第2話 多分、呪い

 高校3年生の初夏の頃のことだ。

 ダンジョンアプリ【エリアN】が世界に配信され、幸運にも俺のスマホもその対象に選ばれた。


 勇敢あるいは無謀な人は、得体の知れないダンジョンにもすぐさま潜っていった。

 俺を含む大多数の人はしばらく様子を見ていた。


 しかしその流れはすぐに変わることになる。

 ダンジョンは稼げるということがわかったからだ。


 ダンジョン内には様々なモンスターがいるが、それらを倒した時に手に入るドロップアイテムが、現実の社会の色々な分野で使えるものだった。


 たとえば最近のスマホの画面は、液晶画面に【クリスタルスライム】の体液を混ぜることで従来の10倍の強度を10分の1の厚みで実現できている。

 クリスタルスライムの群生地を発見したダンジョン探索者はアメリカの某企業と契約して一挙にミリオネアになったというのは有名な話だ。


 さて、ダンジョンのアイテムが有用で金になるとわかると、少しでも早く他のプレイヤーより早くダンジョンを攻略してアイテムを手に入れなければ、とそれまで様子見していた人やリセマラしていた人が一気にダンジョンになだれ込んだ。


 俺もその祭りは当然知っていた。

 ――が、俺は変わらず配信日からやっているリセマラを続けるという方針を貫いた。


 ダンジョンにはもちろん俺だって興味はある。得られる報酬も、ダンジョンを探索するということ自体にも。

 ただ、俺は俺自身のことも知っているつもりだ。


 俺は特別な人間じゃない。

 戦闘訓練を積んでるとか、天才的な頭脳を持っているとか、巧みな話術で人を魅了できるとか、そんな人を圧倒する能力なんてもってないのはわかってる。


 でもダンジョンにはそういう人達もいるだろう。アプリは選ばれた一部の人にしか配信されなかったが、それでも全国で見たら相当な数になる。

 大金や人気を稼げるところだとわかれば、そんな有能な人がダンジョンに全力になる。

 ごく普通の俺が同じようにダンジョンに入っても、そんな人達と渡り合えるわけがない。それどころか、場合によってはいいように食い物にされるだろう。


 だとしたら、どうすれば俺がダンジョンでやっていけるか。

 それを考えて出た結論は――待つこと。


 初期【クラス】を変える方法は今に至るまで一つも見つかっていない上、ダンジョン内での能力に大きな影響を与える。

 だから最強の【クラス】を得るまで、俺はひたすら待つことにした。

 

 ダンジョンに入った人達はバズ目的で色々な情報をSNSで発信していたが、誰も発信していない超低確率で選ばれる強力なクラスがあって、それを俺が引けたら――。

 あるかどうかすらわからないが、それが平凡な俺がダンジョン内でやっていける唯一の可能性だと俺は理解した。焦って行っても成功の可能性が無ならば、薄い確率でも有を選ぶ方が合理的。


 だから俺は高校の頃から毎日5回のリセマラをずっと続けている。


 リセマラをしている間に学生生活を終え、就職し、働いたが、その間に先行者はダンジョンをガンガン進み、色々な宝を持ち帰って成功する人がいて、ダンジョンで動画配信して人気のインフルエンサーになる人までいるし、傍目には完全に取り残されてしまっていた。


『水梨? あいつダンジョンアプリ配信されたくせに行ってないんだろ? とんだビビりだよなあ、高校生でも俺みたいに稼げてるやついるのに』


『え~! 水梨君ってあのアプリ持ってたんですかぁ? しかもアプリあるのにダンジョン行ったことないって……本当に? ふふっ、でもまあ水梨君じゃ無理か、先輩とは違って覇気がないし、行ってもあの人じゃモンスターにやられるだけですよね~』


 そんな陰口が聞こえてくることもあったが、それでも俺はリセマラを続けていた。

 それが最もいい方法だと俺自身が決めたのだから……。




「その結果が、ダンジョンのアイテムが一生手に入らないクラスなのか」


 消えたドロップアイテムの跡地を見つめて、俺は呟いた。

 数年間思い描いていたことが一瞬で瓦解したことにさすがに少し動揺している。


「まじか……」


 瓦礫に腰を下ろして嘆息した。

 視線はスマホの画面。


 スマホのアプリ【エリアN】はダンジョン内ではダンジョン探索に必要な機能が集約され探索サポートをしてくれるが、アプリを起動するといくつものアイコンが表示される。そこには【所持品】【ステータス】【実績】etc.などがあり、俺は所持品をタップした。


===========

・初期の衣服(装備中)


【アイテム取得不可】

===========


 という表示が出てきた。


 初期の衣服は、今俺が来ているこの白シャツ黒短パンのことだな。

 そしてご丁寧に【アイテム取得不可】の文字――。


「思い知らせてくれるよなあ、現実を」


 まさか、アイテムが一切手に入らないクラスなんてものがあるとは。

 当然、装備の更新もできず、ずっと今のこの白シャツ黒短パンという出で立ちでダンジョンを攻略しなければならない。


 スマホを操作してSNSでダンジョン関連のハッシュタグを辿れば、黄金の鎧を着た男の姿や、豪華な装飾がなされた槍を掲げた女の写真を見ることができる。


 こういうのを俺だけが装備できないなんて、悲しすぎる。

 ダンジョン攻略の楽しみの半分は新しい装備手に入れて強くなることなのに。


 とテンション下がっている俺の耳に、ペチペチという音が聞こえて来た。

 顔を上げると、また脚魚だ。

 瓦礫に腰掛けている俺にそのむっちりした脚で攻撃しようと駆け寄ってきている。


「人が凹んでる時にノンデリな魚め! 八つ当たりさせてもらうぞ」


 さっきと同じように突進攻撃への怒りのカウンター蹴りで脚魚をあっさり倒した。

 特に新しい攻撃パターンもなかったし、やはりこいつは最弱の雑魚だな。文字通り。


「ふぅ、すっきり……って、またか」


 なんとまたもや虹色の鱗をドロップした。


 もしかしたら今回はセーフだったり……?

 と俺はそっと手を伸ばしたのだが、当然のように掌に乗せた瞬間鱗は光の粒となって、俺に纏わり付くように消えていった。


 まあそうだよな、駄目なもんはダメだ。

 いい加減切り替えよう。


 嘆いても、もうやりなおすことはできないんだ。

 半分の楽しみがなくても、ダンジョンを体験して未知の場所を探索していくっていう楽しみがまだ半分残ってる。『超絶』面白いが『超』面白いになったとしても超面白いなら十分じゃないか。


 気を取り直して、瓦礫から立ち上がり、ダンジョンの先へと俺は進んで行く。


《てれれれってれーん!》


 行こうとした――その時だった。

 気の抜けたファンファーレ音がスマホから流れてきた。

 画面には通知が表示されている。


《クラスレベルアップ! 【初期アバター↑Lv2】》


「もうレベルアップ? 早くないか……あ、そうか」


 俺はクラス【初期アバター】の説明を思い出す。 


《初期アバター:装備、アイテムが初期状態に固定される。手に入れた装備、アイテムは全て経験値に自動で変換される》

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