第78話 時代はノクターン
最終日。
起きたらリンが隣に居なかった。
……どこに行ったんだ?
ダブルベッドを降りる。
んでまぁ、ここでの普段着である作務衣に着替えてリビングに行くと。
「タケミ、おはよう」
リンが先に起きてて。
食事の準備をしていた。
裸の上にサッと着たせいか。
上は黒いタンクトップで、下は下着一枚だった。
その恰好では彼女のスッキリした腹部だとか、スラリとした長い脚、太腿が見えていて。
そこに書かれている「正正正正正正正正正正正」だとか、「タケミ専用子宮」の文字が見えるんだけど。
ニコニコしながらテーブルに食器を並べている彼女を見ていると、それが夢の中の出来事のような気がしてくる。
「何か手伝うことある?」
「無いよ。全部作った。簡単だけど」
ですか。
ありがとうございます。
そして抱きしめてお礼を言おうとしたら。
「明日決戦でしょ。今日は調整にしよう」
牽制された。
……確かに。
もっともだと納得せざるを得ないので、俺は彼女と向かい合う位置の席に腰を下ろした。
出て来た食事の内容は、白飯と、肉と、野菜のスープ。
どうも味噌があったようなので、味噌汁になっていた。
いただきますと言ってから
「ここを出たらリンはどうするんだ?」
食事に手をつけながら、訊ねる。
「とりあえず、冒険者はやめるつもり」
……お?
ちょっとだけ、意外だった。
味噌汁を飲みながら、ちょうどいい感じ。良い塩加減と思いつつ
「冒険者やめてどうするの?」
そう、さらに訊ねる。
すると彼女はご飯を咀嚼して飲み込んで
「神殿付きの神官にでもなろうかな、って。冒険者じゃない神官なら、属性石の常時着用、一般的じゃ無いし」
タケミはブラケル討伐の功績で、おそらく近衛兵になれると思うし。
近衛兵なのに、夫婦で属性石の色が違ったらまずいでしょ。
……なるほど。
って
「リンって俺の嫁になるのか?」
聞き流しそうになったので、そう訊くと
リンはすごく不機嫌な顔になった。
で。
「……妊娠させといて、それ言う?」
自分のおなかに手をあてながら。
……うん。
そうだったね。
さすがに失言だったかもしれない。
エンジュに渡された各種マジックアイテムの効果で、リンは特殊能力「受精自覚」を手に入れてしまったので。
自分が受精したかどうか感覚で分かるんよな。
……正確にはまだ着床してないから確定では無いけど、なんかそのまま着床して妊娠確定しそうな予感はあるんよ。
「だいたいさ」
不機嫌な表情を崩さない彼女は、ガタッと席を立ち
自分のタンクトップの裾を捲って、腹部の文字が良く見えるようにした。
タケミ専用子宮、の文字を。
旦那にするつもりのない男に、こんな文字書かせるか!
これが私たちの婚姻届であり、三々九度だ!
……と、えらい剣幕でキレられる。
まぁ、しょうがないな。
失言だったし。確かに。
明確に結婚しましょうっていう言葉は聞いてないからといって、あれは無かったかもしれん。
「分かった! 分かったから!」
必死で宥めたら、なんとか矛を収めてくれて。
彼女は席に戻り、食事を再開した。
んで
「……神殿付きの神官に再就職を目指すのは、政権に近い近衛兵にエルフがいると、ブラケルの悲劇に近いことが起きそうな予感があるっていうのもあるのよね」
ボソリ、と。
彼女は、おかずの肉を口にして咀嚼、飲み込んでから言った。
俺のことは愛してくれていても、ヒュームの社会に対する信用度には繋がらないのか。
でもまぁ、そんなもんかもしれないわな。
寿命が自分の10倍というのは、ヒュームにとっては脅威に感じるものだろうし。
それは種族的なものだから、エルフが悪いわけじゃないけど。
そこからくるエルフに対する危機感って、多分大半の人間には拭えないものがあると思う。
相手は自分の10倍積み重ねられる種族だ、ってのは。
その分、社会の重要なポストを奪われてしまう、という恐れ。
それは、引っかかる奴は沢山いるだろうさ。
「だから、別にあなたに遠慮して、冒険者やめて近衛兵も辞退するわけじゃないから。気にしなくていいよ」
そう言ってくれる彼女。
その気遣いが嬉しい。
その喜びを噛みしめつつ、俺は
「……ブラケルが、俺たちが夫婦になる話を聞いたら、何を言うんだろうな?」
気になったことを口にした。
ブラケルはハーフエルフの男。
今、リンのお腹の中で、受精卵になっている俺たちの子と同じ立ち位置の存在だ。
彼は、その存在に危機感を持たれ、謀殺されたエルフの父親を慕うあまり、このアシハラ王国を憎む敵になった。
自分を討伐しにきた冒険者に、自分の両親と同じヒュームとエルフの夫婦がいたら、何か思うところがあったりしないだろうか?
……復讐を思いとどまってはくれないだろうか?
なんて……そんなおめでたいことを夢想してしまう。
それぐらい分かってるんだけどな。
自分の死すら考慮に入れて、ここまで大規模な計画を実行した存在が、情に訴える説得ひとつでその決意を曲げるわけがない、くらい。
でも……なんだか。
ブラケルを討伐するという行為は、まるで俺たちの子を討伐するような。
そんな妙な錯覚のようなものを感じるよ。
……おそらく、それはリンも同じはずだ。
彼女は
「思い直して欲しいけど……無理だろうね」
そう、あまりにも現実的な答えを返してくれた。
そして。
約束の3日が過ぎた。
俺たちは再び甲冑と黒装束……冒険者としての武装をし。
屋敷の扉の前に立つ。
「いくぞ。絶対にふたり、生きて帰ろうな」
「うん。当たり前だよね」
そう言い合い。
最後に
どちらともなく、軽くキスをして。
俺たちは戦場に再び踏み出した。
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