第67話 魔人ヨシツネ

「ならばここで首を晒すがいい!!」


 ヨシツネは両手に持った刀2振りを左右に掲げた。


 その瞬間、空間が歪む。

 歪んだ空間から、数多くの青白い顔色の武者が出現する。


 彼らは刀で武装していて、青白い色の甲冑を身に纏っていた。

 彼らの周りを舞う人魂。


「呪い武者!」


 エンジュの言葉が飛ぶ。


「そいつら、アンデッドだから絶対に眠らんし、魔力魔法も第2位階まで使って来る! だから……」


「カーテル デンジ ビホルト ハタン」


 青白い侍たちが、そう淡々とした言葉遣いで魔法語を詠唱。

 そして次の瞬間、眠りの空気の魔法が一斉に発動する。


「うっ!」


 タマミがふらつく。


 ……他の3人は無事。


 それは……


 多分、ミナは不眠のネックレスを身に付けている影響。

 おやっさんは単純に精神力。


 そしてリンは……効果範囲外。


 発動前に密集区域から逃げたからね。


「タマミ!」


 思わず俺がそう声を掛けると


「気が漫ろだぞ。そんな程度で、侍を名乗るな」


 声がすぐ傍にからした。


 しまった! と思いながら襲って来る斬撃を体捌きと刀での受け流しを発動させて躱す。

 嵐のように襲って来る二刀の斬撃。それを全力集中でやり過ごす。

 

「……仲間が気になるか。卑怯などと泣き言は聞かぬぞ」


「当たり前だろ」


 一度刀を合わせたら、相手の命を取ることに全力を尽くす。

 それが武芸者の在り方だろ。


 それは、相手の気を逸らすために相手の仲間を自分の配下に襲わせるのも含まれる。


 それで倒されてしまうなら、そいつはその程度の武芸者なんだよ。


 そこに


「タマミさん!」


 ミナの声。


 ……一体どうなってるんだ?

 気になる……


 けど


「拙者、全力で貴殿を倒す」


 とん、とん、と。


 軽く跳躍するヨシツネ。


 俺はその仕草を見て、心臓を掴まれるような恐怖を感じた。

 ……来る。


 あの伝説の技が。


 そんな予感がする。


 気を抜くな……

 準備をしろ……


 俺は左手で印を組む。


「ゆくぞッ!」


 その声と同時に、俺はヨシツネを見失う。


 ダンノウラ八艘飛び。


 ヨシツネは恐ろしい脚力を持っていて、ひと飛びで相手の視界外に跳躍し、そのまま間合いを詰めて斬り掛かることができたらしい。

 やられた側はヨシツネの姿が急に消えたように感じてしまう技だったと伝えられている。


 この技の攻略は……!


 間に合うか?


「……ギバール オンローバー!」


「ごおおおお!?」


 一瞬の奪い合い。


 ヨシツネの八艘飛びが炸裂する寸前に、俺の周囲で発動した氷嵐の魔法が炸裂する。

 俺の視界から消えて、死角から来る技だけど。


 俺に斬り掛かる技なのは確定なのだから、範囲で迎え撃てばいい!


 そして


 現在、俺に氷結系攻撃は無効なんだから、やるならこれだろ!

 自分を巻き込んで発動させる!


 氷の嵐で打ちのめされるヨシツネに、俺は容赦をしない。

 逆袈裟で斬り上げる。


 だが、ヨシツネは凍える身体でそれを鎧の表面で受け流すようにして躱し。


 跳躍。

 間合いを取る。


「……面白い対抗策だ。愉しいぞ」


「光栄だ」


 伝説の侍の魔人に賞賛された。

 喜び以外は無いな。


「拙者、まじないの類はからっきしである故、同じことはできぬ」


「そうなのか」


 意外だった。

 侍なのに。


 ……で


「……アンタなんで幼少期の逸話がひとつも無いの?」


 相手の隙を作る意味も込めて、俺は会話を仕掛けた。

 受けてくれても良し。

 無視しても良し。


 すると


「この世界に居なかったから、無いのだ」


 ……お?


 俺は、興味を惹かれてしまう。

 この世界に居なかった?

 どういう意味だ?


 彼は続ける。


「世界は1つしか無いわけでは無いのだよ」


 パチン、と二刀を腰の鞘に納めると。


「拙者は元々、侍の家の棟梁の家に生まれた」


 ……どこの?

 肝心な言葉が足りていない。


「拙者には兄上が居たが……拙者は兄上にとっては、あまり良い弟では無かったらしい」


 いきなり、兄弟の話を語り出す。

 意味が分からない。


 ……何を言おうとしてるんだ?


「拙者としては、兄上のために勝利を届け続けたつもりだったのだが……結果は嫌われ、排除された。兄上を呪ったときもあったが、頭を冷やすと自分にも問題があったことに思い当たってな……」


 言って、スッと腰を落としつつ


「本当に……会話は大事だよ!」


 次の瞬間、ヨシツネの姿が掻き消える!


 再び、八艘飛び!


 俺の死角に飛んで、斬り掛かって来る!

 迎え撃つには……


「ダートルド ギバール……」


 氷嵐の魔法!

 当然、自分中心に!


 間に合え、と思いつつ、詠唱に集中する!


「……オンローバー!」


 ……間に合った!


 だが


「カーテル デンジ ビホルト ハタン!」


 同時に、別の詠唱が完成していた。

 それは……


 俺を中心に発動する氷嵐の魔法。

 同時に、襲って来る強烈な睡魔。


 ……眠りの空気の魔法!


 それを使ったのは……


 視線を、投げる。

 そこには……


 片手で印を結び、会心の笑みを浮かべるヨシツネ。


 ……アホか、俺は……

 何故、ヨシツネが呪いを使えないという言葉を真実だと思い込んだ……?


 敵の言うことを……信じてんじゃねぇ!


 ふらつく。

 気合だけで立っているが……


「……もらった!」


 ヨシツネが居合腰の姿勢で突っ込んでくる。


 俺ものろのろと、必死で脇構えを取るが……


 意思が……定まらない……!


 接近してくるヨシツネ。

 ヨシツネの手が、刀の鯉口を捻るのが見える。

 その捻り具合で、何の斬撃が来るか分かる……


 鯉口が水平。来るのは『胴薙ぎ』


 俺は……


 その瞬間、覚醒した。


 ヨシツネの胴薙ぎが繰り出される寸前。

 抜き付けが終わる一瞬前。


 その刀の束を握る手指に、俺は脇構えからの胴薙ぎ一閃を繰り出す。


 一撃で4指が吹っ飛び、ヨシツネの右手が破壊された。

 そして俺はさらに踏み込んで、刀を握れなくなったヨシツネに、上段斬り下ろしを浴びせる。


 鉄斬……


 俺の刀はヨシツネの甲冑ごと、その胸の半ばまで斬り下ろす。


 ……敵の手を攻撃し、その攻撃を潰した後に踏み込んで上段斬り下ろしを浴びせる技。

 その名は「稲妻」……。


「……見事だ」


 致命傷を負ったヨシツネは、そう言って倒れ伏す。


 そして


「……何故、急に覚醒したように動けたのだ……?」


 半透明になり、消えていくヨシツネ。

 完全に消える前に、真相を知りたいのか。


 だから……言ったよ。


 どくどく血を吹き出す、失われた左耳を押さえつつ。


「仲間に耳を片方削がれたんだ。それで目が覚めた」


 そう……

 ヨシツネの睡眠魔法でフラフラになっていたとき。

 突如、俺の左耳を吹っ飛ばされて。

 それで、目が覚めた。


 やったのは……


 リンが、その手をこちらに向けて申し訳なさそうに俺を見ていた。


 ……リンが、咄嗟の判断で十束剣で俺の耳を片方削いだんだ。

 ナイス……お陰で勝てたよ。


 俺は笑みを向けた。


「……なるほど……素晴らしい機転だ。あのえるふはお前のものか?」


 心底愉しそうにヨシツネ。

 俺たちの様子で、大体の事情を察したらしい。


 俺は答えたよ。


「……いや、残念ながら」


「それは……勿体ないな」


 微笑む。


 ……その言葉を最後に。

 この、原初の侍の姿を留めた魔人は消滅した。

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