第76話 本当の夢

 どのくらい口づけしていただろうか。


 リンが離れたとき。

 その表情は


 え?


 俺はそう思った。


 見たことの無い表情だった。

 ただ、俺へのすごい好意だけが伝わって来る。


 好意……いや、もっとすごいものか。


 前にも言ったけど、俺はリンはずっと可愛いと思ってた。

 それでも口説こうとしなかったのは、リンの属性が俺とは違うこと。

 そして俺が男女の仲に、悪い未来しか想像してないのがあった。


 だって、俺の親父は失敗したからな。


 そのせいで正直、リンがこういう行動をとってくることは考えてなかったんだ。

 だから


「どうして?」


 俺から出た言葉はそんな言葉。


「……好きだから」


 彼女はそう言った。

 真っ直ぐ俺を見つめながら。


 え……?


 混乱する。


 リンが?

 俺を?


 俺が硬直していると。


「そんなことより、何で魂斬を使ってくれたの?」


 そっちの理由を訊かれた。

 俺が無双正宗の性能を落とす『魂斬』を使った理由……


 使いたかったから。


 ……いや、これはダメだろ。


 何故使いたかった?


 それはさっきも言ったけど、バルログに勝ち逃げされるのが許せなかった。

 これだ。


 何故、それが許せなかったんだ?


 それは……


 リンの人生を賭けた仇敵が、アイツだったからだ。

 相棒の仇敵……。

 無視して流せる相手じゃ無いよな。


 うん……相棒には違いないけど

 で、何故それで魂斬を使う理由になるの?


 相棒とはいえ


 そもそも、リンは無双正宗を手に入れるために、止む無く組んだ相手だろう?


 色々社会的に爪弾きにされる可能性すらあるのに、それを無視して組んだ相手。


 それぐらい、俺にとって無双正宗は大きかった。


 そのはずだよな?


 論理破綻してないか?


 ……してない!


 俺はその思考を即座に否定した。

 俺にとって無双正宗はとてつもなく大きなもの。

 夢、そのものだった。


 だけど……


 そうだ。

 夢には理由が要るんだよ。

 ああなりたいとか、あれが欲しいだけじゃダメなんだ。


 それだけじゃ、とてもレベルの低い夢なんだ。

 自己顕示欲、物欲止まりだってことだからな。


 本当の夢には理由が要る。


 何故そうなりたいのか。

 何故それが欲しいのか。


 そして俺は……


 あの、実質的に勝ち逃げすることを宣言したバルログを見て


 ああ、俺はここでこいつに魂斬を使わないといけない。

 そうしないと……


 俺にとって、リンが大切な女性ひとじゃなくなる。


 そう、思ってたんだ。

 自覚無かったけど。


 ……だから、全く躊躇い無く魂斬を使うことが出来た。


 つまり、俺は無双正宗を手に入れた理由が目の前に訪れたから、魂斬を使ったんだ。


 答えに辿り着いたので、俺は彼女に言った。


「使わないとリンが大切な存在では無くなると思ったからだ。夢には理由が要るんだよ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 リンは感極まった表情で、俺に抱き着いて来た。


 俺は……


 そんな彼女をしっかりと抱きしめ返していた。

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