第3話 安全・安心な暮らしを求めて
モンスターを倒して手に入れたドロップアイテムがクラス【初期アバター】の効果で経験値に変換された。
だから、脚魚を倒した時じゃなくてドロップした鱗が消えた時にレベルアップしたということがわかった。
「デメリットは大きいけど、アイテムが運良くドロップしたらレベルが早く上がるメリットはちゃんとあるんだな。ただ、アイテムも装備もなしでダンジョンを攻略しなきゃならないっていうなら、相当苦戦しそうだ」
先攻プレイヤーが発信している情報によると、装備での強化幅はかなり大きい。多少レベルが高いくらいでは武器も防具もない不利の方が大きいだろう。
どんどんダンジョンを先に進むのではなく、十分に経験値稼ぎしてから進むべきだな。
このダンジョンを探索する者は、【エリアN】のアプリの表記に従ってプレイヤーと呼ばれているが、ゲームをプレイしているわけではない。
VRではなく、本当に俺達の体は未知の場所にあるダンジョンに転送されている。他のプレイヤーが検証したところによると、アプリを起動すると元いた場所からその人の姿は消える。
つまりここにあるのは本物の俺の体だから、不用意に傷つけるのはまずい。ライフが0になれば、それ相応の報いを受けることになるのだから。
「だから経験値はしっかりと稼ごう。そうすればきっとなんとかなるはず。制作者を信じるなら、ちゃんと攻略可能なようにバランスはとってくれているはず。……信じられるなら」
このアプリとダンジョンの制作者――それはいまだに謎に包まれている。
不特定多数のスマホに勝手にアプリを強制インストールする。ダンジョンを作る。人間を自在に転送する。
こんな神業をから、超科学力をもった宇宙人とか、異次元の異世界の存在とか、神の啓示だとか色々言われたが、誰がなんの目的でやったのかいまだに明らかではない。
だが少なくとも、現代の人類の科学技術をはるかに超えた能力を持つ存在であることだけは間違いない。
俺は宇宙人説を支持しているが、このダンジョンを攻略したいと思ってるのは、もしかしたらダンジョンをクリアしたら正体がわかったりするんじゃないかっていう好奇心もある。
宇宙人が作ったならバランスとれてないクソゲーの可能性もあるが……【クラス】システムや、序盤のモンスターはしっかり弱いというセオリーなど、地球のゲームの常識を知っている感じはするから、きっと大丈夫だろう。
「いずれにせよまずは経験値稼ぎだな。バランスが取れてるなら稼げば強くなれるし、バランスが取れてないなら稼がなきゃ死ぬし。結局稼ぐしかないんだ、俺は」
とりあえず、あの弱い魚は難なく倒せたからあれを狩っていこう。
できれば効率よく狩れるスポットを探したい。
まずは目の前の大きな道路をまっすぐ進んでみることにした。
東京駅前の御幸通りみたいにまっすぐ太い道路が延びていて――もちろんダンジョンには駅も皇居もないが――その太い通りの左右に大小様々、崩壊の度合いも様々なビルとビルに絡みつく植物がある、そんな景色の中を俺は歩いて行く。
スタート地点はダンジョンに転移してきた場所だ。
それは白亜のモノリスに挟まれた石の台座になっている。この場所に俺は転送されてきた。そして帰るときも、ここに来れば俺の部屋に戻ることができる。
大事なこの台座の場所を覚えておいて、通りを進んでいく。
メインの通りは広いが、左右に行くと道はそうでもない。細かったり捻れていたり、急に先を見通しづらくなる。
また俺が進んでいる通りも、太い道なれど死角は多い。
なぜなら、道路上に瓦礫がたくさんあるからだ。
ビルが崩壊した欠片のような巨大なコンクリート片――小さいのは石ころ程度だが、大きいのはもはやビルのワンフロア丸ごとのようなものまである――が落ちて積み重なっているからだ。
そんな大きな瓦礫をよじ登って高いところから見渡すと、
「あ、さっきのモンスター」
脚魚の群れを見つけた。
崩れた非常階段を巣にしてるようで、十匹以上が集まっている。
これは一気に稼げそうだ。
稼ぐときに大事な要素は、速さ、うまさ、安全さ、の三要素だけど、その中で一番大事なのは安全さ。稼ぎは何十、何百、あるいはもっと同じことを繰り返すのだから、危険なことでは途中で必ず痛い目を見る。
多少効率悪いとか時間かかるとかは根気でなんとかなる。
リセマラ1万回の男を舐めるな。
というわけで、巣にいきなり乗り込むのではなく、俺は石を投げたり、物音をわざとさせて、一匹ずつ誘導して巣から離して倒していく。
時間はかかるけど『安全』だ。
三十分ほどそれを繰り返し、無事にその巣を壊滅させた。
その途中気付いたのだが、ダンジョンアプリを起動した状態でモンスターにスマホのカメラを向けると、そのモンスターの情報を見ることができた。
それによると、脚のある魚は【レッグフィン】という正式名称らしい。またドロップアイテムも同様でカメラを向けると【プリズムの鱗】という正式名称だとわかった。
これからは初見のものには積極的にスマホを向けていこう。
《ティリン♪》
とその時、スマホの通知音が鳴った。
画面を確認すると、【自然治癒 ↑LV1】と表示されている。
「お、今度はスキルレベルが上がってる」
このダンジョンではさながらゲームのように色々なスキルを身に着けることができる。
そういう意味ではまさにスマホアプリのゲームだが、これが本当に細かく、ありとあらゆる能力が細分化されたスキルで表現されている。
この【自然治癒】スキルも、タップすると説明を見ることができた。
その名の通り徐々に傷や体力、病気や毒のような状態異常が回復していく能力のことらしい。
それがLV1になったという通知がスマホに来た。
ってことは初期値は0だったんだな。
実際、今俺が持っているスキルは【自然治癒Lv1】以外だと【体術Lv1】だけだ。Lv0で眠っているスキルが色々あるんだろう。
安全のために回復力が高くなるのはありがたい。これなら、攻撃があたった時でもすぐに復活できる。もちろん、食らわないのがベストだが保険は必要だ。
「さ、狩りを続けよう」
そんな狩りを繰り返してやがて一日が終わる頃には、100体ほどモンスターを倒しただろうか。
【自然治癒Lv3】【体術Lv2】【アーマーLv2】【歩きLv1】などのレベルが上がった。
歩くことすらスキルになっている細かさには驚いた。
スキルレベルが上がった後は、たしかにちょっと足取りが軽快になったような気がしたし、スキルを上げればダンジョンがどんどん快適になりそうだ。
「さて、そろそろ家に帰るか」
帰りは、来た時と同じ左右を白亜のモノリスに挟まれた台座から。
台座に立つとスマホに《ダンジョンから帰還しますか?》とポップアップが出て、「はい」と答えると俺をスポットライトの光が包んだ。
廃墟の景色はモザイク画になり、溶けるように歪んでいき、一瞬暗闇に包まれる。
直後、景色が鮮明になり俺の部屋が現われ、無事に帰還を果たした。
服装も初期アバターの白いシャツと黒い短パンの姿から、家にいたときの部屋着のジャージに戻っている。
「本当にさっきまでダンジョンにいたんだよな……」
数年越しでついに入れたダンジョン、なんだか夢でも見てたようだ。
でも夢とは違って、ダンジョン内で手に入れたものは確かにこの手に……。
「ないんだな、これが」
普通はこういうときに中で手に入れたアイテムとかがポケットに入ってて、あれは夢じゃなく現実だった!ってなるところだろ?
でも俺の手にはもちろん何も残っていない。
全部経験値になって消えましたとさ。
【初期アバター】君さぁ……。
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