第57話 クソネコ獣人

 貧乳薬。

 リンと一緒に、リビングソードを倒して手に入れた毒薬だ。

 効果がヤバイから危なくて売れないし、捨てるわけにもいかないので持ち続けていたんだけど。

 それがここで役に立つなんて。


 ティアマトは震えていた。

 怒りに震えていた。


 そこにタマミが追い打ちを掛ける。


「ちなみにその胸は元に戻んないからね!? 少なくとも死ぬまで戻んないからね!? ねえどんな気持ち? 爆乳気取ってた癖に、大平原になってしまった気持ちは!?」


 爆笑を交えつつ、煽る。

 すると


「ころすううううう!」


 目を吊り上げて、ティアマトが動き出した。

 かなりの速度だ。


 だけど


 少し、遅い。

 多分、あの海の結界というバリア。

 展開しているときは、移動速度が遅めになるんだろう。


 とすると……


 もしかしたら、タマミを追うために解除する可能性があるかもしれない。


 ……あの地下7階の階段への扉を開け放ち、ティアマトを煽りまくってから逃走したタマミを追うために。




★ここからはティアマト目線




 あのケットシー!

 絶対に殺してやる!


 この私の豊かで美しい胸を!

 毒薬で潰してしまうなんて!


 許せない! 嬲り殺しだ!

 生まれたことを後悔させてやるわ!


 私はあのケットシーを追った。

 最優先で。


 一瞬、海の結界の解除すら考えた。


 でも、それはダメだ。

 それが狙いかもしれないもの。


 だからギリギリで自分を抑えて耐え、そのまま追跡する。


 ドアを潜った。

 居ない。


 ……階段よね。


 地下7階。


 巨人とドラゴンが闊歩するフロア。

 盗賊1人でうろついたら、野垂れ死にがありえるフロアよ。

 つまり


 ……さすがに地下7階までは行けまい。


 袋の鼠だ。


 残念だったわね。

 嬲り殺しの運命は変わらないわ。


 私から逃げても地獄。

 逃げなくても地獄。


 ……思い知らせてやるわ。

 ムシケラ!


 ……何故か。

 私がそう、激昂しながら階段を目指しているのに。


 あのケットシーの仲間たちは、一切邪魔をしてこなかった。


 ……たとえ無駄でも、こういうときは行動するものじゃないの?

 それが人間でしょ?


 見捨てられた……?

 私が海の結界を解除しないから……?


 色々考えたけど


 そんなことより、恨みを晴らす!

 それを優先し、私は階段を目指した。


 階段は幅3メートル、天井7メートル。


 通路からすると、少し狭い。


 もし私が武術家で、槍使いだったら入ることに抵抗を覚える広さ。


 でも、私はそうではない。

 だから気にしない。


 私は足を踏み入れる。


 ……さあケットシー。

 お前の寿命はもう尽きるわよ。

 大人しく待つのね。


 階段を下る。


 さあ、さあ、さあ……


 ゾクゾクする。

 怒りが最高潮に達したら、恨みの相手を探すのがこんなに愉しいのか。


 そして……


 あいつが、居た。


 階段半ばで、立ち止まっていた。


「……あら、鬼ごっこはお終い?」


 驚くほど私の声は落ち着いていた。

 これから展開する、殺戮ゲームへの期待がそうさせているのか。

 私はご馳走を前に取り乱すような品性の無いことはしないから。

 逆に、落ち着く。


「……もう、勝ったつもりなんだ?」


 すると、ケットシーが生意気にも捨て台詞を吐いてきた。

 ……捨て台詞よ。

 だってこれから死ぬんだものね。


「当たり前でしょッ!」


 言って私は竜頭から、水刃のブレスを吐く。

 狙いはケットシーの両脚。


 まずは足を奪って、動けなくして。

 次に腕。


 腕を落としたら、腰。


 ……で、後は死ぬまでほっときましょう。

 痛みで「ころしてええ」って泣き叫ぶのが楽しみよ。


 ……と思っていたら。


 ケットシー、ジャンプして私の水刃のブレスを躱した。

 躱しながら


「光の球!」


 ケットシーは叫ぶ。

 同時に、輝く球が出現し。

 私は眩しさに目を細めた。


 ……これは魔力魔法……!

 このケットシー、魔法が使えるの?


 でも、魔法語使わなかったわよね?


 何故? 理由が分からない……


 疑問符を浮かべる私を他所に、ケットシーは私の足下に潜り込んで来た。


 ……ここの位置では水刃のブレスを吐けない。


 けれど……!


「シーサーペント!」


 私はシーサーペントを呼び出し、足元に潜り込んだケットシーに噛みかからせ、捕らえようとした。

 けれど


 ケットシーはギリギリで逃亡。

 あまりにぎりぎりだったせいで、何か落としたけど、それよりもこのクソネコ獣人をどうするかよ!


 私はケットシーを目で追った。


 逃げながら、ケットシーは虚勢を張っているのか


「タマミはさあ、盗賊だから、今まで戦闘で補助しかしたことないんだよね」


 必死で逃げている癖に、なんだか楽しそう。


 水刃のブレス! 当たらない! イラつく!


 このクソネコ! 壁を蹴って移動する! 当てにくい!


「それが何か!? これから死ぬお前には何も関係ない!」


 声がイラついてきた。

 落ち着かないと。


 落ち着かないと水刃が当たらない!


「だからさあ……」


 声に、笑いが籠っている。

 喜び。

 達成感。


 ……何?


「ランダムテレポート」


 は……?


「タマミは座標指定なんて出来ないし、してないから、タマミが使うと自然そうなるんだけどね」


 話が飛んでいる!

 理解できないわ!


「狂ったのか……? 意味不明よ!」


 そう、思い切り馬鹿にした口調で言ってやった。

 すると


「足下」


 タマミ……このクソネコ獣人の言葉。

 私はそこで足元を見た。


 そこで私は驚愕した。


 ……青白い光で描かれた、巨大な魔法陣……


 それが足元に展開されていた。


 怒り過ぎて、気づくのが遅れた……


 まさか……これは……!


 転移の魔法陣……!

 そんな、どうやって……!?


「もう遅いよ。じゃあね……水の邪神……ええと、ティアマト」


 そこでこの獣人は、ニコリと笑ったのだ。

 とても満足げな笑みで。


 そこで

 喉の奥から私は叫んだ。


「このクソネコ獣人があああああああ!!!」


 それが、私の最期の言葉になった。




★タマミ目線




 パシャッ。


 ティアマトがテレポートした後。

 その場に大量の水が残された。


 どうやら、あの海の結界とやらに使用されていた水。

 それはテレポートの対象外になったみたい。


 ……しかし


 一生分、動いた気がするなぁ……


 さっきも言ったけど。


 タマミはこれまで、大物を仕留めたことが1回も無い。

 それが実は、ちょっとコンプレックスだった。

 戦闘力が無い仲間は、他にエンジュがいるけど。


 エンジュは知恵で敵を倒してるからねぇ……。


 1回、やってみたかったんだよ。こういうの。

 満足。大金星。


 ランダムテレポートは対象を半径100メートル圏内のどこかに転移させる。

 そしてここは階段。周囲は全部石だから。


 ……今、ティアマトは石と同化してるはずだ。


 石の中にテレポートって、そういうことなんだよ。

 例え石を割って取り出そうとしても、死体が石と同化してて、蘇生が効かないんだって。

 エンジュが言ってたから間違いない。


 ……あのとき。

 転移の巻物と、ランダムテレポートと階段。

 この3つが結びついて、この手を思いついたんだけど。


 正直、自分が天才なんじゃないかと思ったよ。

 上手く行って、良かったぁぁぁ……


 そしてタマミは、その場に腰を下ろしたよ。階段の上に。

 ちょっとだけ、休みたかったから。


 ホント、疲れたぁぁぁぁ……。

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