った。

 電撃は男性に命中し、体を痺れさせ硬直させる。

 スライムの体のねじれは水梨が戦った時と同じくいったんほどける――が、槍男の体はまだ痺れて動けない。水梨よりも麻痺からの回復が遅い。


 そしてスライムは再び体を捻る。

 だが槍男はまだ痺れて動けない。

 

「ま、まてっ、まだ体が痺――ぐああああっ!」


 そして電撃を放ち、槍騎士は電撃を受けて体が麻痺して動けなくなる。

 なんとか身をよじり、とりおとしてしまった槍に手を伸ばすが、掴む瞬間、またスライムから電撃が来て動きが止まってしまう。


 その様子が、スマホで撮影され生配信されていた。


ryu:やば、完全にパターン入っちゃった

paripishibai:前もこれで麻痺ハメさせられてた人いたな、ヤバいんだよねこのライトニングスライム。電撃麻痺から回復する前に攻撃されると延々動き止められるから。

schan555:てかマジでヤバくない?このままじゃオッサンやられちゃうよあかりん!


「うん、急いで行く! ……大丈夫ですか!?」


 槍男を映していた配信画面に栗色のロングヘアーをなびかせながら駆け寄る真剣な表情のあかりが映る。――と思った直後には槍男に電撃を放った直後で体をほどいているスライムに、氷の剣で斬りかかった。


ryu:間に合った! さすがあかりん! 最前線プレイヤー!

oudon:かわいい……!

bibitto1234:運がよかったなオッサン、あかりが近くにいてくれて。ライトニングスライムと一人で戦うのはヤバいって勉強になったでしょ。感電ハメされるから2対1以上で戦わないと。それにしてもあかりは美しい……。


 パァンとスライムははじけ飛び、痺れから立ち直った槍男はあかりに礼を言う。


「あ、ありがとう。危ないところだった……。もうライフが尽きそうになっていたんだ、あのままやられてしまうかと……」


 【エリアN】のダンジョン内では、そのプレイヤーの生命力が可視化される。ダンジョンアプリでは【ライフ】と表記される。ダンジョン外の通常の世界に比べると人体は損傷に強くなっていて、少しのことでは切り刻まれたり砕けたりはしないが、ダメージは【ライフ】の減少としてキッチリ受けている。


 この槍男は、かなりのダメージを受けて【ライフ】があと僅かまで減っていたらしい。


「いえ、困った時はお互い様ですよ。同じダンジョンを攻略してる仲間ですしね。間に合ってよかったです」


 そう言ってあかりはにこりと笑いかけるのだった。




 その後あかりが安全な帰り道を槍男に教えると、槍男は頭を下げ下げそちらへと行った。残ったあかりはというと、さらなるダンジョンの奥へと向かって行く。


ryu:やっぱりあかりんは女神だ

XKARKX:私はあかりの笑顔に救われました 彼もまたあかりに救われました:)


 人助けが一段楽つくと、あかりはコメントに対して応える。


「無事に助けられてよかったよ。さて、それじゃあここに第三階層にアクセスできる黒の台座があるはず。気合い入れて探していきましょい!」

(よしよし、いい感じのコメントの反応ね。あの人助けてよかった。誰か切り抜き動画も作って広めてね、頼んだからね)


 再び彼女の背後を追尾するモードにした撮影用スマホの方を向いてぐっと拳を掲げて気合いを見せると、あかりは火山地帯を進んで行く。


ryu:あかりちゃん頑張れー!

oudon:かわいい……!

gitogito:ぐっ助かる


 コメントも湧いている中、あかりは周囲を警戒しながら進んで行く。


「ここは前も来たことがあるけど、やっぱり難しいところだよね。煙と雲で見にくいし、雷がすごいバリバリいってるから音も聞こえにくいし。何かあったら皆、教えてねー」


gitogito:了解!

oudon:かわいい……!


 あかりは慎重かつ大胆に進んで行く。

 途中ガスの塊のモンスターなどが現われたが、魔法剣で一刀両断に倒す。


 もともと、第二階層はすでに十分攻略できる腕前はあるが、二層から三層へ行くための未知のアクセスポイントを探し(階層を繋ぐ台座は複数あり、それぞれ繋がる場所が異なっている)、三層の中の未知の領域に行くために二層の火山地帯に戻ってきている。なので、基本的にはここのモンスターは問題ない。


「あ、あったよ皆ー。黒い台座! それじゃあ、三層にいこ!」


oudon:かわいい……!

ryu:あかりちゃんなら三層の行ったことない場所でも余裕! ヒーローみたいにさっきのおじさんみたいな人を助けるのも余裕!


「あはは、ありがとー! 新しい場所でも頑張るよ~~↑」


 明るく言ったあかりは、前を向きスマホの画角から顔を外した。


 ……だが画面に映らなくなったあかりの顔は、憂いを帯びた表情を見せていた。


(助ける……か。モンスターに襲われてる人助けることはそこそこあるけど……そのシーンの動画が切り抜かれてバズって登録者伸びて美味しいけど……。でも、逆に私を助けてくれる人っているのかな)


 ふと不安になる。

 三層を攻略中の人はそう多くない、自分は結構な攻略の前線にいる。

 その自分のピンチに駆けつけてくれるヒーローはいるのだろうか?


 ……答えはわかりきっているが、しかし、ずっと同じことをしていては先には進めない。数字も伸ばせない。


(再生数や登録者数が増えて、動画についた応援するコメント見て、エゴサしてSNSで私が好きっていう投稿見て。その快感を知ったら、そしてそれが得られない時の不安を知ったら、止まれるわけないんだよね) 


 あかりは内心を表情には出さず、「それじゃあいくぞー! 新世界へ!」と自分を励ますように明るくリスナー達に呼びかける。


 そして、彼女は黒の台座の上に立った。

 スポットライトのような光が彼女と配信画面に降り注ぎ景色が歪んでいく――。

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