第31話 馬鹿ではないですわ
「2対1か。まあ良いだろう」
アークデーモンに焦りはない。
戦いの難度があがり、愉しみが増えたという気分なんだろうか。
……聖者の法衣を着装しているミナの斬撃。
こいつに通じるのはどう考えてもそっちだな。
何せデーモンキラーとクリティカルヒット付与の合わせ技の防具だ。
それならば俺としては……
俺は背後のミナに意識を向ける。
「俺が時間を稼ぐから、その間に何か手を考えろ」
そう言って俺は左手で印を結び、魔法語の詠唱を開始する。
……ミナ、こいつは馬鹿では無いはず。
普段の頭の中はチ〇ポで一杯かもしれないけど。
だったら、この手を見たらきっと思いつくはず……
口に出したいが、言ったら破綻するし……な。
「カーテル デンジ ビホルト……」
俺が今唱えているのは魔力魔法第1位階の魔法「眠りの空気」だ。
指定の空間の空気を、睡眠ガスに変化させる魔法。
……駆け出し冒険者が、戦いのイロハを身に着けるために、弱い魔物相手に使用することが多い魔法だ。
アークデーモンは余裕だった。
何故なら、悪魔は絶対に眠らないからだ。
なので、この魔法は抵抗するしない以前の問題で。
そもそも効果が無い。
そりゃ余裕だよな。
で……
最後の単語「ハタン」を唱えず突っ込む。
すると、アークデーモンは笑いだす。
「我の猿真似か!?」
俺の逆袈裟を体捌きで避け、さらに踏み込んでの上段斬り下ろしを半身で避けた。
「工夫が無い上に破綻してるぞ! さてはキサマ虚けだな!?」
俺の斬り下ろしに合わせて。
アークデーモンは両手鎌を大きく振り上げ、俺の身体に大鎌の一撃を叩き込んでくる。
俺はそれに対して、相手の懐に飛び込む。
相手の得物が大振りだから、懐に入り込むと逆に攻撃しづらい。
……だが、次に続かない。
ならばここから離脱を考えなきゃいけないんだが……
留まるなら……
ミナが閃かないことを考え、俺は予備武器の短刀を左手で引き抜く。
この距離ならこれだ。
これでこいつの首を……
ここで
「マハール デンジ ロルン……」
かなり大きな声量での詠唱。
……ミナの法力魔法の詠唱だ。
法力魔法は印を結ぶ必要が無い。
なので、魔法を掛ける集中が途切れない程度の速さで歩きながら。
両手に長剣と盾を持ったまま唱えていた。
その詠唱内容からすると、これはおそらく法力魔法第6位階の「真空刃」の魔法。
風を真空の刃に変え、敵を斬り刻む魔法。
その声量にアークデーモンは一瞬ギョッとなったが、すぐに平静を取り戻す。
……二番煎じどころか、三番煎じか……。
そう思ったんだろうな。おそらく。
……俺はその隙に、地面を蹴って身を離す。
それと同時だった。
「……ハースニ!」
ミナが最後の魔法語を発した。
同時に、アークデーモンの居る空間に、風が巻き起こり、かまいたちが発生した。
「なっ……!」
アークデーモンは自分が思い込みで決めつけていたことにようやく気付いた。
侍がお粗末なフェイントをやった。だったらこの女騎士もそうなんだろう、と。
そのせいでまんまと魔法を喰らってしまった。
……だが、その程度なら致命的なミスではない。
今からでも魔法抵抗に集中すれば、被害は最小限に抑えられる……
アークデーモンは両手鎌を握り締め、目を固く閉じて意識を集中した、
自分を包むこのかまいたちの嵐が消え去るまで、耐えろ、と。
……だが。
それこそが俺が「ミナなら思いついてくれる」と期待したことだったんだ。
かまいたちの嵐が吹き荒れる空間に。
……ミナは盾を構え突っ込んだ!
真空の刃がミナ自身も斬り刻む。
だが、ミナはそれを意に介さず突き進む!
そして。
盾を捨て、踏み込み、彼女は魔法の長剣ヴァルキリーソードの束を両手で握り締め、渾身の胴薙ぎをアークデーモンに放った。
アークデーモンは漆黒の鎧を纏っていた。
……しかし。
「馬鹿……な……!」
ズズ……と。
その鎧に亀裂が入り、後ろにずれ、落下する。
アークデーモンの上半身が。
その間も真空の刃は彼女を斬り刻み続けている。
そんな中、魔法の効果範囲の中で立ち上がりながら彼女は
「……馬鹿ではないですわ。……この法衣は、着装者の深刻でない怪我をすぐに癒してしまう力がありますから」
だからこの程度の傷、数分から十数分あれば治ってしまうんですわ。
その回復力をアテにした、ゴリ押し戦法です。
……魔法の効果が終了した。
そこには、傷だらけのミナと、緑色の魔晶石に変化したアークデーモン。
……まあ、こいつには裏切られたけど。
才能というか、実力は信頼してるんだわ。今でも。
俺はそう思い、愛刀と短刀を納刀した。
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