第85話 あなたにできますか?
その場を、静寂が支配していた。
先ほどまでは魔法語詠唱の声。
それが終わり、今は……
誰も、声を発しない。
そして、誰も身動きしない。
……ブラケルもだ。
まるで時間が止まったようだった。
膠着状態。
閃光業火を防ぐことが出来るのは、術者を守るために事前に張る結界のみである故だ。
そのため、先に閃光業火を発動させた方の魔法が無駄打ちになり、その後に発動させた方が勝つ構造になっている。
どうするべきか……
俺は考えた。
エリオスはこの問題について参加できない。
彼は閃光業火の制御することで手一杯だ。
だから……俺たちで知恵を出すしか無いんだ。
俺たちのやれることは……ブラケルの集中を乱すこと。
そうすれば、あの結界が解けて、こっちの閃光業火を一方的に放つことができるようになる。
そのために……
俺は必死で頭を回した。
ブラケルの動揺を呼べるもの。
集中を乱せるもの。
それは何だ!?
そして1個だけ……
思い当たったことがある。
それは……
俺とリンの関係を公表する。
アイツに。
俺は聞き逃さなかった。
アイツはエンジュに対し「ノームなど下等種族」という言い方をした。
それは裏を返せば、ハーフエルフは尊いと思っているという深層心理の現れ。
そんなアイツが、俺たちの間にハーフエルフの子供が出来つつある。
それを知れば、集中を乱すかもしれない。
か細い期待かもしれないが、ありえない話では無いと思うんだが……
ただし。
これは、俺自身が愛する女性と自分の子供を道具に使うのと同義だ。
そんなこと……許されるのか?
だけど……ここでアイツを倒さないと。
俺たちの子供は生まれてくることすらできない……
そうして。
俺がどうするべきかを悩み抜いているとき
「マハール デンジ ロルン ハースニ!」
……ミナが。
法力魔法「真空刃」を唱えたんだ。
ミナの唱えた法力魔法。
それはまともにブラケルを捉えた。
ど真ん中で発動し巻き起こった風が、結界の中のブラケルを真空の刃で切り刻む。
……閃光業火の結界は、あくまで閃光業火を防ぐためのもの。
その他の魔法は、全てではないが、基本的に影響はされないんだ。
だから迷宮の外で大量のグレーターデーモンを焼き払うとき。
エリオスは事前に魔法攻撃を防ぐ「魔力の盾」の魔法を使った。
閃光業火の結界の穴を塞ぐためだ。
ブラケルはそういうことをしなかった。
おそらく、唱えながら動けるという自負があるせいだろうけど。
……だったら、何故動いてブラケルは真空刃を躱さなかった?
「……今のブラケルは、何が何でも閃光業火の集中を途切れさせられない状態にありますね」
そんな俺の疑問について。
ミナが語ってくれたよ。
「……そんなときに、明らかに魔法の集中を乱す行為をやれますか?」
あ……!
なるほど。
納得した。
例えば、平均台の上を向こう側まで歩いて行くのは誰でもやれるが、奈落の上に渡された平均台と同じ太さの鉄骨の上を、歩いて渡って向こうまで行けるのか? という話か。
失敗したら即死亡。この状況の重さを俺たちは考えた方がいいのかもしれない。
しかし……
その心理によく辿り付けられたな、ミナ……。
すると彼女はこう言ったんだ。
「似た決断をしたことがあるだけです……」
そう口にした彼女の横顔は、本当に悲しそうだった。
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