第82話 あなたに優位性は無いですね

 高速化により、速度を倍化させた俺はブラケルに斬り掛かる。


「高速化に高速化。同じ土俵だな! この魔王の身体による体捌き。それでどこまでやり過ごせるかな!?」


 だが、ブラケルは全く焦っていない。


 彼は元々宮廷魔術師。

 おそらくは、司祭相当の職業の人物だ。


 だから当然、接近戦は彼の土俵じゃない。


 だけど……


 魔王の身体に染み付いた反射行動か。

 俺の剣を躱していく。


 ……武術の修行は心技体と表現される。


 心は、戦うための精神力、精神性を示し。

 技は、頭で技を理解し、覚えて実行する力。

 そして体とは。


 それは、地道で粘り強い反復訓練で、身体にしみ込んだ訓練された動き。


 それを体と呼ぶ。


 何も考えないで戦う人間は強いとは言えず。考えてばかりで反射的に行動できない人間は、これもまた強いとは言えない。


 それを的確に表現した言葉だ。


 ……現在、ブラケルがやってるのはおそらくこのたい、だと思う。

 考えて回避行動を取っていない。

 

 だが、それだけで恐ろしくやりづらい。


 いうなれば本能だけで躱しているのに。

 恐ろしく的確だ。


 ……逃げながら、魔法を放ってくる。

 ギリギリで躱そうとか、無駄なプライドを守らず、魔法使いとして理想的な立ち振る舞いで攻めてくる。


「ダートルド ギバール オンローバー!」


 ……こんな感じで。


 バックステップしながらの氷嵐の魔法。


 ブラケルの詠唱が終わると同時に、俺の数倍の規模の氷の嵐が巻き起こり、俺を巻き込んだ。


「これがこのブラケルの氷嵐だ! 次元の違いを知るがいい!」


 哄笑。


 ……なるほど。凄まじい。

 おそらく並の魔術師の数倍の威力はありそうだ。


 さすがは本職。

 それも、宮廷魔術師を務めた男の魔法。


 だけどさ……


 あいにく、今の俺には氷嵐は効かない。

 規模の問題では無いんだな。


 俺はブラケルの氷嵐を突っ切り、彼に肉薄する。


 踏み込み、一刀。


 水平に剣を薙ぎ、ブラケルの印を結んでいる腕の一つを切り飛ばす。


 ブラケルは、驚愕の表情を浮かべた。


「悪いな。……氷結魔法は俺には効かない」




「ほほう。すごいアイテムがあるものだな」


 俺には氷結魔法が効かない。

 それに関して、ブラケルはマジックアイテムの効果と見たらしい。


 ……まあ、正解なんだが。


「腕を斬られて痛く無いのか?」


 別にどうでもいいが、会話自体が戦略だからな。


「別に無限に再生できる。痛がる必要も悔しがる意味も無いな」


 口元に笑みを浮かべながら。


 ……やはりか。

 こいつ、魔力魔法以外に法力魔法も使用できるのか。


「それに腕は4本ある。まだ3本ある以上、印を結ぶ手には困らん」


 言いながら


「ダイワール リビルド アイアー ルゼオース」


 ……サラッと法力魔法の「全快」を使用し。


 たった今失った腕を、瞬く間に再生させる。

 傷口から骨が伸び、筋肉が伸び、新しい腕を形成していく。


「……な?」


 ニヤリ。いや、ギヤリと。

 ブラケルは恐ろしい笑みを浮かべた。




 コイツの魔法はおそろしく強力な上、打ち止めが無い。

 どうするべきだ……?


 全力で回避行動を取られながら、魔法を撃たれるだけでもかなり厄介……というか、キツイ。


 それに


 いくらダメージを与えても、法力魔法の「全快」が使えるから、いつでも回復できてしまう。


 このままじゃジリ貧……それは間違いない。

 

 俺としては打開策が見いだせず、攻めあぐねる。


 そのときだ。


 光の矢が、ブラケルを襲ったんだ。


 あれは……


 魔力魔法第1位階の「魔力の矢」


 それは、ブラケルの頭部を狙っていた。

 ブラケルはそれに寸前で気づき、腕1本でカバーする。


 着弾し、爆裂。


 ……ブラケルの腕のひとつが、爆裂し、焼け焦げる。


 これには心底驚愕した顔をするブラケル。


「……外したか」


 やったのは……エリオス。

 彼は無表情で、魔王に向けて右手を掲げている。

 その手には、国王陛下に下賜された6人の勇者の遺品のひとつ……「魔力の指輪」が光っていた。

 

 魔力魔法を、第1位階限定で使い放題にするマジックアイテム……。


「こっちも一応、魔法は使い放題。あなたに優位性は無いですね」


 そう言い切る。


 内情を知ってる俺には、エリオスの言葉がハッタリなのは分かってる。


 けれど。


 そうでなければ、飲み込まれてしまう言葉だった。


 その表情、声に。

 凄まじい自信と、恐れの無さ。


 それがあったから。


 それにブラケルは魔法使いとしてのプライドを刺激されたからか


「ダイン ジーオ……」


 直ちに印を結び、魔力魔法「電撃放射」の詠唱をはじめる。


 だけど


「ダイン ジーオ ティング!」


 その前に、一瞬早くエリオスの詠唱が完成する。


 それは同じ電撃放射の魔法。


 エリオスの手から放射された青白い電撃と、ブラケルの手から放射された電撃が正面から激突。

 それは双方弾け、消えた……。


 ブラケルは、驚愕で目を見開いた。


 ……威力が自分と互角だったから……


 だけではない。


 


「どうやらあなたより僕の方が詠唱が速いらしいですね」


 ……そう言って、エリオスは不敵な笑顔を浮かべた。

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