第55話 転移の魔法

 色々問題のあった地下5階では、あの他に特に問題は起きず。

 そのまま6階に到達できた。


 何も無い石畳。

 それを皆で歩きながら


 少し気が抜けてしまったのか


「そういやさ」


 タマミが歩きながら話をはじめた。


「転移の巻物あるじゃん」


「ああ、あるな」


 見つけたよな。

 それも。


 閃光業火の巻物と一緒に。


「それって、緊急脱出が出来るってことなの?」


 巻物なんだし。

 前にさ、エリオスが「転移の魔法は、戦闘中に使うと危険なんで期待しないでください」って言ってたけど、そういうの無しで使えるんだよね?


 そんなことをタマミがエンジュに訊いていた。


 するとエンジュは


「いや、やっぱ無理やで。あの巻物は、座標設定のイメージができへんと使えへんし、そもそも」


 ウチらの中に、転移の魔法の座標を設定したことのあるヤツがおれへん。

 だから危なくて使われへんな。


 それがエンジュの答えだった。


 エンジュ曰く


「転移の魔法は、魔法語の詠唱中、ずっと転移先がどこにあるのか、どんな場所なのかを強くイメージし続けるらしい」


 ……らしいね。

 一応、勉強の過程で聞いた覚えはある。


「なので、戦闘中に使うのは無理なんやな。そこまで集中できへんから。大体、多くの場合目ぇ閉じるらしいしな」


 ……まあね。

 エリオスもそうしてたよな。


 すると


「でも、イメージくらいならタマミだって出来るよ?」


 タマミのヤツが食い下がって来る。

 あのなぁ……


 エンジュはそれに頷きながらも


「できるかもしれへんけど、転移実績の無いヤツにそんなもん任せられるわけ無いやろ」


 イメージに失敗しとったら、転移先は高さ設定ゼロ、つまり平面座標で半径100メートル圏内のどこかにランダム設定されるんや。

 その先が石やったら、全滅やぞ。


 使えるわけあれへんわ。


 ……だよねー。


 エンジュのコメントはもっともだ。

 そんな危険な作業、実績の無いヤツに任せられるわけがない。


 エリオスも、転移の魔法を習得したときは、何もない原っぱで、ひたすら自分の家のイメージをしてたらしいし。

 それで問題なく家に帰れるようになってから、ようやく実戦投入したって言ってた。


 それぐらい危ない魔法なんだよ。


「そっか……じゃあ、逃げ帰れる可能性は頭の中から摘んだ方が良いんだね?」


「そやな。ここまで来たら、難しいわな」


 そんな会話をしていたら


 ドアが見えて来た。

 見覚えがあるドアだ。


「あの先に、地下7階への階段があるよ」


「確か、あの扉はかなり難易度の高い鍵が掛かってたよな」


「そうじゃったな」


 タマミの言葉に、エンジュとおやっさんが応える。


 ……魔王が復活すると、通例では迷宮内部の扉の鍵も復活することになっている。

 つまり……


「タマミの出番だね!」


 タマミは嬉しそうに扉に取り付いた。


 ……タマミは宝箱とか、こういう鍵だとか。

 あと、宝箱部屋の聞き耳とか。

 自分の仕事が出来る場面に巡り合うと、テンションがあがる。


 この辺、こいつの気高いところだとは思うんだよな。


 他人のために働けるのが生きがいだってことだし。


 タマミのヤツは盗賊ツール……得体のしれない針金とか、フックとか、良く分からないもの……を取り出して、扉相手にカチャカチャやりはじめた。

 まあ、数分で陥落して開くようになるはずだ。


 こいつの腕は信頼してる。


 正直、少し気を抜いていた。


 そのときだった。


「ウフフフフ……」


 女の笑い声が響いて来た。

 ……この迷宮で……女?


 女悪魔のサキュバスか……?

 それとも、死の妖精デュラハンか……?


 色々イメージする。

 メンバー全員に、緊張が走る。


 皆が一斉に、声の方向を見た。


 そこにある闇。


 闇の中から……


 こつ、こつ、こつ、と。


 人影が歩み出て来た。


 その人影は全体としてはヒュームの美女だった。

 スタイルはかなりいい。

 ミナと同等かもしれない。かなりメリハリの利いた凹凸のある体型だ。

 背が高い。170センチに迫る勢いだな。

 そして髪が長く、赤色。

 炎のような色だった。

 衣装は同色の肩出しドレス。


 ……ここまでは、人間と同じ身体構造。


 違うのは、その細い両肩から、2つの竜の首が生えていることだった。


 その竜たちは、独自の意思があるのか、鎌首をあげて俺たちを睨んでいた。


「ここまで下りてくるとは。パズズは倒されたのね。……人間相手、自分1人で十分だと息巻いていたくせに」


 そう言って、妖艶に微笑む人外の美女。


 エンジュ、あいつは何者だ!?


 俺は訪ねる勢いで、彼女を見た。

 すると……


「……ギリメカラ、パズズと来たんや。あと、あの人型に2つの竜の首って来たならそれはもう……」


 彼女は教えてくれた。


「水の邪神ティアマトやろな。……なんでも2つの竜の頭から水刃のブレスを吐き、人体の部分から海の魔物を召喚して襲って来るらしい」


 赤毛の美女……邪神ティアマトは、エンジュのその返答を愉しそうに聞きつつ


「……残念ながらそれだけじゃ無いわね」


 そんな言葉を発したとき


 邪神の周囲から水が沸き起こり。

 ティアマトは、水の球体に包まれた。

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