第6話 接触他プレイヤー:一髪

 しかし、ダンジョンになぜ猫が。

 アプリで転送されるダンジョンだから迷い込むってことはないし、モンスターでもなさそうだし。

 モンスターじゃない動物も、このダンジョンにはいるってことなのかな。

 推定宇宙人の制作者も猫好きだったか。


「ふーーーっ、しんど」


 ようやく階段を登り終えたが、さすがに疲れた。

 地上に出るやいなや猫は俺の手からぴょんと飛び降り、地面を優雅に歩いて去って行く。


「ま~~お」


 ちらっとこちらを一瞥すると、廃墟の瓦礫の隙間に消えていった。


「……………………」


 ないか。

 猫の恩返し。


 いや、期待してたわけじゃないよ?

 でもアプリのダンジョンだからさ、猫を助けると何かイベントでも起きるのかなって思ったんだよ。そういうのゲームだとよくしさ。


 でも何もなかった。

 きっとこれはそういうダンジョンじゃないんだ。

 イベントとかストーリーとか、そんなのはなくて、ダンジョンという舞台があるだけなんだろう。

 

「まあ、そもそも【エリアN】のアプリの側はゲームとは一言も言ってないしな……ダンジョンやスキルがあるからゲームっぽいと勝手にこっちが思ってるだけで」


「絶対大丈夫! ユウリは筋いいからもっと奥行けるって」

「え~? 笹高さんにそう言われるなんて嬉しいです」


 声?

 人間の声だ。


 目を声の方に向けると、そこには大剣を持った男と、弓矢を持った女が話しながら歩いていた。

 初めて見る他のプレイヤーだ。


「俺以外のプレイヤー、本当にいたんだな」


 もちろんいることは情報では知ってたけど、10日間一人も見なかったから本当にいるのか疑問に思い始めていたところだ。

 ついに自分以外のプレイヤーを見つけて、俺はすぐに……瓦礫の影に身を隠した。


「ようやく会えたプレイヤーだけど……友好的かどうかはわからない」


 そう、プレイヤーが皆協力的な保証なんて無い。

 このダンジョンはうまくやれば巨万の富が築ける可能性がある場所なんだ。

 当然、他人を蹴落とそうって奴もいる。


 先行者の恨み辛みの記録は色々と残っている。

 装備を奪われたとか、ドロップアイテムを根こそぎ強盗されたとか。

 当然この中に警察なんていないので、守ってくれる人も取り締まる人もいない。自分の身は自分で守るしかないのだ。


 となれば、一番確実に身を守れる方法は関わり合いにならないことだ。

 接触しなければ、奪われることも攻撃されることもない。

 しかも、俺はゲームを始めて間もなくで初期装備。初心者狩りされる条件はばっちり揃っているのだから、彼らの前には姿を見せない。


 トラブルはゴメンだ、静かにじっくりと稼いでいきたいんだ俺は。


「でもよかった~、笹高さんが声をかけてくれなかったら、どうしたらいいかわかりませんでした」


 二人のプレイヤーは会話を続けている。

 話の流れからすると、笹高と呼ばれている男の方がベテランプレイヤーのようだ。


「いいんだよ気にしなくって。俺もダンジョンに仲間が増えたら助かるし。ユウリと一緒にいるとダンジョンの中でも楽しいしさ」

「ふふっ、本当?」

「本当本当! それでさ、そろそろ次行ってみようよ。第二階層に稼げる場所があるんだ。めっちゃ儲かるとこでさ、高値がつく鉱石が採れるんだ。まだ俺以外見つけてないとこなんだけど……」

「高値ですか? しかも笹高さんだけしか知らないなんてすごい! でも二層って危ないんですよね?」

「ユウリ心配しすぎー。俺のこと信じてないの? ちゃんと守るから安心しろって」

「ん~……ちゃんと守ってくれるなら……」

「守るに決まってるでしょ。よし、決まりだな」


 にっこりと白い歯を見せて笑う笹高。

 だが、その目がすぐに笑っていない目になった。


「でも、ちょっといい? なんかさ……さっきその辺から物音がしたんだよね。何かいるんじゃないか?」


 まずい、笹高と呼ばれた男の眼が俺が潜んでる方に向けられてる。

 稼げる鉱石の話は気になるけど、それどころじゃない。


「稼げる場所の話を他人に聞かれたくないからさ。ユウリにだけ聞かせたのに、知らない奴が入って来たらウザいだろ?」

「うん。二人だけで行きたいかも」

「だよな! だから、もし誰かいたらちょっと話付けなきゃいけないから……なあ!」


 笹高がこちらに向かって歩いてきた。

 自分の存在を誇示するように、足音を大きく立てている。


 あの笹高って男は少なくとも二層に行ってる。

 一層しか知らない俺がやりあったら普通に考えて勝てないはずだ。

 しかも明らかに隠れてる人へ敵意を持ってるし、戦闘不能にするつもりかもしれない。


「おい、誰かいるんだろ。出てこいよ!」


 笹高が剣を抜き構えた。

 勝ち目がないなら、瓦礫を利用してうまく逃げるのが最善か。それも望み薄だが、薄くても確率があるならそれをやるのが合理的だ。


「ま~~お」


 この声は猫ちゃん?

 笹高も意外な声に足を止める。

 すると、瓦礫の隙間からさっきのグレーの長毛の猫が優雅に出てきた。


「わー、猫ちゃんだー。ダンジョンにもいるんだ」

「はー、なんだよお騒がせな猫だな。まったく、身構えて損した。ほら、さっさとネズミでも追いかけにいけよ」


 剣を鞘に入れて手をしっしっと猫に振ると、ユウリと呼ばれていた女のところへ笹高は戻っていった。

 そして二人は再びどこかへと歩いて行き、姿が見得なくなった。


「……ふぅ。なんとかなったか」

「ま~~お」


 猫ちゃんがドヤ顔で俺の方を見ている。


「はは、助かったよ。ありがとう、ネコチャン」

「どぉるるるる……」


 頭を撫でると喉を鳴らしてご満悦の表情だ。


 ダンジョンじゃ撫でられることもないだろうしな、背中もせっかくだから撫でさせていただこう。


 しばらく撫でると、唐突にぬるんと俺の手をすり抜け、何事もなかったかのように瓦礫の合間をぴょんぴょんジャンプしながら移動していき、「ま~~お」と鳴いてどこかへ歩いて去って行った。


 気まぐれなやつだ。

 でも、助かった。あそこでバトルになってたらやばかった。


「猫の恩返し。あるんだな」


 俺は揺れる尻尾を見送るとそう呟いた。


「………………あれ? 待てよ、笹高ってどこかで聞いたことあるような覚えが。笹高……そうだ!」


 危険なエンカウントへの対処法を考えることで脳のメモリを使い切っていて思い出せなかったが、笹高ってあのsasatakaじゃないか!


 俺はスマホを操作し、写真とコメントの某SNSを見た。


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 sasataka_7『ダンジョン打ち上げ!生きて帰った後に食べる肉はうまい!』


 mako_mako お疲れ様~お肉おいしそう!

 peperonn999 一緒に打ち上げ良いな~私もささくんと焼き肉食べたいーーー!

 suuko_0423 無事に帰ってきてくれて嬉しいです。ゆっくり休んでください。

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 投稿者のコメントとともに、サシがこれでもかと入った肉が網の上に並べられた写真が投稿されている。

 それに対してフォロワーもコメントを残している。


 そうだ、さっきの男はこの笹高だ。

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