第24話 バルログ
「何があったんだ?」
時間が経ち、リンが落ち着いてきたのを見計らい。
俺は訊いた。
怒りの表情を浮かべていた彼女。
あの怪人が逃げ去った後、感情の行き場が無くなったのだろうか。
涙を流しはじめた。
涙を流し、怒りの表情が消えていく。
そして涙だけが残った。
そして、言ってくれた。
「……アイツは……私の故郷の村で、村の大人を皆殺しにした怪物よ」
彼女の話。
リンは……神官の家に生まれた。
このことは今まで何度も聞いたけど。
そして彼女は10才の段階で、すでに法力魔法を第5位階まで使えるようになっていた。
素晴らしい才能だ。
おそらく、ゆくゆくは最終位階までの法力魔法を習得し、果ては司祭になって、村の神殿の大神官になっていた可能性すらあったと思う。
それぐらいの才能だろう。
でも、そんな彼女の未来は、10才になって数日後の朝に打ち砕かれる。
「子供たちを人質に取りました。返して欲しくば親が出て来なさい」
……外からやって来た謎の黒づくめの怪人が、子供たちを村で育てる施設「保育園」に乗り込んできて。
まず、保母と保父を焼き殺した。
火炎の息と、炎の鞭で。
そして焼け死んだ死体から、輝く球が浮かび上がって来て。
怪人はそれを吸い込むように食べた。
「……やはり食べるのは大人に限る。子供は経験が浅くて魂が磨かれていない」
食べた後、そいつはそう呟いたらしい。
そして人質に取った子供を餌に、その親と村の防衛を担う戦士たちを誘き出して悉く殺し。
全員その輝く球……おそらく魂を食べ尽くした。
そして、後は子供たちだけが残される。
怪人は言った。
「ごちそうさまでした。キミたちは強く生きてください。魂を美味しく育ててくださいね」
そう、感謝の意思を込めた声で言って来たそうだ。
「……私の親も、防衛戦士の援護で戦った。けれど、勝てなかった。焼き殺された……」
悔しそうに、彼女は言う。
「あいつは分裂を繰り返し、必死で戦う防衛戦士たちを愉しんで殺していった。だから私は、熟練次第で纏めて敵を殲滅できる一騎当千の強さが手に入れられるという、忍者を志したの……」
ポロポロ涙を流しながら、彼女はそう、言い終えた。
……そんなことがあったのか。
俺はこの間、彼女が言い淀んだ内容が何だったのかを知り。
彼女の心境を思い、同情した。
「……黒づくめの人型で、火炎の息と炎の鞭……。あと、炎の剣の投擲、そして飛行能力はあらへんかったか?」
一緒に話を聞いていたエンジュが質問する。
飛行能力……?
翼無いだろ、あいつ。
俺はエンジュのその質問に疑問があったが
「……うん。翼も無いのに飛んでいたときもあった。それで隣の家のおじさんは何もできずに一方的に炎の剣で串刺しにされた……」
……なんだよそれ。
デタラメだろ……
俺はその話に、戦慄を覚える。
ものすごい化け物じゃないか……
そこまで訊き、エンジュは頷き
「……ウチもよくは知らんのやけど……多分それ、バルログや」
自分の予想を口にした。
……バルログ?
驚く俺とリンを前にして、教えてくれた。
バルログは、限りなく神に近い悪魔だそうだ。
非常に強力な火炎の悪魔であり、人間の魂を好んで食する。
……この悪魔にはひとつ大きな悪癖がある。
それは「可能な限り真面目に仕事を遂行しない」ことだ。
可能な限り、サボろうとする。
普通の悪魔は、召喚されたら召喚主に絶対服従し、召喚主が望むこと以外は絶対にしないのが普通なのに。
こいつは「最低限召喚主が望んでいることをクリアできたら、後は遊ばせて欲しい」これなのだ。
……だから
リンの村を襲った悲劇は、バルログにしてみれば「仕事をサボってのグルメスポット食べ歩き」感覚なんだろう。
そしてそんな、彼にとっての遊びで、この世界に悲劇をまき散らしている。
「……ウチの方でも調べとく。どう考えても、この先また遭遇しそうやもんなぁ」
彼女はそう言って、腕を組んだ。
エンジュでも良く知らないことってあるんだな。
俺はそれが意外だった。
まぁ、彼女にそう言ったとしたら
「当たり前やろ。アホ」
って言われそうだから言わないけど。
「で」
話が一段落した後。
地上へ向かって歩きながら。
エンジュが話を切り替えて来た。
……この話題だ。
「タケミ、アンタこのエルフ娘とどういう関係なん?」
……とうとう、訊かれた。
まぁ、そりゃそうだろな。
黒属性の代表格の忍者と行動を共にしていたら、理由はそりゃ訊かれるに決まってる。
……どうしよう?
嘘を言ってやり過ごすことが頭を過ったが……。
俺は……
「……最下層に潜るのにものすごく助かるパートナーだと感じたから、組んでるんだ」
嘘を言うのは出来なかった。
だって、エンジュは長い付き合いの仲間だし。
おやっさんもだけど。
するとエンジュは溜息をつき
こう言った。
「……男版ミナやな」
……ちゃうわ!
脊髄で否定する。
俺は思わず、自分の属性石の色をおやっさんとエンジュに見えるように突き付けた。
よく見ろ! 白だろう!
ふざけんな!
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