第54話 ひとつの理想

 階層間を繋ぐ階段はかなり長い。


 まあ、迷宮は天井の高さが8メートルはあるからな。

 8メートルの天井の上に、次の階層まで続く分厚い石の塊があるんだから。


 その分厚さはおそらく5メートルは軽くある。


 俺たちはそんな長い階段を降りて、地下5階に到達した。


「久々に来たな。最近ずっと地下4階から最下層のコースやったし」


 エンジュがそう、懐かしそうに言う。


「ここは不定形の魔物の巣窟だったけど、今もそうなのかな?」


 タマミがあたりを見回しながら。


 ……ここは厄介だったな。


 金属製武器を破壊する、酸の体液を持ってる「アシッドスライム」とか。

 人間形態から突如液状化する獣人の「ワースライム」とか。

 丸のみし、犠牲者の金属装備をダメにする竹輪みたいな筒状モンスターの「ローグイーター」とか。

 あと……ローパーとか。


 とにかく、倒しにくいのが多いんだよ。


「ここはローパー様の巣窟でしたわよね」


 先行するミナがそんなことを言う。

 最近お会いしてないのが残念です。

 と。


 ……んん?


 なんか変な発言を訊いた気がしたので、ミナの方を振り向いたら


「まあ!」


 なんだか、嬉しそうな顔。


 リンは怯えた顔をしていたが。


 そこには

 うじゅるうじゅると。


 いつぞやの、地下4階で目撃するに至った触手の怪物ローパーたちが、徒党を組んで襲ってきていた。





 ローパー。


 ゴブリンと並ぶ、女性の敵だそうだけど。


 エンジュが言うには、妊娠出産という種族にとっての難題を、別の種族の雌を利用することで解決した、ある意味進んだ生命体なんだそうだ。

 普通の雌雄がある生命体は、雌が妊娠中、著しくその生物としての強度が低下する。

 だから雄が狩りを代行するなどして守る必要があるわけだけど。


 特に高等生物になるほどその傾向が強いよな。


 だけどこいつらは雌を自前で用意しないので、妊娠中にその雌が命を落としたとしても、種族としては痛手では無いんだよな。

 だからメチャクチャするんだよ。

 こいつらに犯されて妊娠すると、3時間くらいで出産まで行くそうだ。

 で、多くの場合5巡目くらいで母体になった女性が死亡するらしい。


 ……ただし、苦痛は感じていないらしいんだけどね。


 こいつらの粘液、滑らせることで斬撃を防ぐだけでなく、人間の体内に入ると強烈な媚薬になるらしく。

 快楽の中、獣のように嗤いながら狂い死ぬんだと。


 だからまあ……


 おなかを押さえて後退ってる、リンとかエンジュとかタマミの反応は正しいんだよな。

 目を輝かせているミナが変なんだ。


「……エンジュさんに聞きました。ローパー様は女の卵子に、受精の瞬間その核を破壊する攻撃をするそうですね。そして自分の精子から核を出して卵子そのものを乗っ取る。こういうのを古代王国時代ではクローンって呼んだそうですけど」


 なんでそんなに嬉しそうに、女の地獄の状況を語ってるんだ君は?


 こいつは何を言っているんだ?


「……生殖器付きの触手が計5本……繊毛付き吸引触手が計3本……ああ、素晴らしいですわ」


 ……何が?


 俺はとりあえず、阿修羅を炎の相にして。


 迫って来るローパーたちに、片っ端から斬り掛かった。


「ああっ!」


 ミナが悲鳴に似た声をあげたが、そんなもんは無視だ。

 こんな危ないやつ放っておけるか!




 そして


 俺が全ローパーを斬り捨ててしまうと。


 ミナは悲しそうに手を合わせていた。


「生殖器が5本あり、口の役割を果たす繊毛付き吸引触手が計3本……これが人間の男性の理想の姿のはずなのに」


「んなわけあるか!」


 他3人の女性陣の声がハモったのが、唯一の救いだと思った。

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