一生初期アバターでダンジョン攻略しないといけなくなったからには、周りは気にせずひたすら鍛えるしかない。初期装備のままで。

二時間十秒

第一章

第1話 リセマラ


《以上が【エリアN】の説明となります。続いて参加者の初期クラスを決定します。……………………抽選中………………【水梨みずなしそう】のクラスは、【アルケミスト】に決定しま――》


 俺はスマホを操作しアプリ【エリアN】を終了させた。

 この後の話を聞く必要はないし、早く次をやらなきゃいけない。


「……いや、次くらいはじっくりやるかな。記念すべき節目なんだ」


 思い直して、俺はアプリを再び起動する。


《【エリアN】の説明を開始します。このアプリはプレイヤーを驚きと興奮に満ちた本当のダンジョンへと誘い、唯一無二の体験を提供します。プレイヤーは特別なクラスの力を得て、その力と多種多様な戦利品を用いてダンジョンを攻略することができます》


 起動時に文字と音声でアプリの説明がなされる。

 これだけ聞くとよくあるゲームアプリのようだが、実のところこれはかなり黒い。


 そもそもこのアプリは俺がダウンロードしたアプリではない。

 いつの間にか、スマホに勝手にインストールされていたものだ。

 しかも俺だけじゃなく、全世界で同じアプリが同時に不特定多数にインストールされていた。


 当然大きなニュースになり、色々と調査が行われたが、ウイルスに感染したみたいにスマホに悪影響を与えたり、個人情報を抜かれたりということは何もなかった。

 ただ単にこのアプリを強制的にインストールし、そして……スマホの持ち主をダンジョンへと誘う、それがこの【エリアN】というアプリだったのだ。


 誰がどうやってかはいまだにわからないが、アプリを起動するとダンジョンと呼ばれる謎の場所へ転送され、そこを探索できることはすぐにわかった。


 そこはモンスターやアイテムなど、ゲームのダンジョンによくあるものがあり、そしてそれに対応できるよう俺達はゲーム開始時にアプリから超常的な力を与えられる。


 それが【クラス】。

 さっき俺が【アルケミスト】と言われたやつだ。


 これによって武闘派だったり魔法が使えたり、隠密や移動に長けていたりといったキャラの基礎性能(つまりダンジョン内での自分の能力)が決まる重要な要素だが……これがなんとランダムに決まるんだ。


『いやランダムって』

『一度決まったら変えられないのに、ランダムなんてことあるか?』


 と当時各所で突っ込みがあったが、俺も同意見。

 このアプリの制作者は相当おかしなセンスをしているということで、プレイヤー達の意見は一致している。


 しかし一つ救済もあった。

 さっきの俺みたいにオープニングの途中でアプリを閉じると、またオープニングの最初から始まる――つまりクラス抽選をやり直すことができる。

 いわゆるリセマラができるのだ。


 アプリが強制インストールされた日の夜にはもうSNSでリセマラの方法が広まっていたが、これはアプリを作っていた人も想定していた仕様らしく、一日5回やるとその日はアプリが起動できなくなる制限がつけられていた。


 次の日まで待ってられないとリセマラなんてせず即行く人もいれば、リセマラで強そうなクラスを引くまで50回、100回――つまり10日20日と粘る人もいた。


 そして俺は――2000日。

 つまり5年と174日間、俺はある狙いがあって、ダンジョンに入らずリセマラを続けていた。


「ある意味今日は記念日だな」


 今俺は2000日目に一日5回までのリセマラを4回終えている、つまり――。


「これがリセマラ10000回目だ」


《以上が【エリアN】の説明となります。それでは参加者の初期クラスを決定します。……………………抽選中………………》


 1万回見たアプリのシステムメッセージが音声付きでスマホの画面に表示される。この抽選が終われば1万回目の俺のクラスがわかるというわけだ。


《……………………………………………………抽選中…………………………………………………………》


 って、長すぎないか?

 何度もリセマラしてきたからわかる。いつものこのクラス抽選の「溜め」は11秒きっかりのはずだ。

 短いようで何度もやり直すと絶妙に鬱陶しい間、その鬱陶しさを9999回味わった俺が間違えるはずがない。


 今回の抽選中は長い。

 いつもの二倍、いや三倍あるぞ。何が起きてる!?


《……………………閾値超過確認………………【裏クラス】をアンロック》


 その瞬間、シンバルを鳴らす音がスマホから響きわたった。

 さらにクレッシェンドしていくドラムロールの音。

 盛り上げて盛り上げて、ラッパの派手なファンファーレ。

 そしてスマホの画面がゲーミングなレインボーに光り輝く。


「なんだ!? こんな演出今までなかったはず――」

《【水梨創】のクラスは、【初期アバター】に決定しました!!!》


「は? なんて? 初期……アバター? 嘘だろ、一度も聞いたことないクラスの名前だぞ。まさかついに!?」


 俺は急いで【エリアN】のクラスで初期アバターがあるかを検索するが、一つも出てこない。英語やその他外国語に翻訳したものでも検索するが、それらしきものはない。


 ……まさか世界で俺だけがこのクラスを目にしたのか?


「いくら低確率でもそんなこと。世界単位では相当な人数がダンジョンのプレイヤーになってるんだし…………いや、待てよ」


 今回のクラス抽選は異様に長かく、ファンファーレが演奏されるという特別演出があり、初めてのクラスが出現した。

 それが、ちょうど1万回目の時に起きた。


「まさか、1万回リセマラを続けることが条件の特別なクラス――」


《初期設定は終了しました。あなたは今こそダンジョンへと誘われるのです!》


 アプリの説明は続き、最終局面に入る。

 ここでタップして文を次へ進めればダンジョンに入ることになるのだが……。


 明らかに特別なクラスだから、このクラスで決定してダンジョンに行こうと思いたいのだが、【初期アバター】という怪しい名前なのが気になる。

 どう聞いても強そうじゃないんだよな。だって初期のアバターだよ。


 ここが本当にリセマラのゴールなのか俺は考えていた。

 ――ところに不意に、スポットライトのような光が頭上から差してきたのだ。


「な? まさか!」

『さあ、冒険の始まりです!!!』


 勝手に画面が次へと進んでいる。

 俺は何も触っていないのに。

 強制的にダンジョンへの転送が始まっている。


「待った! まだどうするか――」


 だが、待たれることはなかった。

 見慣れた部屋の景色が溶けるように歪みモザイク画になり、光が破裂して暗闇に包まれ、俺はどこか遠くへと転移した――。




 一瞬の後、色鮮やかな景色が現れた。

 俺の部屋とは全く別の景色――ダンジョンが。


「まさかだな。突然だ。それにしても――」


 どうやら、悩む余地はなかったようだ。

 リセマラは1万回が上限で強制スタートしてしまうらしい。


「――これがダンジョンか」


 ダンジョン、と言っても洞窟ではなくここは屋外。

 現代の都市部が滅びて長い年月が経ち、廃墟となって繁茂する緑に覆われた……そんな様子の滅んだ都市がこの【エリアN】の最初の階層になっている。


 巨木の根が絡みついた崩れたビル、蔓が巻き付いた錆びた道路標識――しかし道路標識の記号も文字も見たことはない――元がなんだったかわからないコンクリートの破片、ひび割れ土と混ざりつつある道路。


 いいな、この光景。

 世界の廃墟画像をグーグルアースで一時期見漁っていた俺にとってはこの上ない。


「こんな良い景色だし、行くか」


 このクラスで始めるかもう少し悩むつもりだったんだけど、始まってしまったものはしかたない。

 それに、多分選択できたとしても最終的にはあのクラスで始めただろう。5年リセマラし続けて初めて見つけたものを見逃すことをできる奴はいない。


「せいぜい強力なクラスであることを祈っておこう。じゃ、ダンジョン探索スタート!」


 サクッと切り替えて前に進んでいると、滅んだ町の退廃的な雰囲気に気分もあがる。

 とその時、ダンジョンにつきものの「あれ」が現われた。


「第一モンスターか」


 現われたのは、柴犬くらいの大きさの足の生えた魚だった。

 エンゼルフィッシュのような◁で薄いペラペラの体なのだが、脚だけむっちりしててなかなか個性的な造型だ。神様が深夜テンションで作ったに違いない。ちなみに色は胴体が黄色で脚が黒い。脚が黒タイツはいてるみたいに見える。やはり深夜テンションだ。


 珍しい生き物を興味津々で見ている俺に、脚魚は気が付いた。

 と同時にその脚をフルにいかして突進してきた!


 地面を蹴る力強い突進から、長い胸びれを武器にして俺を叩こうとしてくる。


「血の気が多いな! 俺は見物してただけなのに!」


 走って避けつつ距離を取り、俺は自分の状態を確認する。

 モンスターとの戦闘をするなら、まずは装備の確認だ。


「いつの間にか服が着替えさせられてるな」


 ダンジョンに来る前は部屋着のジャージを着ていたが、今の俺は白い無地のシャツに黒の短パン姿に変わっている。


「これはいかにも【初期アバター】って感じの格好だな」


 初期アバターとはゲーム開始直後の初期状態のプレイヤーキャラクターの姿(鎧や兜などなく冒険するとは思えない貧相な普段着のことが多い。ゲームによっては裸のことも!)を俗に呼ぶ言葉だが、無地の半袖短パンはまさにそのよくあるパターンの一つだ。


 つまり、今の俺は……装備が最弱ってことだな。


 武器もないし、己の肉体でなんとかするしかない。

 とはいえ絶望はしていない。普通に推測すれば、ダンジョンの入り口付近にいるモンスターはレベル1かつ初期装備で倒せるように調整されているはずだからだ。


 再び脚魚が突進してくる。

 今度は避けるのではなく迎え撃つ。

 ヒレで打撃してくることがわかっていれば怖くはない、うまくそれにあわせて……すくい上げるように蹴り上げた。


 うまく腹にヒットした攻撃に脚魚はひっくり返り、脚をじたばたさせてもがいている。そのチャンスを逃さず、俺は脚魚の頭を思い切り踏みつけた。


 手応えあり。


 と感じた次の瞬間、脚魚は光の粒となって雲散霧消した。


「よし、モンスター初撃破」


 予想通り初期アバターでも落ち着けば十分倒せる強さだった。

 冷静さは大事だな。


 初期装備は貧弱だけど、その方が強い装備を手に入れる楽しみがあるというものだ。

 ダンジョンには現実で役立つ素材だけじゃなく、ダンジョン内で役立つ武器や防具もたくさんあることだし。


 と思っているとさらに景気のいいことが起きた。

 消えたモンスターの跡には太陽の光を浴びて虹色に輝く鱗がドロップしていた。


「おお、さっそく!」


 俺は喜々として虹色の鱗を拾い上げ――。


「え?」


 たと思った瞬間、鱗は光の粒となって俺に纏わり付くように消えていった。


「いったい何が? どういうこと?」


 何か地雷を踏んでしまったか?

 自分の行動を考えるが、アイテムを消してしまうような妙なことはした覚えはない。それにダンジョンに入ったばかりなのだから、妙なことをする暇すらないはずだ。


「……あ」


 一つだけあるじゃないか、妙なものが!


 俺はスマホを操作し【エリアN】のアプリを動かす。

 これはダンジョン内ではダンジョン探索の補助をするアプリになり、自分のステータスを確認したり説明を見たりという機能がある。


「あった。【初期アバター】の説明」


 そう、唯一妙なものといったらこれだ。

 先人達はSNSでアイテムを手に入れた写真を投稿していた。なのに俺はできない。どこに差があるかというと、このクラスだ。


 そして、その説明はこうなっていた。


《初期アバター:装備、アイテムが初期状態に固定される。手に入れた装備、アイテムは全て経験値に自動で変換される》


「……は?」


 装備、アイテムは全て経験値に自動で変換される?

 アイテムを手に入れても自動的に消えてなくなるということ、だよな。


「……………………マジかこのクラス」


 俺は肩をがっくりと落としてしまう。 

 ダンジョン内外で役に立ついろんなものを見つけて使って、ダンジョンをエンジョイしながら生活費も稼ぎという暮らしを夢想していたのに。


 手に入れたアイテムが経験値になるのでは、全てが破綻――。


「リセマラ5年やり続けた結末がこれって、本気で?」


 俺の夢は開始5秒で終了した。

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