第9話 エルフの忍者

 声の下に駆けつける。

 すると


「ヌルヌルしてて糸が滑る! こんな魔物居るなんて知らない! 誰か助けてぇぇぇぇっ!」


 ……黒装束の成人エルフ女性が、触手の生えた肉塊と表現するのが一番適当な魔物に襲われていた。

 黄色い肉柱みたいな胴体に、緑色の触手を無数に生やした魔物。

 その表面は透明の粘液でヌルヌルしており、それで周辺を汚していた。


 ああ……こいつローパーか。


 確か、5階に出てくる魔物だよな。

 なんでここに居るんだ? 迷い出て来たのか?


 こいつに関しては……


 エンジュが前に「気ぃつけて! こいつら、メスが存在せえへん生物やねん! だから自分の繁殖に他の生物のメスを使うんや!」って、おなかを押さえながら解説してた記憶。


「やだああああ!」


 エルフ女性は……複数の触手に逆さづりにされ、その身に着けている黒装束の下半分を脱がされそうになってた。

 必死で、半泣きで下半身を押さえている。


 ……うーん。

 見る限り。


 黒装束……忍者か。


 黒属性の上級職だわな。

 黒属性の人間って、あまりイメージをよく思われないところあるから、もてはやされてないんだけど。


 鎧を身に着けずに、身のこなしで敵の攻撃を回避することで致命打を避ける、戦闘の達人。

 その使用武器は、素手、短刀、手裏剣……そして金属糸がある。

 その他にも、鍵開けや罠解除、そして薬の知識も持ってる非常に器用な職業。


 ……黒属性でなければ、聖騎士より注目されて憧れられた職業だと思うよ。


 うん。黒属性でなければ。

 世間一般では扱いづらい人間として見られがちな黒属性でなければ。


「ひいい」


 自分に迫って来る触手の先端が、男のアレそっくりなことに気づいたのか、エルフ女性は真っ青になって息を呑んでいた。


 ……うん。


 色々あるよ。

 俺のパーティを崩壊に導いたアイツのこととか。

 それを悪いとも思わず、ヘラヘラしながら挨拶にきた、アイツらのこととか。


 でもさ。


 俺は、自分の愛刀の阿修羅を抜刀し。

 意思を込めた。

 

 ……斬撃の相から、炎の相に切り替える意思を。


 俺の愛刀「阿修羅」


 その命名の由来は……


 三面六臂の同名の異教の神をイメージし


 クリティカルヒットを生み出す斬撃強化、斬撃と共に炎を浴びせる火炎付与、同じように吹雪を浴びせる氷結付与の3つの刀身。

 そして通常の刀の6倍の重量。


 そういう特質を持つ刀。

 だから相手によって斬撃の性質を3パターンに切り替えられるし。

 刀身が重いからその分斬撃が重くなる。


 ……俺は阿修羅を「炎の相」に切り替えた。

 途端に、その刀身から激しい炎が噴き出し、炎刃と化した。


 ……ローパーの粘液は、刃物を滑らせて切断を防ぐんだ。

 だけど、熱に弱いから、火球爆裂を2発も浴びせたら、倒せてしまう。

 だから炎を使えば楽勝の相手。


 ……とはいえ。

 この状況で火球爆裂を使ったら、エルフ女性までも巻き込んでしまう。


 だから……


 俺は刀を脇構えに構え、ローパーに向けて飛び出した。


 踏み込みで間合いを詰め、一刀。

 真横の斬撃。


 ……ローパーの粘液は熱に弱い。

 炎の相の炎で、粘液を蒸発させ、その下のローパーの肉をそのまま斬り裂き、上下オサラバさせる。


 絶命したせいで、ローパーの拘束がエルフ女性から外れる。


 女性は投げ出され……


 そこは流石忍者。

 背中から無様に落ちることはなく、くるりと体勢を立て直し、足から綺麗に着地した。


「ありがとうございます!」


 ……着地したエルフ女性は俺に抱きついて来た。


 抱きつかれながら、思う。


 ……俺は黒属性じゃ無いんだ。

 いくら相手の人間性がムカつくからって、ここで女性を見捨てるのは絶対に違うわな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る