第14話 死神

 よし。

 今日は良い魔人戦日和だ。


 天気も良いし、空気も澄んでいる気がする。


 起きて布団を片付け、洗面その他を済ませ。

 愛用の甲冑を身に着けて、愛刀を腰に下げる。


 道具類を背負い袋に入れ、これで冒険者としての正装の出来上がり。


 ……家にしている木賃宿を出た。


 朝飯として、朝粥を売ってる屋台に入り、パッパと済ます。

 俺の頭の中には、ヨシツネ戦のシミュレートしか無かった。ほぼ。


 ……きっと、伝説の技「八艘飛び」をやってくるはずだ。

 伝説では、その卓越した脚力で戦場を縦横無尽に飛び回り、死角から斬撃を浴びせる技ってことになってるけど……


 幸い、今の俺たちは2人とも前衛職だからね。

 後衛職の心配をしなくていいのが良いよな。

 俺が必死で頑張って耐えれば問題ない。


 それに、ひょっとしたら十束剣の攻撃範囲の広さで、八艘飛びの有用性自体を潰すこともできるかもしれない。

 そのへん、エレベーターに乗ってる間にリンと詰めてみるか。


 そんなことを考えながら。


 城壁を出て、街の外に出る手続きを呼吸するように済ませ、外に出た。


 ……迷宮までの道は、何にもない。

 ここからでも、迷宮の入口は見えるんだ。


 そこに誰もいない以上、この道で襲撃に遭うことは無いわけで。


 まぁ、気を抜いていた。

 ……これから戦いに行く人間の態度じゃ無いな。

 そんな気がする。


 ……そして、そのまんま、何も起きずに。

 無事に、迷宮の入口に到達した。




 さーて、リンは来てるかな?

 いつもなら、朝の8つ頃に入口から入ってすぐの通路、だけどさ。


 階段を降り、迷宮の地下1階の通路に出る。


 見回す。


 ……いない。


 俺の方が早かったのか?

 そう、目の前の状況を判断しようとすると


「活きのいいエルフ女だー! 逃がすなー!」


 ……なんか、下卑た声が聞こえて来た。




 声の方向に行ってみる。

 するとそこには……


 20人を越えるザ・野蛮人という集団に、襲われているリンがいた。


 ……襲っている野蛮人……顔面がどいつも似通っていて、全員下品で醜かった。

 種族はおそらくヒューム。

 彼らは、着ているものがちぐはぐで。


 革の鎧やら、法衣やら、ただの服やら。

 もしくは獣の皮やらで。


 武器も、ナイフだったり、手斧だったり、棍棒だったり。

 先の尖った木の棒だったり。


 こいつらについては、俺は知っている。


 こいつら、ビーン一族だ。


 ビーン一族……。

 ヒュームの倫理観のぶっ壊れた蛮族の一族の名前。


 迷宮地下1階に住み着き、冒険者として駆け出しの人間を襲い、食糧、衣服、防具、武器を奪い、男は殺し肉にして、女は犯して産む機械にする。

 そういう恐ろしい奴らだ。


 ……こいつらのせいで、迷宮地下1階の奥の方はゴブリンやコボルト、ヒポポタマスなどの普通の魔物とは遭遇しないんだよな。

 こいつらが全部喰っちゃうから。


 冒険者になることのハードルを、無駄に上げて来てる厄介もんだ。

 この地下迷宮で冒険者としてデビューする場合、本来は魔物を殺して命のやり取りの恐ろしさに慣れていくところなのに。

 ここでは、同時に殺人に慣れる必要があるという。


 ……本来はあまり、こんな入口まで顔を出しに来ないやつらなんだよな。

 あまり出過ぎると、王国に討伐されるからね。


 何で今日に限ってここまで来てるのか知らんけど。

 まあ、運が無かったな。


 俺の相棒に手を出そうなんてさ。

 いろんな意味で。


「可愛がってやるぜぇぇぇっ!」


「兄者! オラにもやらせてくだせえええ! 手伝いますからぁぁぁ!」


 野蛮人2人が、ナイフと棍棒を振り上げてリンに突っ込んでくる。


 襲い掛かられるリンは、そんな2人を無表情で見つめている。


 俺はリンの手を見た。

 ……まだ指輪は嵌めていない。


 俺は心配は全くしてなかったが、道義上の問題で、愛刀を抜いて突っ込んでいく。


 そんな俺の目の前で。


 トンッ、と高くリンが跳躍し。

 壁を蹴り、ビーン一族の野蛮人たちを飛び越えて。


 その跳躍の着地までの間に、その忍者装束の懐に両手を突っ込んで、引き抜き。


 着地し、彼女が向き直ったそのときには、その十指全てに金属の指輪が嵌っていた。


 ……ミスリル銀製金属糸・十束剣。


 彼女はその両手をまるで空間を撫でるように動かして。


 次の瞬間、その動きに反応し、ビーン一族の首が片っ端から落ちていく。


「え?」


 斬られる側も、自分のされていることを理解できていない様だった。

 斬首された死体は、その切断面から赤い噴水を吹き上げて、数秒後に倒れ伏していく。


 リンはそんな赤い飛沫を一滴も浴びず、まるで舞姫のように動き回り、彼らを斬り刻んでいった。

 その表情は冷たくて……


 こういう感想を持つのはどうかと思わなくも無いんだが……


 すごく……綺麗だった。

 死神って、ひょっとしたらこういう存在なのかもしれないと思った。


「あぎゃばばば」


 妙な悲鳴をあげて、両腕と首を同時に切断されて崩れ落ちるビーン一族の男。


 そこで逃げ出しはじめる。

 自分たちが、手を出してはいけない相手を獲物に選んでしまったことに、ようやく気付いたのだ。


 だが、リンは全く手を緩めない。

 手を緩めずに、片っ端から斬り刻んでいく。


「うわらば」


 袈裟、斬首、胴薙ぎ。

 斬殺のフルコースを喰らって、肉片になる。


 俺も手を貸した。


 近場にいるビーン一族を斬り捨てていく。


 ……こいつらを野放しにすると、まだ戦い慣れていない新米冒険者が殺されて肉にされてしまう。

 殺人に耐えるメンタルが身につくまで、こいつらに入口まで来られるとまずいんだ。


 全滅させないと。


「ひ、ひいいいい!」


「に、逃げるぞッ!」


 生き残った数人が、戦闘を放棄して逃げていく。

 だが、俺たちは見逃さない。


 俺が追いすがり、1人を背中から袈裟に斜めに斬り捨てて。


 そして2人が、首と胴体で両断されて、倒れ伏す。


 ……1人、逃した。

 背中が見える。


 魔法を使えば仕留められるかもしれないけど。

 それは出来ない。

 ヨシツネ戦があるから。


 魔法の無駄打ちは、ダメだ。


(……仕留めそこなったな)


 俺は残念に思いながら、自分の刀の血を振るい、周囲の状況を確認しようとした。

 だがそこで、リンが右手をスッと顔の高さに上げて。


 ピンっ、と人差し指を動かす。


 その瞬間だ。


 ……だいぶ向こうを走っていたビーン一族の男の首が、ポーンと飛んで。

 そのまま血を吹き出しながら、身体だけ闇の向こうに走っていった……

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