第75話 あばよ
バルログの首を4つ同時に切断し。
バルログに死を与えた後。
リンは崩れ落ちるように膝を突く。
「お母さん、お父さん、オジさん……私、やったよ……」
そして静かに泣き始める。
何十年も追い続けた仇敵。
それを討ったんだから。
ボロボロ泣いている彼女に、俺は
「……おめでとう」
これ以外あるか?
彼女に掛ける言葉は。
「タケミ……ありがとう……ありがとう……!」
そして俺を見上げ、そう言い続けていた。
そこに
「あはははははっ」
……明るい笑い声がした。
誰だ……?
俺たちはその声の主を探り………
気づく。
……それは、生首のままで転がっているバルログだった。
「……侮り過ぎました。ボクとしたことが。悪い癖です」
そう言い、ふわりと浮く首。
……見回すと。
こいつの他の首と、身体は残っていない。
それが意味するところ。それは……
「もう少し遊び続ける予定だったのに、残念ですよ。誇りなさいね……勇者たち」
最後の言葉には、嘲りがあった。
自分を倒した相手に、この言葉。
「ボクが再び召喚されるまで、次は何年後ですかねぇ……? 100年後? 1000年後? 分かんないですけど……」
ここで、視線をリンに向けて
「あなた、ボクの次の召喚まで生きて居られますかねぇ? 今回は勝ち星ですけど……」
心底愉しそうに。
……こいつの本心。
ようは、慢心で倒されたのが悔しいのだ。
自分が、まともに戦えばこっちに一方的に倒されるほどの戦力差がある可能性を全く考慮してなくて。
それを見せられて、絶句した瞬間に首を4つ、まとめて飛ばされた。
慢心さえしてなければ、こうはならなかったハズなのに。
そのために、せめて寿命の問題を持ち出して、マウントを取らないと精神の安定が保てない……。
くだらねえな。
……しかし。
俺は、リンを見た。
リンは、バルログを相手にしていない顔をしているように見える。
気にしても仕方ないからな。
悪魔はこいつだけじゃない。
……だから。
気にしても仕方がない。
だけど……
俺は、見た。
リンの手が、震えていることを。
そっか……
そうだよな。
意味の無いことを大切にすることが人間なんだよな。
だから……
俺は、無双正宗を抜いた。
バルログはリンに負け惜しみを言うのに夢中で気づいていない。
「次の召喚時はもう慢心しないで慎重に行動しますよ。こんなバカな負け方をしないように……」
空しいな。何嗤ってんだよ?
嗤わないと、心の安定が保てないか?
悔しくて。
……しかしおめでたいな。
次の召喚時、ね……
「次は無いぞ」
「え……?」
そこでバルログはようやく気付いた。
俺が無双正宗を抜いていることを。
そして……
俺が『魂斬』を発動させていることを……
「ま、待って下さい! その斬撃は回数制限があるはずですね!? 落ち着いて!」
俺の魂斬を発動させた無双正宗は、刀身が紫色の光を放っていた。
それを見たバルログは、途端に焦り出す。
こいつはどうも知ってるらしい。
この刀がどういう状態なのか。
……まあ、悪魔にとっては真に恐れるものと言えるものだろうし。
知っててもおかしくはないか。
バルログは続ける。
「悪魔はボクだけでは無いのですよ!? 勿体ないと思わないのですか!?」
俺は刀を振り上げた。大上段だ。
……この状態で、さっさとこいつは消滅しようとしない。
ということは、この世から去るタイミングはこいつにはままならないのか。
そっか……好都合。
俺は宙に浮く生首を見つめる。
バルログは続けた。
「ボクはあなた方より高次の存在なんですよ!? あなたたちとは魂の重さが違うんです! 考え直して!」
まあ、このまま振り下ろしたら、確実に外さない。
ここからどう逃げようと、逃がさない自信が俺にはある。
「それにボクは放っておいても消えますし、おそらく2度とあなたたちの存命中には出てこないです! あなたたちにとっては実質いないのと一緒! それなのにそんな行為! 許されると思っているのですか!? やめなさい!」
……こんなもんか。
少しは気が晴れたか?
……リン。
よし。
なら、いいか。
「あばよ」
俺のその言葉を聞いた瞬間。
バルログは悲鳴をあげた。
「やめてくれええええ!」
だがそんなものは一切考慮せず。
俺は大上段から斬り下ろし。
その紫色の刃で、バルログの生首を2つに割った。
その瞬間
「ウギャアアアアアアア!!」
バルログの生首は塵に変わり。
この人間界から消滅した。
そして。
俺の無双正宗の紫色の輝きも消滅する。
その輝きが消えた後。
無双正宗には目に見える変化は起きていなかったが。
確実に、変わっていることが肌で感じ取れる。
使い手としての感覚で、分かってしまうんだ。
……今、無双正宗の神がかり的な真の力が失われた。
刀を掲げて、刃の状態を確認する。
……良く分からなかったけど、確実に。
無双正宗から、神の力が抜け落ちた……!
そこに
「タケミ……つこてもうたんやな」
エンジュが俺にそんなことを言って来た。
まあ、意外かもな。
ずっと、追って来た宝物のはずなのに。
「……デタラメ過ぎる刀ってのはそれはそれで使いにくい」
一応、そう返しておく。
……本当はただ、リンがバルログを討つために積んで来たこと。そして討たれたバルログが失うもの。
そのバランスが取れていないのにムカついたんだよ。
何十年も積んで来たリンが、やっと仇を取ったのに。
恨みの相手はほぼ実害無し。
そしてリンの努力を嘲笑いながら消えていく……
単にそれを見逃すことが不愉快でたまらないと思えただけだ。
ただ、それだけ。
そして俺が、無双正宗を納刀したとき。
「タケミ!」
いきなりだった。
……リンが俺の首根っこに抱き着いて
俺の唇に、キスをしてきたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます