第37話 しょうがないよな
「ごめんなさい。タケミさん」
エリオスが深々と俺に頭を下げてくる。
エリオス……
無理なのか。
俺は悲しかった。
だけど……無理強いはできないよな。
何故なら……
「自分でも間違っているのは分かってます。でも、僕は自分が抑えられないかもしれない。それが怖いんです……!」
だよな……
それがプロの態度かもしれない。ある意味。
パーティーメンバーと助け合う意識がどうしても持てないかもしれない。
その想いを抱えてパーティーに参加されるのはあまりにも危険だ。
大人になれとか、それでも専門家かという、罵り文句だけではどうしようもないものがあるはず。
……正直、メチャメチャ惜しい。
エリオス1人で、達人レベルの魔術師と神官を2人連れているのと同じ状態だものな。
迷宮でこれほど頼もしいこと、あるか? って感じだ。
でも、土壇場で私情が抑えられないかもしれないならしょうがない。
逆に、それを事前に申告して不参加表明をしてくれるだけ、エリオスは誠実だと思う。
「いいよ。エリオス。……無理強いはしないし、できんわな」
俺はそう言った。
リンはちょっと複雑そうな目で彼を見ている。
そしてミナは、申し訳なさそうな顔で俯いていた。
「申し訳ありません。……本当に申し訳ありません」
何度も頭を下げて、エリオスは席を立った。
……俺は彼を見損なうとか、見下すとか。
そういうのは無かったな。
無理もないとか、そういうのじゃない。
事実上、パーティープレイが取れないんだ。
何度も言うけど、しょうがないんだよこれは。
そして彼が立ち去って
「……あの人、賢くて使用できる魔法の位階もすごいんだよね。……惜しいね」
そう、リンが洩らす。
それに俺が頷き。
「……不貞行為って、ものすごく男性を傷つけるんだね」
続くリンの言葉に
「相手への愛情が深ければ、裏切られたときの憎しみも濃くなるんだよ」
俺はそう返した。
……一般論だけど、
俺がもし、同じ状況になったら、どうなるんだろうか?
……同じようになってしまうのかな?
俺の親父は、俺の母親に裏切られたわけだけど。
親父が狂わなかったの、単に母親を大して愛していなかっただけの話なのか?
とりあえず、行動を起こすにしても明日以降だ。
それは間違いないので、俺たちはその日、そのまま別れた。
明日、おやっさんとエンジュ、そしてタマミにも声を掛ける。
そこにリンを混ぜれば6人だ。
パーティーの基本人数は揃う。
そこで6人で話して、詰めよう。
全てはそこからだ。
その日、自宅の木賃宿に帰って、自分の部屋の布団の上で横になりながら。
「……新生魔王ブラケルと、4柱の邪神か……死ぬかもしれないんだよな。これまで以上に」
ぼそり、と言葉を口にする。
正直、恐怖を感じている。
……これまでは、勝算はある気で挑んで来た。
それがただの見誤りであった場合も、もちろんあったけど。
そんなに大きな見誤りでは無かったはずだ。
もしそんなものがあったら、俺はおそらくここに居ない。
だけど……
明日から挑む予定の相手は、別次元の相手の可能性がある。
そんな相手と戦って、俺は生き残れるのか……?
ここで
俺はリンのことを思い出した。
俺は、彼女のロイヤルスイート住まいをただの贅沢だと思っていた。
でも……
今の俺は、彼女の気持ちがほんの少し、分かるようになった気がする。
彼女は、バルログという自分の力では返り討ちにされるかもしれない相手との戦いを意識してずっと生きてきた女性だ。
その状況なら、明日の保証は無いわけだ。ある意味。
何故って、明日仇に当たるかもしれないんだから。
そのとき、死ぬかもしれないんだ。
……だったら、宿代ケチって貯金してどうするんだ、って結論になるよな。
他人の生き方を一面的に見て断罪するのはやっぱ、ダメだよな……
俺は布団の中で眠りに落ちつつありながら。
そんなことをつらつら考えた……
そして
次の日。
朝日を浴びながら、スズメの鳴き声を聞く時間。
「ふああああ……」
微睡から覚め、伸びをしていたら。
……いきなり。
俺の泊っている木賃宿に、訪問者があった。
ドタドタ音を立てながら、やってきた。
「……冒険者タケミ。陛下がお呼びだ。一緒に来るように」
清潔でキッチリした、立派な黒い制服に身を包んだ男たちだ。
王城からの使者だった。
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