第77話 悔いを残すなッッ
そしてエレベーターに乗り。
俺たちは迷宮の最下層にやってきた。
かつては一番の仕事場で、最短距離で直行していた場所。
時間的にはホンの数日前に潜った場所だったけど……
何故だか、ひどく久しぶりであるような感覚に襲われる。
「……この奥の魔王の間に、ブラケルがいるのね……」
そう、独り言のように呟くリン。
そんなリンに、いやリンを含めて
俺は
「ブラケルの情報がほぼ無いが、やるしかない。皆で力を合わせよう」
そう、呼び掛けた。
……一般に、冒険者の常識として。
パーティー内で恋愛関係になり、夫婦や恋人になってしまっても。
仕事中、つまり冒険中はいち仲間としての立場を崩さない。
これがあるんだ。
だから……
俺とリンは、さっき互いの気持ちを確かめ合った。
だけど、今はただの仲間。
相手に男を求めたり、女を求めたりしてはいけない。
それがルールだ。
それができないと、そのパーティーはおそらく長くない。
俺は親父にそう教わって来た。
横恋慕が起きたり、大事な場面での判断ミスを誘発したり。
まあ、色々な面倒が起きて、物理的に潰れたり、人間的に潰れてしまったりするそうだ。
それは絶対に避けなきゃな。
そうして。
俺たちは淡々と進んで行った。
魔王の間に向かう最短ルートを通って。
途中、何度か宝箱部屋を通った。
まあ、最下層に相応しい魔物が出たよ。
巨大な食人植物の魔物トリフィドフラワーとか。
花の部分が巨大な顎であり、根が足になってる動く巨大植物だ。
葉の部分が食用になるので、ついでだから狩らせてもらった。
他にも鉄球の魔法生物バウ・ワウとか。
その表面に牙の生えた顔面が刻まれた鉄球が本体で、その牙で噛み付いてくる。
そして尻尾にあたる部分は鎖で、その鎖を打ち付けて攻撃もしてくる厄介な相手。
本来なら、鉄斬しか受け付けない非常に倒しづらい相手だったけど。
劣化したとはいえ、無双正宗を持つ俺の敵では無かった。
あと、亀の魔獣バウザー。
こいつが相当強かった。
本来は別の世界では大魔王を名乗るほどの魔物らしいんだが。
その姿は2本足で立つ亀。甲羅には棘が生えていて、顔は亀より牛に似ていた。
特筆すべきは火炎のブレス。法力魔法の『熱波の盾』を使用しても防ぎきれない高威力。
あと、でかい図体に似合わない俊敏な動きによるボディプレス攻撃。
相当苦労したけど……
倒してみると、その姿が茶色いキノコ人という、別の魔物に変わったのが衝撃的だった。
まさか、俺たちと戦ったバウザーは本物では無かったなんて。
そんなこんなで。
強力な魔物たちと対峙し、宝箱を開けながら進んで来て。
今俺たちは魔王の間の前に立っている。
……この豪奢な扉の向こうに、ブラケルがいる。
武者震いが起きてくる。
落ち着かない。
どうしよう。
そんな俺に。
俺たちに。
エンジュは言ったんだ。
「……ここで最後の休憩をとるで」
ああ……大事だよな。
ベストコンディションで挑むのは。
この先の戦いは、絶対に負けられないんだから。
そして俺は、頭の中でこの休憩が最後の安らぎになるかもしれないと考え。
提案するために挙手しようとした。
だが、その前に。
「リンとタケミ! お前らは3日……つまり3分休めや!」
エンジュに言われてしまった。
それも、俺が頼もうとしていたこと……最後の休憩はリンと一緒に居させて欲しい、ってこと以上のことを。
「え」
リンがエンジュにそんなことを提案されて。
顔を赤らめていた。
さすがに黒属性でも、こういう言い方されると戸惑うのか。
対応に困っている様子だった。
エンジュは続ける。
「……種族が違うから言うん気が引けるんやけどな……ウチらノームは、気持ちが燃え上がったときが結ばれどきで、それを大事にする。そのせいで結婚の制度があらへん。他の人間種族と違って」
うん。
それは知ってる。
エンジュは続けた。
「ウチらは、死ぬ前に人生の選択で我慢したことを後で後悔することを何より嫌うんや。だからそういう恋愛観なんやけどな」
継続して1人の相手と愛を育まず、そのときそのときで好きになった相手と交わる。
それがノームの常識であり、道徳なんだろう。
俺らには全く理解できないけど。
しかし……
「正直、ウチらの恋愛観が異質なんはホンマまずいんやないかなぁ、と思わんでも無いんやけど……」
続くエンジュの言葉。
それは俺の胸を打ったんだ。
それは……
「死ぬ前に人生の選択で我慢したことを後悔しないように、ってのは共感して貰えるやろ!? ちゃうか?」
だから3日時間をやるから、ブラケルとの戦いの前に充分相手と愛し合っておけと。
そう言いたいらしい。エンジュは。
それを聞き、リンは
「エンジュ……」
おずおずと。
それを見てエンジュは
「なんや? まさか、1週間休ませろとか言わへんやろな? それはさすがにアカンで!?」
1週間も休んだら絶対感覚鈍るわ! そう、エンジュが身構えているところに。
「違うの!」
リンの否定。
そして……
「ありがとう……しっかり休むね。そして悔いが残らないようにするね」
ニッコリと。
彼女はエンジュに笑顔を向けて。
「行こ。タケミ」
その後俺の手を引いて、あの屋敷の絵「絵の屋敷」の前に歩いて行った。
この屋敷の中の物品は、消費しても決して尽きないし、部屋も常に最高の状態で止まってるらしい。
食糧庫の中の野菜や肉類は減らないそうだし。
風呂はいつでも湧いていて、湯は常に澄んでいる。
トイレも決して汚れない。
部屋に埃も溜まらず、汚くならない。
エンジュはこのマジックアイテムを自分のものにしたがっているけど、気持ちは分かる。
一般の感覚では、一番嬉しいマジックアイテムはこれだろうし。
武器や防具に興味無いならこれが一番欲しいよな。そりゃ。
「さて」
リンはこの屋敷内に入って、中を見回していた。
これで通算3回目か。
……男と入ったのは、これがはじめてのはずだけど。
エンジュはここに俺たちが入るとき。
最下層の宝箱で、新たに見つけたアイテムで、ここで使えそうなものを色々持たせてくれた。
「説明書きも作って入れといたで! 見ときや!」
と、言いつつ。
一体、何があるんだろうか……?
それを確認するために、アイテムをまとめた手提げ袋を探ろうとしたとき。
「タケミ」
リンに呼ばれた。
そこで、袋の中身を探る手が止まる。
振り向く。
そこには
微笑みながらこちらを見ているリンがいて。
こう言ったんだ。
「……今から3日間、何があっても後悔が残らないようにしっかり愛し合おうね」
リンが、俺と、本心から、愛し合いたいって言ってくれた。
出会って数カ月、最下層で一緒に戦い抜いた相棒が。
ものすごい……衝撃だった。
その瞬間。
俺の中で、色々とスイッチが入って。
俺はリンに近づき。
抱き寄せてその唇を奪った。
そしてリンはそんな俺のことを拒絶せず。
俺の背中に手を回し。
受け入れてくれた。
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