第87話 夢の終わり

 ブラケルは危険すぎる。

 彼をこのまま普通に討伐したなら……


 おそらく、2年後にまた復活する。

 その場合、今度は勝てるかどうか分からない。


 今回、俺たちが彼に勝てたのは、彼が召喚した四邪神をこの魔王の間に留めておかず、迷宮内での自由行動を許したことが大きい。

 バルログがそうだったから、平等の観点からそれを許したのかもしれない。


 同じ配下なのに、自分たちは自由にさせて貰えないのはおかしい、みたいな。

 ギリメカラとスルトは喋らなかったが、パズズとティアマトは我が強そうだったしな。


 もし普通に2年後に復活したその際に、四邪神も同時に復活して、今度は邪神たちの自由行動を禁止したとしたら。

 ……断言する。


 もう、絶対に勝ち目はない。


 だからもう、ここで完全に消滅して貰うしか無いんだ。


 申し訳ないが、消えてくれ。

 俺たちの未来のために。


 俺は斬り上げた無双正宗を見つめる。

 その紫色に輝いている刀身を。


 その光は、魂を斬る光。

 斬った者を完全抹殺する刃。


『魂斬』の輝き。


 その輝きはゆっくりと消えていき。

 元の金属色に戻ったとき。


 今度は、みるみる錆びはじめ。

 ボロボロに崩れていく。


 そして


 最後に、柄だけが残った。


 ……別にいいよな。親父。

 俺たちがこの剣を求めたからこそ、今日のこの場所に、この剣があったんだ。


 ただの「欲しい」という単純な欲望が、他人の役に立ったんだから、それは喜ぶべきことだよな。


「タケミ……本当にそれで良かったの? お義父様の時代からの夢の刀だったんでしょ?」


 俺がそんな感じで、かつて手にしていた史上最強の剣への想いについて折り合いをつけようとしていると。

 リンが俺に、気遣う視線を向けてきた。


 彼女のそんな想いが、俺は嬉しかった。


 だから


「別にいいさ。ブラケルはこの場で消しておかないと、おそらく100年維持たないしな。この国」


 王都の近くで、アークデーモン級の大悪魔が無限湧きしてくる穴がある。

 そんな状況、危険すぎる。


 俺たちが全盛期の状態なら、それでも国を守れるだろうけど。

 俺たちはいつかは老いて、死んでいく。


 そうなったとき、次世代もその状況に耐えられる保証はない。


 そんなの……


「そんな状況、困るだろ。この国には、俺たちも、俺たちの子供もお世話になるのに」


 そう言うと、リンは俺を見つめて。

 俺に抱き着いて来た。


 十束剣の指輪を嵌めたまんまだったから、ちょっとだけ気にはなったけど。

 俺は彼女をそっと抱き返した。


 そこに


「……ありがとうございますね。タケミさん。宝物を手放す決断をしてくれて」


 閃光業火が必要なくなったので。

 印を結ぶことを止め、集中を解いたエリオスが、俺たちにそう話し掛けてくる。


 そんなエリオスに、俺は思うところを言った。


「……よく、俺の狙いが分かったな。うっかりお前に俺の意思を伝え忘れていたって言うのに」


 そう。

 俺は1個致命的なミスをしていた。

 

 エリオスに、自分の意図を伝えてなかったのだ。

 だから……ブラケルの結界が消滅した瞬間、エリオスが閃光業火を発動させる恐れがあったんだ。


 けれど……


 エリオスは何故か、ブラケルが突っ込んでくるのを待っていた。


 それに関して、エリオスは


「そんなの、あなたたちの会話が聞こえたんで分かりましたよ」


 フフッと笑いながら


「……リンさんに、ブラケルの首では無く腕を落とせと指示してる時点で、ああ、タケミさんは無双正宗を捨てて、ブラケルに魂斬を使うつもりなんだな、ってね」


 そして続けて


「なので、待ちました。もっとも、ブラケルがこちらに突っ込まず、死の空気や麻痺の空気を唱え始めたら、即座に発動させるつもりではありましたけど」


 ……なるほど。

 よく理解してくれてて、助かる。


 エリオスは俺の最初の仲間だし、こういうのは素直に嬉しい。


 そのとき


「あ」


 エンジュが声をあげた。

 何事かと視線を向ける。

 するとそこには


 塵になって消えていくグレーターデーモン。

 それを見上げて見つめるエンジュ。


 そんな姿があった。


 彼女は


「……召喚主が消滅したから、契約で繋がっていたこのグレーターデーモンも消滅したんやな」


 まぁ、当然か。

 そうなるだろうなとは思ってた。


 そしてそれは……


「……ひょっとして、もう魔界の穴には魔物が出てこないの?」


 タマミ。

 目を泳がせながら。


 それについては


「無論そうなるだろうよ。命を賭ければ大儲けできる夢の場所はもう無いってことだの」


 おやっさんのコメント。

 うん、それは俺も同意見。


 タマミは「そんなぁぁ!」と嘆いた。


「もう毎日ロイヤルスイートに泊まる財源が無くなるってこと!? そんなのタマミ困る!」


「困るゆーても仕方あれへん。もう元には戻らんしな」


 とエンジュ。


 そこに


「タマミさん。近衛兵になれば、ロイヤルスイートほどで無いにしても、そこそこ綺麗な部屋を与えて貰えますよ」


 これはミナの言葉。

 そうなのか……


 って


「何でお前、そこまで知ってるの?」


 ふと、疑問が湧いた。

 現実に近衛兵になった場合に受けられる特典って。

 一般公開されている情報くらいしか知らないし。


 そこに宿舎の話は含まれていない。


 すると彼女は


「私、父が近衛兵です」


 にっこりと。


 ……なん……だと?

 そんなの、俺は一言も聞いてないぞ。

 パーティーメンバーだったときに。


 それを言うと「聞かれませんでしたから」と返された。


 ……このこと、エリオスは一応知ってたらしい。

 ただ、他人の個人情報を喋るのは違うと思っていたので、喋らなかったそうだ。


 う~ん……それは正しいけどさぁ。

 なんか、どうしても裏切られた気分が湧いて来てしまうなぁ。


 そう思って腕を組み、悩んでいると。


(タケミ)


 リンが、そっと耳打ちしてきた。


(ミナの家はお母さんが出て行ったっぽいんだよね。……旦那さんを捨てて、自称・真実の愛を追って)


 えっと


(確定情報じゃ無いよ? 一緒に絵の中に泊まったとき、お風呂で呟いているのを聞いちゃって)


 こそこそっと。

 周囲に聞こえないように。


 う~ん……


 多分、リンとしては俺がショックを受けているのを見て


 自分の所有している情報を、俺と共有しなければ。


 そう思ったのかもしれないけど。

 これはこれで……嫌だなぁ。


 これ陰口だろ……。

 黒……。




 そして。

 俺たちは様々な想いを抱えつつ。

 魔界の穴を出て行った。


 これからはただの歴史的巨大建造物となる場所から。

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